画廊主のエッセイ
このコ−ナ−では、画廊の亭主が新聞や雑誌などに依頼されて
執筆したエッセイを再録します。
●PCS
プリンツ・コレクターズ・サロンについて●
綿貫不二夫
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PCSについて5 2002年5月29日
村越さんの投稿をきっかけに「版画友の会」会報の紹介をしまし たが、あらため て会報執筆者を読み直してみて、当時のコレクター(もちろんご健在の方も多い)が 熱心に 寄稿、発言していることに驚きます。
「版画友の会」会報に登場する浪川正 男さん、松島靖さん、神尾格さ ん、中島祐吉さん、皆さんPCS会員で、名だたるコレ
クターです。版画友の会の時代、則ち版画がまだマイ ナーであった時代、専門画廊
は銀座の養清堂くらいで、研究者など専門家は非常に少なかった。だからコレ
クタ ーの人々の発言も今よりはずっと重みがあったのでしょう。画商がいなかったがゆえ
に(いても版画は 商売にならなかった)、作家とコレクターの関係も非常に濃密で
した。いまに続くPCSは、いわば「現代版 画の古き良き時代」に活躍したコレクター
組織といえるでしょう。
前回第4回でご紹介したように、作家か ら、いわば卸値で作 品を提供して貰い、中間マージンを一切とらずに、会員に提供した結果、駒井哲郎
「時間 の玩具」がわずか1万円で頒布されたわけです。
因に、最晩年の駒井先生が 契約画廊から受け取った画料 は、一点につき(カラー、モノクロ、大小を問わず)
1万円だったことは、中村稔著「束の間の幻影 銅版画 家駒井哲郎の生涯」で明ら
かにされています。つまり当時の駒井先生にとっては、1万円が、画廊に売って
も、PCSに提供しても同じ手取りだったわけです。このことをもって、駒井先生はた
いへんだったとか、画 商は儲け過ぎだなどとは、決していってはなりません。この
問題を論じることは、この掲示板の小さなスペ ースでは無理です。いずれ機会があ
ったら、委曲をつくして論じたいですね。
PCSについて6 2002年6月1日
それでは、PCSの機関誌を順次ご紹介します。

まず第一号は、 1971年2月発行、 B5判サイズ(25.5× 17.2cm)、僅か4ページです。表紙(1P)には、会の行事報告が
記載されています。 作家から直接仕入れた(?提供された)版画作品の頒布会が中心です。なかなか興味深いのでそのまま転記してみましょう。
第1回 昭和44年12月20日 頒布作家・宮下登喜雄「ビーナス」
第2回 昭和45年4月11日 頒布作家・萩原英雄「六月の詩」
第3回 昭和45年7月4日 頒布作家・駒井哲郎「モンパルナス風景」
第4回 昭和45年7月25日 アトリエ訪問・萩原英雄
第5回 昭和45年8月29日 頒布作家・関野準一郎「サンマルコ風 景」
第6回 昭和45年10月17日 頒布作家・堀井英雄「春の使者 No.6」
第7回 昭和45年12月5日 座談会・頒布作家を囲んで(機関誌に はなぜか作家名は 記載されていませんが、浪川会長の手書き資料によれば、宮下、駒井、背関野、堀井 の4 作家)。
2〜3頁には関野準一郎の寄稿「シンショウガン〜大人のおもちゃ 〜」、4頁には会員 29名、役員4名の名簿(住所、電話)が記載されています。
PCS機関誌第一号には、役員4名、会員29名、計33名の住所・氏名 が記載されてお
り、「其の他準会員18名」とあります。多くても50名くらいの組織だったようです。
むしろ 作家から直に作品を仕入れ、廉価で会員全部に公平に頒布するためにはこの
位の人数の方が、良かったので しょう。従って、機関誌も正確な部数はわかりませ
んが(いずれ浪川会長に聞いてみます)、そう多くはな かったでしょうね。
PCSについて7 2002年6月8日
皆様のおかげで楽しく脱線、途中下車ができました。それでは元に戻り、PCSの機
関誌第2号をご紹介します。体裁は 第1号と全く同じです。
1971年6月発行、B5判サ イズ(25.5×17.2cm)、4ページ。執筆は2名、まず< PCS顧問作家>という肩書き の宮下登喜雄先生の『誤解を覚悟の上で 「創作版画」の時代は終った』、もうひと つは<会員の声>として兼坂諦一『拓本「東院堂石仏」』という原稿です。蔵書票の 世界では有名な兼坂 さんですね。私も大昔、随分とお世話になり、教えていただき ました。
4頁は名簿欄で、まず<PCS顧問>として田中邦三とあります。美 術出版者の版画友
の会の事務局を担当した方です。いわば戦後現代版画の功労者です。
次に<PCS協力 作家>として、以下の13人が記載されています。 PCS 初期の動向を知る上でたいへ ん貴重な名簿です。宮下登喜雄、萩原英雄、駒井哲郎、関野準一郎、堀井 英雄、細 田正義、古沢岩美、笹島喜平、池田満寿夫、木村茂、深沢幸雄、竹田和子、佐藤暢 男。以上13名の 住所、電話が記載されています。ただし池田満寿夫のみは名前のみ です。
最後に<新入会員>として7名の方の住所、電話が記載されてい ます。
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