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安藤忠雄
Tadao ANDO
日本はもとより世界で最も注目を浴びている建築家。ドローイングや版画制作にも意欲的で、ニューヨークMoMA、パリ・ ポンピドゥーセンター、ロンドン・テートギャラリーなどの建築展に出品されています。
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磯崎新 Arata ISOZAKI
世界的な舞台で活躍する建築家というより、思想、美術、デザイン、映画など幅広いジャンルで発言するアーティスト。版画制作には誰よりも熱心で、10年がかりの連刊画文集《百二十の見えない都市》はただいま進行中。
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石山修武 Osamu ISHIYAMA
建築界の異端児。全国の左官職人の協力を得た[伊豆の長八美術館]で高い評価を獲得。住宅が企業の商品となってしまっていることを批判、必要な材料を集め自分の手で建てることを主張して世田谷村に自邸進行中。
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アンディ・ウォーホル
Andy WARHOL
「ねえ、ぼく何を描いたらいいんだろう?」と、人に聞くのをためらったことはいっぺんもない。ポップは外界からくるものだし、雑誌からアイディアを得るのも、人に聞くのもたいして違いやしない。
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内間安王星 Ansei UCHIMA
日米、二つの祖国をもった版画家。恩地孝四郎の創作版画の精神を受け継ぎ、伝統的木版の技法を深化させた『森の屏風 Forest Byobu』シリーズにより現代感覚にあふれた瑞々しい木版画を生み出した。
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瑛九 Q Ei
1936年のフォトデッサン作品集『眠りの理由』は、今も輝きを失わない。油彩、水彩、フォトデッサン、版画それぞれに独自の表現を求め、[光の造形]から出発した瑛九は[油彩点描]に到達し48歳の短い生涯を終えた。
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小野隆生 Takao ONO
ルネサンスの巨匠を友とし、ペルジーノの生きたイタリア中世の城塞都市で淡々とテンペラによる肖像画を描き続ける。しかし小野隆生の描く肖像画は間違いなく21世紀を生きる現代の人間像である。
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草間彌生 Yayoi KUSAMA
やっと時代が草間彌生に追い付いた。少女時代から70歳をこえた現在まで、草間の自作への強固な自信は揺るぎなかった。抑圧された女性達の本音や夢が草間の表現と交差し空前のブームをもたらしたのだろうか。
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駒井哲郎 Tetsuro KOMAI
銅版画の詩人と謳われ、少年時代から56歳で亡くなるまで銅版画一筋に生きた。2006年は没後30年にあたるが、ますますその評価は高まっている。心にしみるエッチング作品はコレクターなら一点は持ちたい。
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難波田龍起 Tatsuoki NAMBATA
92歳で亡くなるまで絵筆を放さず、形象の詩人に相応しい澄んだ色彩、連続したモティーフと曲線による生命感溢れる作品を残した。70〜80年代に集中して制作した清冽な銅版画は難波田芸術のエッセンスに満ちている。
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ジョナス・メカスJonas MEKAS
故郷リトアニアは詩と歌の国。16ミリカメラで自分の周りの日常を日記のように撮り続けてきた映像から生み出された写真作品には、人間への愛が大声ではなく小さくささやかれている。文句なく美しい。
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靉嘔 Ay-O
[フルクサス]に参加した靉嘔は、全ての物体、イメージを虹色で分解し再構築しようと企てた。虹の作家・靉嘔の独創は、ラディカルな思考とポピュラリティの幸福な一致を実現したことだ。虹はいつ見ても美しい。
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秋山祐徳太子
Yutokutaishi AKIYAMA
60年代、展覧会に自分自身を出品したり、ポップ・ハプニングと称し、金太郎やグリコなど動くポップ・アートを始めた秋山は、近年は赤瀬川原平、高梨豊とともにライカ同盟を結成し、今日も街を徘徊している。
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磯辺行久 Yukihisa ISOBE
60年代にワッペンや、古箪笥を使ったオブジェなどを精力的に発表し和製ポップアートの先駆をなした。その後美術界から消えてしまったが、近年カムバックした。時代が磯辺に追い付いてきたのかも知れない。
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井村一巴 Kazha IMURA
17歳のときに自分の写真や文章を発 表するために、“paper”という雑誌スタイルのカラーコピーによる手作りメディアを発行、7年間に14号を刊行した。早熟な少女から本物のアーティストへと飛翔中。
