瑛九 について vol.2
                  綿貫不二夫


 このページは掲示板 現代版画Q&Aにおいて、2000年にときの忘れもの店主が瑛九についてコメントしたものを再録・編集したものです。

 

瑛九について 7 
 「エイキュウファン氏」の質問に引き続きお答えします。「後刷りをコレクション する価値はありますか」というご質問ですが、価値というか、意味は十分にあると思います。先ずその方のポリシーとして、もし瑛九の銅版の全て(全貌)を集めようとするなら、どんなにお金を積んでも自刷りを集めるのは相当難しいでしょうが、後刷りなら比較的簡単に集められますね。要はご自分の資金と、コレクションのポリシー次第だと思います。
 次に、リトの「旅人」など代表作がまだ市中にあるかというご質問ですが、まだまだ大丈夫、あります。コレクションはすべからく、チャンス(出会い)と決断、それに資金力です。山本鼎、恩地孝四郎、棟方志功、長谷川潔、駒井哲郎、池田満寿夫など日本版画史を飾る作家たちの代表作は、すべて数百万円しています。しかるに瑛九ひとり、100万円も出せば代表作を買えるのですから、不思議といえば不思議です。どんなに高くても150万円でしょう。瑛九を支えたコレクターたちがだんだんとお亡くなりになり、いま世代がわりの時期です。これから瑛九の名作が市場に出てくる機会は多いと思います。私どものときの忘れものでも12月に「第十回瑛九展」を開催します。出品作品は油彩が中心ですが、版画ももちろんあります。ご期待下さい。


瑛九 『旅人』
1957年 リトグラフ
38.0X52.5cm

瑛九について 8  -価格の推移-
 フォトデッサンの話をする前に、瑛九の版画の価格について、少し調べてみましょ う。先ず生前の発表価格はいくらぐらいだったのでしょう。これに関しても豊富な資料が残されています。その代表的なものは、1957年に美術出版社社長の大下正 男、美術評論家の今泉篤男(後に京都国立近代美術館初代館長)、大コレクターだった久保貞次郎(後に町田市立国際版画美術館初代館長)の三人が創立下「版画友の会」の頒布資料です。そして、実際の瑛九の版画制作を頒布会という形で支えた各地の「小コレクターの会」の頒布資料(記録)があります。
 ここではその代表的グループの「福井創美の歩み」という資料を使い検証してみましょう。「版画友の会」の1958年の頒布カタログが残されています。21.5X9.5cm、表紙を 含め僅か12ページの小さなものですが、それに30点の作品が掲載されています。 別にその価格表があり、30点の価格と、さらに図版の掲載されていない6点の価格が掲載されています。つまり36点の価格資料です。その一覧は、福沢一郎(リト3点=2.500円、1.600円、1.000円)、木内克(リト2点=各1.600円)、北川民次(リト 5点=4点が2.500円、1点が1.000円、銅版1点=1.000円)、岡鹿之助(リト1点=品切れ)、脇田和(リト1点=2.500円)、山口薫(リト1点=2.500円)、桂ユキ子(リト1点=1.600円)、靉嘔(リト2点=1.000円、1.300円)、泉茂(リト3点=1.600円、1.000円、1点は品切れ、銅版1点=1.000円)、利根山光人(リト2点= 1.000円、1点は品切れ)、駒井哲郎(銅版3点=2点が2.500円、1点が1.000円)、浜田知明(銅版2点=各2.500円)、内間安?(木版2点=各1.000円)、そしてわが瑛九はリト4点、銅版2点の計6点が紹介されています。


「版画友の会」 1958年 頒布カタログ

瑛九について 9  -版画友の会-
 引き続き「版画友の会」1958年の頒布カタログから、瑛九の価格を詳しくみてみま しょう。
 「海辺の孤独」(1957年、リト、50.7x37.7cm、限定35部、1.600円)、 「舞踏会の夜」(1957年、リト、35x24cm、限定50部、1.300円)、鳥(1957年、 リト、23x17cm、限定10部、1.000円)、「気球」(1957年、リト、25x17cm、 限定10部、1.000円)、「出発」(銅版、データ記載無し、2.500円)、「ドライ ブ」(銅版、データ記載無し、2.500円)、以上です。
 これらはカタログに印刷された正規の価格ですが、「福井創美の歩み」(1990年、 堀栄治編集、非売品)や、「瑛九からの手紙」(2000年、瑛九美術館発行)などの頒布記録を参照すると、瑛九が頒布会の元締めに提供した卸値がモノクロリトで400円 から700円、カラーリトで600円から1.000円でした。他の作家の価格とも比べ、そう低いものではありませんね。ではこれらの作品の今 日の評価はどうでしょうか。いろいろ考えさせられますね。

