瑛九 について vol.1
                  綿貫不二夫


 このページは掲示板 現代版画Q&Aにおいて、2000年にときの忘れもの店主が瑛九についてコメントしたものを再録・編集したものです。

はじめに
 瑛九版画についての長々したおしゃべりをお読み頂き恐縮です。フォトデッサンについても書けとのことですが、もちろん私としては大好きな瑛九 のことですので喜んで書きますが、ちょっとやっかいなのは、書き出すと膨大な量になりそうなのです。というのは、瑛九の全画業の中で最も長期にわたり制作し、その量も最も多いのが、実はフォトデッサンなのです。
 一説によれば(これについては後日詳細にご紹介しますが)約3.000点のフォトデッサンが制作されたといわれています。私見によれば、瑛九がもし世界的な評価を獲得するとしたらフォトデッサンによってだと思います。尚、瑛九のフォトデッサンには、いまのところいわゆる「後刷り」はありません。後刷りとは、作者が制作した「原版」から刷ることです。
 瑛九はフォトデッサンの制作に当たっては多くの場合、「型紙」を使用しました。その型紙もかなりの量が保存されています。私どものコレクションにも瑛九が使った(制作した)型紙があります。現在までに、この型紙を使って「後焼き(?)」されたものは公式にはないようです。ただし、瑛九のフォトデッサンを複写したものがいくつか刊行されています。細江英公先生の制作によるものですが、これは「後刷り」ではなく、正しくは「リプロダクション」です。

 

瑛九について 1 -瑛九版画のBest 10-
 先日の多摩美の学生さんのリクエストに応えて、私が選んだ瑛九版画のベスト10を ご紹介します。ただし順位はつけません。

 銅版画Best 10
「母(1953年)」

「背中合せ(1952年)」

「ヴァイオリン (1952年)」

「ドンファン(1953年)」

「街角(1953年)」

「動物の仲間 (1953年)」

「音楽(1954年)」

「森の会話(1953年)」

「白サギ (1956年)」

「海底(1953年)」



 リトグラフBest 10
「海辺の孤独(1957年)」

「旅人(1957年)」

「ともしび (1957年)」

「舞踏会の夜(1957年)」

「日曜日(1957年)」

「大喰い (1957年)」

「拡声器(1957年)」

「花束(1958年)」

「シルク (1957年)」

「春のおとずれ(1957年)」

 以上が、私の好きな20作品です。当然のことながら、私どもでこれらを扱うとき は、値段も最高の評価をしたいと思います。でもこの20点の中で、100万円を越し ても売れるのは「旅人」だけでしょうね。他の作品は20万円からせいぜい60万円で しょう。瑛九はほんとうに安いですね。瑛九の評価がなぜ市場価格に反映しないのか(市場価格がいかに安いか)についての考察はその内、実例をあげて書いてみたいと思います。

瑛九について 2  -瑛九評価のアンバランス 1-
 「瑛九ほど、学芸員に愛されている画家はいないのではないか。没後37年の間、瑛九回顧展または「瑛九とその仲間たち」展などその名を冠した展覧会を開いた美術館は生地の宮崎県立美術館はもちろん、東京国立近代美術館、国立国際美術館、埼玉県立近代美術館、伊丹市立美術館、都城市立美術館、町田市立国際版画美術館、北九州市立美術館、兵庫県立近代美術館、和歌山県立近代美術館、福岡市美術館、入善町下山芸術の森発電所美術館、下関市立美術館など枚挙に暇がない。ほぼ数年おきに回顧展が開催されるというようなことは他の抽象画家では例が無い。作品を所蔵する美術館は30を越えるだろう。だから展覧会カタログは山のようにある。」
 上記は1997年に日本経済新聞社から瑛九作品集を私の編集で刊行したおり、「日経 アート」に執筆した文章の出だしです。没後40年を迎えた今年、この思いは一層つのります。美術館に愛される瑛九、され ど市場からは見向きもされない瑛九という図式は、さすがに近年は改善(?)されつつありますが、いまだ瑛九を商売として扱う画廊が非常に少ないということはいえると思います。

 雑誌の広告やホームページで取り扱い作家に「瑛九」とあると、私は必ず問い合わせるのですが、いつも期待を裏切られます。恐らく瑛九の作品を常時数十点の規模 で所蔵している画廊は、ときの忘れもの以外ではないんじゃあないかしら。

瑛九について 3  -瑛九評価のアンバランス 2-
 瑛九は決して寡作ではありません。集めようと思えば今でも集めることが可能な作 家です。瑛九の学問的な評価は研究者にお任せするとして、画商の私は価格面での評価の変遷をちょっと追ってみましょう。瑛九の生前の価格はいくらぐらいだったでしょう。これらに関しては実に豊富な資料が残されています。

 「僕は1960年から、号3.000円にしようと思っています。来年から画壇にカンバックするために大い にあばれる予定です。」(1959年10月26日付木水育男宛て書簡)