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O Jun
1956年生まれの[遅れて来た青年]を自称。描かれるのは不思議な貌をした人だったり、建物だったりするが、決して異形ではない。むしろ端正でさえある。なのに見る人を不安にさせ絵画とは何かを考えさせてくれるる。
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大沢昌助 Shosuke OSAWA
具象から出発しながら見事に抽象へと昇華させた技量は並みではない。絵のうまさを表に出さないさらっとした画面構成と、さわやかで明るい色彩が大沢絵画の特徴である。
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小川信治 Shinji OGAWA
代表作[Without you]シリーズは、名画の登場人物を勝手に画面から消してしまい、その不在によって作品に隠された意味を浮かび上がらせる。いわば絵画による歴史の捏造だ。古典的油彩技法に徹した力量あっての成功である。
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オノサト・トシノブ
Toshinobu ONOSATO
戦前から前衛美術運動に参加。一兵卒として出征し、過酷なシベリア抑留を経て帰国してからは、アトリエに隠り生涯円を描き続けた。円と直線による幾何学的紋様、日本的な色彩感覚はわが国抽象美術の一頂点をなす。
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恩地孝四郎 Koshiro ONCHI
戦前戦後を通じ版画界の指導者として活躍したが、むしろ日本における抽象表現の先駆者としてこれから益々評価が高騰するだろう。版画、本の装幀、 オブジェ、写真などいずれも時代に先駆けて質の高い作品を残した。
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北郷悟 Satoru KITAGO
舟越保武・佐藤忠良という具象彫刻の巨匠に学び、「自分のなかにあるかたちをずっと追い掛けて、自分のなかに存在する人間像を絞り出」した作品を制作。テラコッタによる現代の具象彫刻を先導する存在。
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マイケル・グレイブス
Michael GRAVES
アメリカのポストモダニズムの代表的建築家。プリンストン大学建築学科教授。建築のみならず、プロダクトデザインの分野もで活躍。ドローイングや銅版画も多数制作して いる。
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ル・コルビュジエ Le Corbusier
ライト、ミースと並ぶ20世紀建築界の巨匠。[サヴォア邸][ロンシャン礼拝堂]など優れた建築を残したが、油彩、彫 刻、版画にも精力を注いだ。詩画集『直角の詩』など多くの版画連作を手がけた。
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菅井汲 kumi SUGAI
戦後いち早く渡仏し、国際的な評価を獲得した抽象画家。サンパウロ・ビエンナーレなど多くの国際展で受賞を重ねた。油彩の他、400点あまりの版画や立体も制作。マルチプルアートの先導役を果たした。
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関根伸夫 Nobuo SEKINE
1968年大地に大きな穴(円筒)を掘り、掘り出した土を穴の脇に円筒形に積み上げた[位相ー大地]によって現代美術に旋風を巻き起こした。李禹煥とともに日本発の現代美術ムーブメント[もの派]を代表する作家。
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殿敷侃 Tadashi TONOSHIKI
1942年広島生まれ。3歳のときに被爆。自身の被爆体験にもとづいた作品で注目される。細密な描写でドローイングや版画を制作するが、ボイスの作品に大きな衝撃を受 け新たな表現を模索したが50歳で死去。
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戸張孤雁 Kogan TOBARI
1882年東京生まれ。苦学しながらアメリカで学ぶ。親友の荻原守衛(碌山)の死を看取り彫刻家となる。創作版画のパイオニアとしても活躍し、[千住大橋の雨][タンスの前][玉乗り]などの傑作を遺すが、46歳で死去。
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永井桃子 Momoko NAGAI
1976年東京生まれ。豚や猫、兎などが空に浮 かぶシュールな表現で注目されるが、近年の[光途]連作は水分を一杯に含んだ植物を卓抜な描写力で描く。極力輝きを抑えた美しい色彩は新たな油彩の可能性を示す。
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根岸文子 Fumiko NEGISHI
1970年東京生まれ。女子美卒業後、スペインに渡り、スペイン美術大学の版画工房で学ぶ。マドリッドを拠点に油彩、版画を制作。ギャバスや木に明るい色彩でユーモラスなかたちを描き出し、独特の作風を展開する。
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日和崎尊夫 Takao HIWASAKI
