画廊主のエッセイ
このコ−ナ−では、画廊の亭主が新聞や雑誌などに依頼されて
執筆したエッセイを再録します。


PCS プリンツ・コレクターズ・サロンについて
綿貫不二夫
1〜4  5〜7  8〜11  12〜14  15〜17

PCSについて15    2002年7月12日
 遅々として進みませんが、引き続きPCS(プリント・コレク ターズ・サロン) の機関誌を紹介します。第5号までは表紙もない、二つ折り+挟み込みの簡単なもの でしたが、 第6号からは、漸く表紙がついて、ホッチキスによる綴じもされました。

第6号 は1972年2月発行、B5判サイズ(25.3×17.8cm)、表紙は タイトルと、駒井哲 郎の銅版画「墓場の入口」(1960年、レゾネNo.358)がモノクロ印刷されています。 表 2(表紙の裏)は白紙、表3は奥付、表4(裏表紙)も白紙です。本文は10ページ で、以前と同じく和文タイプによ る簡易印刷(軽印刷)です。執筆は3名。ページを 追って紹介します。
1ページは目次。2〜4Pには版画家の池田 満寿夫先生が『画家 のコレクション』と題して執筆しています。これが実にいいエッセイなんですね。 冒頭を紹介すると「コレクターには誰れでもなれる。勿論コレ クターに職業的な差 別があるわけではない。だから、画家、あるいは版画家が、同時にコレクターであっ ても少 しも不思議ではないのである。事実、画家が秀れたコレクションを持ってい た例は、レンブラントかゴッホを持ち だすまでもなく、実に多く見られる。・・ ・」、そして池田さん自身のコレクション入手についても語っていま す。レンブラ ント、ピカソ、アンソール、ゴヤ、ジム・ダイン、マッタ、そしてルドン。

そして最後が泣かせま す。「64年の個展で、今では代表作の一つになっている『タエコの朝 食』は、個展会期中では一点しか売れなく、そ の一点は斉藤義重氏が買われたもの だった。・・・」以下略。64年と書いてありますが、誤記か記憶違いで、恐らく 1963年の 日本橋画廊での個展と思われますが、いずれにせよ、既に池田さんはスタ ーでした。それでも一般の(?)コレ クターは誰一人買わず、斉藤先生が買ったと いうのが面白いですね。私も初めて知りました。いかにコレクターが 保守的である か、結局高くならないと買わないという普通のコレクター心理をよくあらわしていま す。さらにこのエッセイには「自宅での池田氏夫妻」とキャプショ ンのついた貴重 なスナップ写真も掲載されています。朝食をとるタエコさんでもなければ、最後を看 取ったヨー コさんでもないところが、時代ですね。 続きはまた。


PCSについて16
  2002年7月13日
 ボリュームの増した第6号(1972年2月)の紹介を続けます。
池田さんのエッセイに続いて、4ページ中程から、9ページに かけてはこの号にオ リジナル版画を挿入した版画家・榎戸真喜さんのエッセイ「ニューヨークでの一年」 が掲載 されています。5ページにエッチング『ギャラントメモリ−』挿入されてお り、裏の6ページは白紙です。 9ページの下段から10ページには、会員の山崎隆保さんのエ ッセイ「魯迅と版 画」が掲載されています。<昨年、青木画廊で「ケーテ・コルヴィッツ版画展」を観 た際、永 らく忘れていた魯迅のことを想い出した。私は、この異色版画家の名を、 十数年前、魯迅の「深夜に記す」により 初めて知った。>という書き出しで始まる このエッセイは、文豪魯迅の版画蒐集によせた情熱を簡潔に描いています。 全文を紹介すればよいのですが、私もなかなか忙しい。 でも、こんな簡単な紹介でも、PCSという版画愛好家団体 が、相当の人物という か、勉強熱心なコレクターで組織されているかがおわかりになるでしょう。

PCSについて17    2002年7月17日
  PCS(プリンツ・コレクターズ・サロン)機関誌の紹介を続 けます。
第7号 は1972年6月発行、B5判サイズですが前6号よりちょっと 大きいサイズです (26.1×18.2cm)。表紙はタイトルと、萩原英雄先生の「貴婦人」がモノクロ印刷さ れていま す。表2(表紙の裏)は萩原英雄「表紙によせて」という短文。表4(裏表 紙)は白紙です。本文は14ページで、 以前と同じく和文タイプによる簡易印刷(軽 印刷)です。執筆は5名。ページを追って紹介します。
表1は、前述の萩原英雄の短文。1ページは目次。 2〜7Pは、会員で日本歯科大学教授・太田賢一さんが「版画と デューラー(・)」 を執筆しています。図版も3点掲載。<『諸君はデューラー作「騎士、死および悪 魔」を見 たことがあるか。いやしくも学に志すものは、長槍を携え、胄を目深にか ぶり、わき目もふらず、死と悪魔との境 を真直ぐに騎り進んでゆく、あの勇敢なる 騎士の如くでなけらばならぬ。』 現象学の創始者エドムント・フッサ ールは、哲 学の道のきびしさを後進の学徒にさとして、このように語ったという。また孤高の鬼 才ニーチェも、・ ・・・>という書き出しで始まるのですが、決して<デューラー 礼讃の一文をものにしようというつもりではな> く、<今回PCS会員の末席をけ がすことになったのを機会に、このような傑作を生み出した西欧版画の歴史を簡 単 に知っておきたいと>考えた筆者の蘊蓄が傾けられた力作です


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