瑛九について 10 
 前回は「版画友の会」の頒布資料などによって瑛九の生前の価格をみてみましたが、没後の価格の変遷をちょっと調べてみましょう。公刊されている資料を典拠としますので、同じ作品の比較という具合にはいきません。まあ、だいたいの流れのようなものをつかんで頂ければと思います。
 版画友の会の機関誌「版画」第6号(1966年11月発行、本文28ページ)には版画友の会版画在庫目録(1966.9月調)が6ページにわたり掲載されています。瑛九は2点です。「作品」(石版、40x26cm、10.000円)、「作品小品」(石版、22x17cm、5.000円)、とありますが、題名など詳しいデータが無いので、困りますが、他の掲載作品の価格を見ると、ほとんどが10.000円以下です。もっとも高いのが笹島 喜平の「塔」(木版)で15.000円です。もっとも長谷川潔や棟方志功、池田満寿夫 などはリストには入っていません。
 次に「版画友の会」なきあと、魚津章夫氏によって設立された「プリントアートセンター」の機関誌「プリントアート」によって瑛九版画の価格を調べてみました。第20号(1975年4月)の「版画の市況」欄に瑛九の版画4点の価格が掲載されていま す。「作品」(1954年、23.5x18cm、銅版、サイン、限定2/5、価格71.000円)、 「林の会話」(1956年、38x24cm、石版、サイン、限定7/14、価格40.000円)、 「夜明けに飛ぶ」(1956年、38x24cm、石版、サイン、限定5/12、価格 35.000円)、「森のドラマ」(1957年、24.5x40cm、石版、サイン、限定17/20、価格31.000円)とあります。これらは前後の脈絡から各種オークションから取材した 数字のようです。同じ欄の他の作家を見ると、池田満寿夫「女の肖像」(1960年、 23.5x18cm、銅版、サイン、限定1/15、価格216.100円)、長谷川潔「チューリップ と蝶」(1961年、35x25.5cm、銅版、サイン、限定EA、価格261.000円)などが あり、瑛九のランク付けがなんとなくわかりますね。

瑛九について 11 
 1980年代から以降は、1973年に創刊された季刊の「版画藝術」誌の巻末に毎号掲載 されている<全国主要画廊最新データ(現在は全国・最新版画マーケットデータ)欄から瑛九の版画価格を追ってみましょう。ただし瑛九が頻繁に出てくるわけではありません。扱い画廊が少ないせいで、公刊された資料に瑛九の価格が出てくることはあまりありません。以下は数少ない例ですが、価格からみた瑛九評価の参考にはなるでしょう。
 第33号(1981年4月)掲載「森のかげ」(1957年、53x41cm、カラーリト、サイン、限定20部、価格320.000円)このデータの扱い画廊はギャラリー方寸といい、私がやっていた画廊です。第36号(1982年1月)掲載「白い角」(1956年、23x18cm、銅版、サイン、限定不詳、価格320.000円)このデータの扱い画廊もギャラリー方寸です。第51号(1985年11月)掲載「遭遇」(1950年、43x51cm、フォトデッサン、サイン無し、価格750.000円)このデータの扱い画廊は大阪のギャラリーヤマグチです。フォトデッサンですが、参考にはなります。

瑛九について 12 
 少し飛んで1990年代の価格の変遷についても「版画藝術」誌のデ−タで追ってみましょう。第83号(1994年2月)掲載「小さな赤」(1958年、38×24cm、カラ−リト、サイン、限定20部、価格380.000円)扱い画廊は浦和のArt Space717です。第98号(1997年12月)掲載「鳥のソナタ」(1957年、38×25cm、カラ−リト、サイン無し・都夫人の署名、限定20部、価格200.000円)と、「地球の外へ」(1957年、36×49cm、カラ−リト、サイン、限定20部、価格350.000円)2点とも扱い画廊は川越の川越画廊です。