1941年高知市生まれ。廃れてしまった木口木版画の技法を独学で修め、60年代後半に彗星のように登場した天才版画家。闇を刻む詩人の精緻な作品には本物だけが持つ香気が漂うが、92年50歳で死去。
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舟越直木 Naoki FUNAKOSHI
1953年東京都生まれ。生物の原初のイメージを思わせるブロンズによる彫刻作品を制作。不定形な山型や人体の部分を思わせる独特のドローイング作品からはシンプルで豊かな感性がストレートに伝わってくる。
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舟越保武
Yasutake FUNAKOSHI
長崎二十六殉教者記念像で知られる具象彫刻の巨匠。晩年、脳硬塞で倒れるが、車椅子による不自由な体をおして左手だけで制作を再開。2002年89歳で死去。気品溢れるリトグラフ、銅版画も多く残した。
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細江英公 Eikoh HOSOE
写真家。1933年山形県生まれ。三島由紀夫をモデルに撮った[薔薇刑]はじめ、[鎌鼬][抱擁][おとこと女]他により国内外で高い評価を獲得した。清里フォトアートミュージアム館長として若い世代の活躍を支援している。
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三上誠 Makoto MIKAMI
1919年大阪生まれ。関西で日本画の前衛グループ[パンリアル美術協会]を結成。コラージュやフロッタージュの技法を日本画にとりこみ、独自の宇宙論的な作品を制作した。結核に冒され52歳で死去。
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宮脇愛子 Aiko MIYAWAKI
50年代からミラノ、パリ、ニューヨークで活躍。油彩からガラスや金属による彫刻へと移り、金属ワイヤによる[うつろい]シリーズにより高い評価を獲得した。シルクスクリーンや銅版画からは繊細で静かな華やかさが漂う。
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元永定正 Sadamasa MOTONAGA
「僕は知性派じゃなく、アホ派です」。1922年三重県生まれ。吉原治良が率いた[具体美術協会]の代表的作家。油彩だけでなく、版画にも精力的に取り組み、ユーモアをたたえた明るい作品を数多く制作している。
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山名文夫 Ayao YAMANA
戦前戦後のグラフィックデザインの先駆者。長く在籍した資生堂の優美なデザインスタイルで知られるが。江戸川乱歩、山田風太郎、香山滋らの小説を飾った清冽なエロティシズム溢れる挿画も捨てがたい。
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パーヴェル・V・リュバルスキー
Pavel Vasil’evich LIUBARSKY
1920(大正 9)年[日本に於ける最初のロシア画展覧会]にリノカットを出品した謎のロシア人版画家。ロシア革命期の極東における混乱、出口のみえない不安が反映したエロスの表現が今も新鮮です。
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若林奮 Isamu WAKABAYASHI
1936年東京生まれ。鉄や銅、鉛などの素材を使い、深い自然観に基づく思索的な立体作品を制作。また木版、銅版、リトグラフなど700点もの版画作品を制作したが、2003年惜しまれつつ死去。
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トリシャ・ブラウン
Trisha Brown 1936年アメリカ生まれ。ダンサー、コレオグラファー。1950年中頃より活動をはじめ、60年代にニューヨークに移り、従来のシアター概念を著しく超えた様々な実験的作品を発表。
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ハインリヒ・フォーゲラー
Heinrich Vogeler
1872年にブレーメンに生まれたフォーゲラーは、1894年にヴォルプスヴェーデに定住。やがてソ連にわたり、1942年プロレタリアートの画家・運動家としてソ連カザフスタンで生涯を閉じました。
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ジャック・ヴィヨン
Jacques Villon,1875-1963
フランスのノルマンディー生まれ。祖父に版画の手ほどきをうけ、後にキュビズムを代表する銅版画家として活躍した。
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フランク・ステラ
Frank Stella
1959年ニューヨーク近代美術館(MoMA)の「16人のアメリカ人」展で、黒のストライプで画面をオール・オーヴァーに埋めた作品を発表し衝撃を与えた。
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坂本善三
Zenzo Sakamoto
1911(明治44)年熊本県に生まれた坂本善三は、オノサト・トシノブ、瑛九らと同じ世代だが、海老原喜之助に師事し、独立美術協会で活躍した。
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浜田知明
Chimei Hamada
