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菅井汲「シグナルA」 1976年 Silkscreen 刷り:石田了一 イメージサイズ:34.0×14.0cm Ed.150 鉛筆サインあり 1975年、渡仏以来三度目の帰国をした菅井汲先生に私はパレスホテルで会い、日本での版画制作を依頼し、「スクランブル」「シグナル」「ポートレート」等の連作が誕生しました。 出来上がったこの作品が初めて展示(発表)されたのは、いまは亡き志水楠男さんの南画廊での菅井先生の1976年の個展でした。 当時は「信号機」などと揶揄され、初期のフリーハンドの作品を懐かしむ声が多かったのですが、今となっては、これらシステマテックな作風もやはり「世界のスガイ」のものだと痛感します。 1967年の自動車事故で奇跡的に一命を取り留めますが、それを転機にシステマテックな抽象造形を一層深化させます。1976年の現代版画センター企画による菅井汲全国展を契機に名プリンター石田了一さんとのコンビで、シルクスクリーンの制作を本格化させました。明快なフォルムと鮮烈な色彩、菅井シルクの絶頂期の作品です。 ◆作家の紹介/菅井汲(すがい くみ)は、1919年兵庫県生まれ、本名・貞三。18歳で阪急電鉄宣伝課に入りデザイナーとして活躍、プロ野球の阪急ブレ−ブスのマークや、戦後初めての甲子園野球大会のポスターなど制作した。はじめ中村貞以に日本画を学び画家を志すが、52年フランスに渡り、以後晩年までパリに暮らした。渡仏後はクラヴェン画廊での個展が大きな反響を呼び、たちまちパリ美術界のスターとなる。 55年から版画制作を開始し、リトグラフ、銅版、シルクスクリーンなど生涯に約400点を制作した。59年リュブリアナ国際版画展、65年サンパウロ・ビエンナーレ最優秀賞など数多くの国際展で受賞した。1996年日本で死去。没後、東京都現代美術館他で大回顧展が開かれ、単身で世界に挑み、成功をかち得たこの作家の存在の大きさにあらためて感銘を受けた人も多いだろう。 |
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