 第107号(2000年3月)掲載「愛人」(1956年、38×24cm、モノクロリト、サイン、限定12部、価格180&.000円)と、「スケ−ト」(1956年、38×27cm、モノクロリト、サイン、限定1部、価格150.000円)2点とも扱い画廊は川越の川越画廊です。

 第108号(2000年6月)掲載「花園」(1952年、11×13cm、銅版、サイン、限定10部、価格600.000円)扱い画廊はときの忘れものです。これをみると、バブル崩壊を経て、近年の不景気を反映して、足踏みどころか値下がり気味ですらあります。
 その中でわが「ときの忘れもの」のみが強気の価格をつけているようで、う〜ん、困った。銅版とリト合せて500点以上ある瑛九の版画の評価を、ほんの少しのデ−タで説明するのは適切ではありませんが、長谷川潔や駒井哲郎の銅版画が、右肩上がりの高騰を続けているのに対して、瑛九の評価が著しく低いということはいえています。さて、コレクタ−の皆さんはどう考えますか。


瑛九 『地球の外へ』
1957年 3.0X51.0cm
リトグラフ

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 瑛九の版画の価格が低いのは、市場(マーケット)の貧弱さの反映にほかなりません。市場はコレクター、画商、美術館などの売り手と買い手で構成されますが、瑛九の場合、市場に参入して闘うコレクターと画商の数が圧倒的に少ないのです。ひとり美術館のみが買い手の意欲を昂進させているのが現状です。瑛九に関しては「官高民低」というところでしょうか。新たなコレクターの出現こそいま最も望まれることですが、繰り返し述べてきたように、それを阻む要素が瑛九の場合たくさんあるんですね。先ず、版画レゾネが無いなどの情報不足、自刷り作品にノーサインや限定番号未記入など素人の人にわかりにくいこと、そして膨大な数の後刷りの存在などです。

 逆にいえば、先見の明があるコレクターにとっては実にチャンスなんですね。没後40年が経ち、国を代表する東京国立近代美術館の公式ガイドブックの表紙を飾っている作家の作品を買おうと思えばいつで買えるなんて、そうはありません。私どものような弱小画商にとっても、この市場価格の低さがいまのところプラスに作用しています。昔のように全く売れないという時代ではなく、いまは個人のコレクターにも、美術館にも売り込むことができます。また仕入れにもそう苦労しなくてすみます。没後あっというまに値上がりした典型は山口長男先生の絵でしょうが、生前見向きもしなかった画商さんたちが、先生が死んで値上がりし始めたら、 競って扱いだしたのはつい昨日のことです。こんなすばしこい芸当は私はできませんが、せいぜいこれからも信じた作家の作品がよい商品となるよう微力を尽くします。

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 先日の斉藤様の投稿に関連して、ちょっと一言。瑛九水脈(敢て山脈とは申しません)の作家達/長谷川三郎、オノサトトシノブ、泉茂、磯辺行久、吉原英雄などの市場の評価が低いことは、私も残念に思っていますが、その理由は一言でいうのは難しい・・・。泉、吉原など関西銘柄が関東での評価が極端に低いのは昔からでした。加えて最近の不況による画商さんたちの弱気(良いと思っても、直ぐ右から左に'売れないものには手を出さない)は、かつてないものです。海外作家の紹介も近年はめっきり減っていますね。まるで鎖国状態です。

 1996年に死去した菅井汲先生を送る新聞記事の何と小さかったこと か、今春の東京都現代美術館の回顧展でも、あまり市場は盛り上がりませんでしたね。私にいわせればソニー、ホンダばかりが海外で活躍したんじゃあない、スガイの果たした役割はとても大きかったのに・・・。私の非力でどれだけできるかわかりませんが、瑛九を世界の舞台に紹介することもこれから必要でしょうね。もっと自分たちの文化に自信をもちましょうよ。大切なものにはお金を投じて、楽しみたいですね。

続く→vol.3


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 『瑛九作品集』編集を終えて-画廊主のエッセイ-