1917年(大正6年)熊本生まれ。1939年(昭和14年)東京美術学校油画科卒業し、同年応召。翌年に中国大陸に派遣された。
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飯田善國
Yoshikuni Iida
1923年足利市に生まれ。1949年慶應義塾大学(美学美術史学専攻)卒業後、東京芸術大学に再入学し、1953年同大学油画科を卒業。
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ジョエル=ピーター・ウィトキン
Joel-Peter Witkin
1939年生まれ。特異な被写体と冒涜的な作品構成に嫌悪感をもつ人がいる一方で、その激しい美意識に共感する人も少なくない。
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ハーブ・リッツ
Herb Ritts
80年代のメジャー雑誌の表紙を席捲した写真家。80年代のカリスマとはどのようなものかを知りたければハーブ・リッツの写真を見ればいい。
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フランセス・マーレイ
Frances Murray
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ロベール・ドアノー
Robert Doisneau
パリ郊外のジョンティイ生まれ。1946年にラフォ通信社に参加し、フリー写真家として「パリ・マッチ」などのフォトジャーナリズム分野で活躍。1947年にコダック賞、1956年にニエペス賞を受賞。
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イリナ・イオネスコ
Irina Ionesco
1965年より写真を撮り始め、娘エヴァほか、多くの女性を撮り続ける。シュルレアリスムとバロックの混沌とした写真が話題となり、その独特な世界が高い評価を得ている。
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エドワード・スタイケン
Edward Steichen
1879年ルクセンブルグに生まれる。1962年ニューヨーク近代美術館名誉ディレクターとなる。
1964年MoMAにエドワード・スタイケン・フォトグラフィー・センター開設。1973年死去。
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五味彬
Akira Gomi
1953年東京生まれ。日本大学卒業後渡仏、ローレス・サックマン、ミッシェル・ベルトンに師事。1983年帰国。1993年日本初のCD-ROM写真集『YELLOWS』を発表。その後、『YELLOWS2.0』『AMERICANS』『YELLOWS3.0』など2000年までに14タイトルを発表。
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ハンス・ベルメール
Hans Bellmer
1933年人形制作に着手、写真集『人形』(1934)を自費出版。プルミエールより『人形の遊戯』(1949)刊行。1958年ウニカ・チュルンをモデルとした一連の緊縛写真を撮影。『道徳小論』(1968、銅版画10点)刊行。
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ジャネット・ルセック
Janet Russek
1947年ニューヨーク生まれ。エリオット・ポーターのアシスタントを経て、1993年から写真家として活動。静物、身の回りの風景、物、出来事を撮り続けている。
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上田義彦
Yoshihiko Ueda
1957年兵庫県生まれ。ビジュアルアーツ専門学校卒業。福田匡伸、有田泰而氏に師事。1982年独立し、広告などでニューヨークADC賞、カンヌグラフィック銀賞他多数受賞、第一線で活躍中。
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ユーサフ・カーシュ
Yousuf Karsh
1932年カナダのオタワにスタジオを構える。政府関係者の肖像写真を撮ったことから、フォト・ジャーナリズムの世界に入る。
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アンドレ・ケルテス
Andre KERTESZ
1925年発売のライカを積極的に使い,手持ちカメラの分野でもパイオニア的存在。1930年頃から凹面鏡上の反射映像を写した《ディストーション(歪曲)》のシリーズを撮る。
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ハリー・キャラハン
Harry CALLAHAN
1912年米国ミシガン州デトロイトに生まれる。ミシガン州立大学で工学を学んだ後、クライスラー自動車部品会社に勤める。写真は独学。1941年アンセル・アダムスの作品に感銘を受け、本格的に写真に取り組む。
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W・ユージン・スミス
W. Eugene SMITH
1918年米カンザス州生まれ。1960年代、日立製作所より撮影依頼を受け来日。1970年代前半は水俣に移り住み産業汚染の実態を記録、世界各国で大反響を呼ぶ。
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ウィージー
WEEGEE
