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細江英公 Eikoh HOSOE
写真家。1933年山形県生まれ。三島由紀夫をモデルに撮った[薔薇刑]はじめ、[鎌鼬][抱擁][おとこと女]他により国内外で高い評価を獲得した。清里フォトアートミュージアム館長として若い世代の活躍を支援している。
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ジョナス・メカスJonas MEKAS
故郷リトアニアは詩と歌の国。16ミリカメラで自分の周りの日常を日記のように撮り続けてきた映像から生み出された写真作品には、人間への愛が大声ではなく小さくささやかれている。文句なく美しい。
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井村一巴 Kazha IMURA
17歳のときに自分の写真や文章を発 表するために、“paper”という雑誌スタイルのカラーコピーによる手作りメディアを発行、7年間に14号を刊行した。早熟な少女から本物のアーティストへと飛翔中。
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ハーブ・リッツ
Herb RITTS
80年代のメジャー雑誌の表紙を席捲した写真家。80年代のカリスマとはどのようなものかを知りたければハーブ・リッツの写真を見ればいい。
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ジョエル=ピーター・ウィトキン
Joel-Peter WITKIN
1939年生まれ。特異な被写体と冒涜的な作品構成に嫌悪感をもつ人がいる一方で、その激しい美意識に共感する人も少なくない。
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ロベール・ドアノー
Robert DOISNEAU
パリ郊外のジョンティイ生まれ。1946年にラフォ通信社に参加し、フリー写真家として「パリ・マッチ」などのフォトジャーナリズム分野で活躍。1947年にコダック賞、1956年にニエペス賞を受賞。
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フランセス・マーレイ
Frances MURRAY
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エドワード・スタイケン
Edward STEICHEN
1879年ルクセンブルグに生まれる。1962年ニューヨーク近代美術館名誉ディレクターとなる。
1964年MoMAにエドワード・スタイケン・フォトグラフィー・センター開設。1973年死去。
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イリナ・イオネスコ
Irina IONESCO
1965年より写真を撮り始め、娘エヴァほか、多くの女性を撮り続ける。シュルレアリスムとバロックの混沌とした写真が話題となり、その独特な世界が高い評価を得ている。
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ハンス・ベルメール
Hans BELLMER
1933年人形制作に着手、写真集『人形』(1934)を自費出版。プルミエールより『人形の遊戯』(1949)刊行。1958年ウニカ・チュルンをモデルとした一連の緊縛写真を撮影。『道徳小論』(1968、銅版画10点)刊行。
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五味彬
Akira GOMI
1953年東京生まれ。日本大学卒業後渡仏、ローレス・サックマン、ミッシェル・ベルトンに師事。1983年帰国。1993年日本初のCD-ROM写真集『YELLOWS』を発表。その後、『YELLOWS2.0』『AMERICANS』『YELLOWS3.0』など2000年までに14タイトルを発表。
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上田義彦
Yoshihiko UEDA
1957年兵庫県生まれ。ビジュアルアーツ専門学校卒業。福田匡伸、有田泰而氏に師事。1982年独立し、広告などでニューヨークADC賞、カンヌグラフィック銀賞他多数受賞、第一線で活躍中。
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ジャネット・ルセック
Janet RUSSEK
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アンドレ・ケルテス
Andre KERTESZ
1925年発売のライカを積極的に使い,手持ちカメラの分野でもパイオニア的存在。1930年頃から凹面鏡上の反射映像を写した《ディストーション(歪曲)》のシリーズを撮る。
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ユーサフ・カーシュ
Yousuf KARSH
1932年カナダのオタワにスタジオを構える。政府関係者の肖像写真を撮ったことから、フォト・ジャーナリズムの世界に入る。
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W・ユージン・スミス
W. Eugene SMITH
1918年米カンザス州生まれ。1960年代、日立製作所より撮影依頼を受け来日。1970年代前半は水俣に移り住み産業汚染の実態を記録、世界各国で大反響を呼ぶ。
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ハリー・キャラハン
Harry CALLAHAN
1912年米国ミシガン州デトロイトに生まれる。ミシガン州立大学で工学を学んだ後、クライスラー自動車部品会社に勤める。写真は独学。1941年アンセル・アダムスの作品に感銘を受け、本格的に写真に取り組む。
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ラリー・クラーク
Larry CLARK
1943年米国オクラホマ州タルサに生まれの写真家・映画監督。1971年に写真集「タルサ」を発表、各界に大きな反響を呼ぶ。その後12年のブランクを経て写真集「ティ−ンエイジ・ラスト」で復帰、95年には「KIDS」で映画監督デビュー。
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ウィージー
WEEGEE
1899年オーストリアのズロチエフ(現ポーランド領)生まれ。1935年にフリーランスとなり、ニューヨーク市警マンハッタン本部を足掛りに殺人現場や交通事故、火事場の救出作業等を大型フラッシュで撮影、数々の新聞に掲載される。
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ジョック・スタージス
Jock STURGES
1947年ニューヨーク生まれ。マールボロ大学およびサンフランシスコ・アート・インスティテュートで写真を専攻。北カリフォルニアやフランスのビーチでヌーディストの家族のポートレートをその美しい自然の中で撮り続けている。
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エルンスト・ハース
Ernst HAAS
1921年ウィーン生まれ。写真家集団「MAGNUM」で活躍、カラー写真がまだ「芸術」として認められていなかった時代にカラー写真を芸術として認めさせた功績は大きなものがある。
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ホンマタカシ
Takashi HOMMA
日本大学芸術学部写真学科在学中に、広告制作会社ライトパブリシティに入社。6年在籍。91年から92年にかけてロンドンに滞在し、ファッション・カルチャー誌『i-D』で活動する。
1998年「TOKYO SUBURBIA 東京郊外」で木村伊兵衛賞を受賞。
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ハナヤ勘兵衛
Kanbei HANAYA
1903年大阪市西区江戸堀に生まれる。 1919年大阪府立堺中学校卒業。 。1977年兵庫県文化賞受賞。1986年日本写真協会賞・功労賞受賞。1991年死去。
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柳沢信
Shin YANAGISAWA
1936年東京墨田区向島生まれ。1957年東京写真短期大学技術科卒業。1958年『ロッコール』に「題名のない青春」が掲載され、注目を集める。1967年「二つの町の対話」「竜飛」により日本写真批評家協会新人賞を受賞
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マン・レイ
Man RAY
アメリカ合衆国の画家、彫刻家、写真家。ダダイストまたはシュルレアリストとして、多数のオブジェを制作したことでも知られる。
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永島京子
Kyoko NAGASHIMA
970年東京都生まれ。1996年東京藝術大学大学院美術研究科油絵専攻修士課程修了。人物の動きを連続写真に撮影した作品の制作を続けている。
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瑛九
Q Ei
1936年のフォトデッサン作品集『眠りの理由』は、今も輝きを失わない。油彩、水彩、フォトデッサン、版画それぞれに独自の表現を求め、[光の造形]から出発した瑛九は[油彩点描]に到達し48歳の短い生涯を終えた。
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北代省三
Shozo KITADAI
1921年(大正10)、東京に生れる。父の影響で少年期よりカメラに親しむ。1939年(昭和14)に新居浜高等工業専門学校機械科(現・愛媛大学工学部)に入学、金属材料学に関心を持つ。1942年(昭和17)、陸軍に応召、47年に復員。1948年(昭和23)「モダン・アート夏期講習会」に参加、山口勝弘らと出会う。
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