とありますが、現実には号3.000円にいく前に1960年3月瑛九は死んでしまいます。実際の価格は号 1.000円から1.500円でした。前掲の瑛九作品集104ページに収録されている「青い中 の丸」(1958年、50号)は、瑛九の生涯の傑作ですが、昨年遂に東京国立近代美術館に収蔵されました。購入価格は4.000万円でした。生前この作品を瑛九から直接購入したのはまだ20代の若者でした、購入金額は当時、50.000円でした。つまり40年 間で800倍になった訳です。これは私としてはとても評価すべきことだと思って います。国もなかなかやるじゃん。しかるに他の作品や版画の市場評価はどうでしょうか。次回はそのあたりをちょっと追いかけてみましょう。

瑛九について 4 -版画の後刷り- 
 ご無沙汰しました。一週間ほど、寝込んでしまいました。ようやく回復したので、連載を再開します。テーマは瑛九の銅版画の後刷りについてですが、はじめに前回ちょっと触れたレンブラントの銅版後刷りについてのコメントに訂正と補足をさせて下さい。家で寝込んでいる最中、ツンドクの本を何冊か取りだし読みました。その中で面白かったのが、尾崎彰宏「レンブラント工房 絵画市場を翔けた画家」(講談社メチエ)でした。
 1642年レンブラント36歳のとき完成した例の「夜警」は発表当時不評だった と、私の拙い知識は思い込んでいたのですが、やはり見る人はいて、不評ばかりではなく、注目もされ評価する人もいたようです。従って彼の後の経済的破綻も「夜警」の失敗からというのは間違いのようで、真の原因は不明とのこと。レンブラントが生涯に399点(これも正確には不明)の銅版を制作し、その内1658年52歳のとき 原版79点が競売にふされてしまい、その128年後にこの原版を入手したピエール・バ サンによってせっせと後刷りがなされたことは良く知られています。この話を始めると、寄り道どころでなくなるので、本題に戻りますが、現在市場に流通しているレンブラントの銅版画の内、恐らく8割以上が後刷りだろうと思われます。後刷りの持つ、意味を考えさせてくれる好事例がレンブラントです。

瑛九について 5  -瑛九銅版画の後刷り-
 瑛九が制作した銅版画は約350点、そのほとんどが没後に後刷りされています。1951年から1958年までの僅か足掛け8年の間に350点もの銅版を制作した瑛九の集中 力も凄いものですが、そのほとんどが没後に後刷りされたということも、実は日本では空前絶後のことといえるでしょう。ある意味では快挙です。後刷りは、2度大規模に組織的になされました。
 最初は没後まもなくの1969〜70年 に瑛九の最大の理解者であった久保貞次郎(版画友の会の創立者、後に町田市立国際版画美術館の初代館長)らによって比較的大判の代表作50点が南天子画廊を版元として各限定50部が、池田満寿夫刷りで刊行されました。2回目は、1974〜1983年にかけて、前述の50点以外にアトリエに残されていた原版 278点を、林グラフィックプレス(版画工房)が自ら版元となり後刷りしました。このときの限定はほとんどが各60部で、一部が10部、または45部の限定でした。大規模な後刷りはこの2回ですが、他にも例えば富松良夫詩集(1971年)に2点の 後刷りが挿入されるなど、原版が残っていたものはほとんどが後刷りされています。
 これら後刷りの動機(企画者の意図)が、瑛九の顕彰にあったことは疑いありません。生前は恵まれなかった瑛九の画業を後刷りという形で後世に伝えたいという純粋な気持がこの大事業をなさしめたことは、高く評価して良いでしょう。
 ただし、それが本当に瑛九の顕彰にとって有効だったかは、冷静に検討する価値があります。生前瑛九が刷った自刷り作品はどのくらいあるのでしょうか。たとえば各5枚づつ刷ったと仮定すると350種X各5枚=1.750枚となります。この数字はそう 見当はずれではないと思いますが、それだけの自刷り作品が存在しているにも拘わらず、さらに2万枚近い後刷りを市場に一挙に提供したことが、果たして戦略的に良かったかどうか。私個人の感想としては、少し供給過剰じゃあなかったかと思います。

瑛九について 6  -後刷りの価値-
 前回、瑛九の後刷りの数が多すぎたのではないかと、私見を申し上げましたが、瑛 九の生前の自刷り作品がなかなか市場価格が高騰しない一因が、膨大な後刷り作品にあると考えるのは私だけではないでしょう。生前の自刷りが全く無い作品とか、極端に少ない作品とかに限定して後刷りした方が良かったんじゃあないかと、後世の無責任な私はちょっと考えます。しかし、瑛九ファンの私としては、後刷りのプラス面とマイナス面を天秤にかければ、何百年後の人類への贈り物としてプラスに考えたいと(つまり大切に扱いたいと)思います。
 それでは、最初の「エイキュウファン氏」の質問に戻ってお答えします。先ず「後刷りを購入する適性価格」ですが、300点以上ある後刷りについて一律には言えません。自刷りがほとんど存在しない作品(数枚しか無い場合)ならば、20万円しても 仕方ないでしょうし、逆に自刷り作品がまだ探せば入手できる作品ならば、5万円で買える場合もあるでしょう。作品次第ということになります。それこそ私どもの専門でして、ぜひ資金をご用意のうえ、ご相談下さい。後刷りではどれを買うべきか適切にアドバイス致します。因に私どもでは池田満寿夫刷りの最初の後刷り(南天子画廊版)50点セット(限定50部)を完全な形で持っており、250万円ならお譲りします。つまり一点当りにしたら5万円ですね。

続く→vol.2


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