1899年オーストリアのズロチエフ(現ポーランド領)生まれ。1935年にフリーランスとなり、ニューヨーク市警マンハッタン本部を足掛りに殺人現場や交通事故、火事場の救出作業等を大型フラッシュで撮影、数々の新聞に掲載される。
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ラリー・クラーク
Larry CLARK
1943年米国オクラホマ州タルサに生まれの写真家・映画監督。1971年に写真集「タルサ」を発表、各界に大きな反響を呼ぶ。その後12年のブランクを経て写真集「ティ−ンエイジ・ラスト」で復帰、95年には「KIDS」で映画監督デビュー。
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エルンスト・ハース
Ernst Haas
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ソニア・ドローネ
Sonia Delaunay
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加藤清之
Kiyoyuki Kato
1931年瀬戸生まれ。学生時代は焼物よりも絵画に熱中。1958年の日展にはじめて出品した「花器」が初入選。1964年、65年と連続して朝日陶芸展の大賞を受賞。
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横尾忠則
Tadanori Yokoo
1936年兵庫県生まれ。池田満寿夫と並ぶ戦後60年代が生んだ文字通りスーパースターです。
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黒崎彰
Akira Kurosaki
1937年旧満州大連生まれ。1967年国画会で新人賞受賞。第7回東京国際版画ビエンナーレ・文部大臣賞。1981年ソウル国際版画ビエンナーレ大賞など国際展での受賞は数知れず、著書も多数。
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北川民次
Tamiji Kitagawa
静岡県生まれ。早稲田大学を中退して1914(大正3)年渡米。ニューヨークのアート・スチューデ ンツ・リーグでジョン・スローンに師事。1923(大正
12)年メキシコに渡り、シケイロス、リベラ等と交友、メキシコ・ルネサンス を標榜する壁画運動に賛同、またメキシコ郊外のトラルパムで児童美術教育に携わる。
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吉原英雄
Hideo Yoshihara
1931年広島県生まれ、大阪・天王寺高校卒。吉原治良に師事、1954年の具体美術協会創立に参加するが翌年退会。1955年瑛九、泉茂らのデモクラート美術家協会に参加する。
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萩原英雄
Hideo Hagiwara
1913年山梨県甲府市生まれ。
1960年第2回東京国際版画ビエンナーレ展で神奈川県立近代美術館賞を受賞、1962年第7回ルガノ国際版画ビエンナーレ展、1967年第1回チェコスロバキア国際木版画ビエンナーレ展で各々グランプリを受賞。1983年紫綬褒章を受章。
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ジョック・スタージス
Jock Sturges
1947年ニューヨーク生まれ。マールボロ大学およびサンフランシスコ・アート・インスティテュートで写真を専攻。北カリフォルニアやフランスのビーチでヌーディストの家族のポートレートをその美しい自然の中で撮り続けている。
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古沢岩美
Iwami FURUSAWA
1912(明治45)年佐賀県生まれ。1927年久留米商業学校を中退後、朝鮮・大邱の叔父の店で働きながら絵を制作するが、翌年上京して岡田三郎助の門下となり、本郷絵画研究所に学ぶ。1975年山梨県八代郡に古沢岩美美術館が開館。2000年歿。享年88。
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木原康行
Yasuyuki KIHARA
1932年北海道生まれ。腐蝕によらない、ビュラン(銅版画用の彫刻刀)の直彫りの線を自在に操り、精緻な線の構成によって、緊張感に満ちた凝縮された画面を生み出す。ビュラン版画の代表的な作家の一人。
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永島京子
Kyoko NAGASHIMA
970年東京都生まれ。1996年東京藝術大学大学院美術研究科油絵専攻修士課程修了。人物の動きを連続写真に撮影した作品の制作を続けている。
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北代省三
Shozo KITADAI
1921年(大正10)、東京に生れる。父の影響で少年期よりカメラに親しむ。1939年(昭和14)に新居浜高等工業専門学校機械科(現・愛媛大学工学部)に入学、金属材料学に関心を持つ。1942年(昭和17)、陸軍に応召、47年に復員。1948年(昭和23)「モダン・アート夏期講習会」に参加、山口勝弘らと出会う。
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マン・レイ
Man Ray
アメリカ合衆国の画家、彫刻家、写真家。ダダイストまたはシュルレアリストとして、多数のオブジェを制作したことでも知られる。
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ヨーゼフ・ボイス
Joseph Beuys
(1921年5月12日−1986年1月23日)は、ドイツの現代美術家・彫刻家・教育者・社会活動家。
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ロバート・ラウシェンバーグ
Robert Rauschenberg
1925年アメリカ・テキサス州ポート・アーサー生まれ。写真や新聞雑誌、美術雑誌の断片を脈絡なく組み合わせ、アメリカの時代、土地、そして社会を浮き彫りにした。
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クリスト
Christo
ブルガリア生まれ。
夫人であるフランスのジャンヌ=クロード(Jeanne-Claude Denat de Guillebon、1935年モロッコ生まれ)とともに「Christo and Jeanne-Claude クリスト&ジャンヌ=クロード」の名で活動している。
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ホンマタカシ
Takashi HOMMA
日本大学芸術学部写真学科在学中に、広告制作会社ライトパブリシティに入社。6年在籍。91年から92年にかけてロンドンに滞在し、ファッション・カルチャー誌『i-D』で活動する。
1998年「TOKYO SUBURBIA 東京郊外」で木村伊兵衛賞を受賞。
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ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ
Giovanni Battista Piranesi 1720年ヴェネツィア共和国モリャーノに生まれる。建築家、考古学者、版画家。父と叔父から建築、特に透視図法と舞台装飾を学ぶ。
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森下慶三
Keizo MORISHITA
19歳でイタリアに渡り、ミラノの国立ブレラ美術専門学校彫刻科でマリノ・マリーニに学んだ。在学中にサン・フェレーデ賞展に招かれ受賞、スタジオ・マルコーニで個展を開催する。
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ジャスパー・ジョーンズ
Jasper Johns
アメリカにおけるネオダダやポップ・アートの先駆者として重要な役割を果たした代表的な作家。
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ハナヤ勘兵衛
Kanbei HANAYA
1903年大阪市西区江戸堀に生まれる。 1919年大阪府立堺中学校卒業。 1977年兵庫県文化賞受賞。1986年日本写真協会賞・功労賞受賞。1991年死去。
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柳沢信
Shin YANAGISAWA
1936年東京墨田区向島生まれ。1957年東京写真短期大学技術科卒業。1958年『ロッコール』に「題名のない青春」が掲載され、注目を集める。1967年「二つの町の対話」「竜飛」により日本写真批評家協会新人賞を受賞
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パブロ・ピカソ
Pablo PICASSO
1881年スペインマラガ生まれ。20世紀を代表する画家の一人で、キュビスムなど様々な絵画の革新を行った。1973年没。
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フリッツ・マッケンゼン Fritz Mackensen
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ハンス・アム・エンデ Hans am Ende
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フリッツ・オーヴァーベック Fritz Overbeck
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ジャン=ミッシェル・フォロン
Jean-Michel FOLON
1934年ベルギーのブリュッセル生まれ。はじめ建築を学ぶが絵画に転じ、1955年パリへ移住。1965年「第3回美術の中のユーモア・トリエンナーレ」大賞受賞。1970年日本でも展覧会が開催される。死去。
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三須研一
Kenichi MISU
1970年埼玉県生まれ。91年、千代田工科芸術専門学校デザイン科卒業。翌年、KFS主催の油彩コンテストでグランプリ受賞。01年、自宅の一部をギャラリースペース「ホームシックギャラリー」として開放し、自身の作品発表、企画展を行なう。額縁作家としてオリジナルフレームを制作している。
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秋葉シスイ
Sisui AKIBA
1984年千葉生まれ。03年和光大学表現学部芸術学科に入学、主に油絵を学び、2007年、同大学を卒業。同年10月、フタバ画廊で個展「そこから」を開催。
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