画廊主のエッセイ
このコ-ナ-では、画廊の亭主が新聞や雑誌などに依頼されて執筆したエッセイを再録します。

現代美術の見方、買い方 ヤフーオークションにインタビューされました

2005年4月


ときの忘れものさんにきく、
「現代美術の見方、買い方」

Yahoo!オークション内において、つねに良質の版画作品を出品されている、ときの忘れものの綿貫不二夫さんに「現代美術の見方、買い方」についていろいろとご質問させていただこうと思います。

Q.ヤフオクに参加しようと思ったきっかけを教えてください。

私は1945年生まれ、そろばん世代ですから、まさかネットで絵を売るなんて思いもしませんでしたが、息子二人が「これからはネットを無視しては商売にならん。僕たちがシステムをつくる」と言って、あれよあれよという間に、ホームページを立ち上げ、2年ほど前についにヤフオクデビューを飾りました。老いては子に従え、というわけです。

Q.やってみていかがでした?

質量ともにですが、反応の高さ、具体的にはアクセスの多さ、人気作家への入札の多さに驚きました。日本全国、さらには海外からも反応があり、今までの画廊商売とは根本的に違う回路ができつつあります。

わずか2年余りのヤフオクですが、実数で800人ものお客様が当社の作品を落札されました。リピーターや、直接画廊にいらっしゃる方も増えています。ヤフオクが営業の柱の一つとなりつつありますね。

Q.数多くのお取引をされたと思います。印象に残っているエピソードがあれば、ひとつ教えていただけますか?

ヤフオクは私どもが好きで集めた在庫作品の換価の一手段と考えています。時のかなたに忘れ去られた作品を掘り起こし、再び市場に環流させることを主眼に、同時代の優れた作家についてもなるべく丁寧な説明を加えるように努めています。従って作品を入手した経緯や、その作家との個人的思い出などもコメントとして書き込んでいます。

あるときもう亡くなった作家についての思い出を書いたところ、それを読んだ(その作家の)お嬢様が「もっと父のことを教えてくれ」と訪ねて来られました。ヤフオクをいかに多くの方が見ているかを実感しました。うかつなことは書けませんね。

Q.オークションストアとして気をつけていることがあったら教えてください。

私どもは美術品を扱うプロです。美術品は個人の所有物であっても、人類の共通の財産でもあります。プロとして次の世代に人類の遺産を手渡すことを商売としている以上、出品した作品すべてに責任を負っています。何より情報を正確に提供すること、作品の真贋(しんがん)はもちろんですが、保存状態、作品の来歴、作家の紹介など、可能なかぎり丁寧に説明してゆきたいと心がけています。

関根伸夫「位相-大地」(1968年)

Q.「現代美術」というジャンルの芸術に魅せられたきっかけは何だったのですか?

まったくの偶然です。1960年代に、ある野外彫刻展で、大地に大きな穴(円筒)をスコップでひたすら掘り、掘り出した土をその穴の脇に円筒形に積み上げた関根伸夫という作家がいます。石や金属、木などを刻むことが彫刻であるという既成概念をひっくり返したこの作品は、もちろん土ですから数週間の命です。人々の記憶にしか残らぬ作品です。もし延々とその作業を続けたとしたら、地球の中身は空っぽになり、隣にまったく同じ地球が生まれます。位相幾何学を援用した思考実験ともいうべき壮大なスケールのこの「位相ー大地」という作品で関根先生は一躍スターとなるのですが、私は不勉強でそんなこと全く知らずに、1974年に関根先生に出会い、一か月日本全国を一緒に地方巡業したことがあります。その旅の鈍行列車の中で缶ビール飲みながら、現代美術の面白さ、作家が何を考えて奇想天外なものを作っていくのかを教えていただきました。


Q.この「現代美術」、一般的に難解と思われているジャンルですよね。鑑賞の手引きをひとことで述べるとするなら?

「好奇心」に尽きます。二度見たいと思う面白い映画って、結局は「脚本の良さ」でしょ。優れた現代美術はその表面的な難解さの裏に用意周到な脚本が隠されています。見た瞬間に感じる美しさ、あるいは今まで経験したことのない衝撃、それがなぜだろうと考える。何ごとも集中(好奇心)と見る訓練だと私は思います。

Q.これから「現代美術」について知識を深めたいと思っている方々に、おすすめの書籍や雑誌などがあったら教えてください。

マイケル・キメルマン著・木下哲夫訳『語る芸術家たち 美術館の名画を見つめて』(淡交社)
リチャード・セラやフランシス・ベーコンなど、難解と思われている現代美術の作家と著者が連れ立って美術館を訪れる。誰でもが知っているルネッサンスなどの名画の前で作家がその名画や自作について語り出す、興味深いインタビュー集です。

チャールズ・シミック著・柴田元幸訳『コーネルの箱』(文藝春秋)
20世紀アメリカの生んだ最も魅惑的で謎に満ちたアーティストといわれるジョセフ・コーネルは「詩的な劇場」と自ら呼んだ箱の作品をつくり続けます。この本はあの柴田元幸さんの訳ですから、もちろん日本語としても素晴らしいし、写真も美しい。私は何冊も女性への贈物に使いました。

Q.資産価値としてどうでしょう?

ヨーロッパに「男の絵画、女の宝石」という格言があります。地続きで国境線なんか戦争でいつ変わるか分からない、不動産なんかあてにならん。いざとなったら手で持ち出せる財産という意味ですが、10年やそこらでもうかるなんて考えたらダメですね。文字通り人類の遺産の継承者として「孫子の代」にお役に立つぐらいに考えて楽しむことですね。でも優れた美術品は必ず評価され、ほかの物産より数千倍、数万倍の価値を生み出すことも歴史が教える事実です。

Q.絵画を購入する時のヤフオクでよい作品と悪い作品を見わけるコツとでもいいましょうか、チェックポイントがあれば教えてください。

どんな商品でもそうでしょうが、まずそれを売っているお店の信用です。出品作品についてきちんと情報を開示しているか、何より愛情を持っているかで私は判断します。というのは優れた美術品は、目利きのお店に集まります。

なぜなら目利きは自らの判断で(愛情をもって)、ほかより高い値段で買い取るからです。買わない所にモノは流れません。匿名の個人出品の場合は判断がなかなか難しいでしょうが、私たちの師匠の故・久保貞次郎先生(町田市立国際版画美術館初代館長、元跡見学園女子短大学長)は、「偽物を買ったから、目が鍛えられた」とおっしゃっていました。実践あるのみ、失敗もまた良き教師だと思います。

Q.まだ、絵画を買ったことのない方々にひとことお願いします。

現代美術というのは多くの人々がまだ気付いていない未知の美です。あるいは少数者の美といっていいかもしれません。それを自分自身の判断で値段をつけて買う。賭けですね。

賭けに勝つには勉強もしなけりゃならんし、馬場に足も運ばにゃあならん。これも師匠の受け売りですが、「女房(亭主)と絵画は一か月暮らせばその価値がわかる」。芸術は人生の必需品です。パンと水だけでは人は生きられません。ぜひ人生の同伴者として美術品のある暮らしを実現してください。

Q.綿貫さんが落札者だったとして……、え、落札者なんですか? 普段はどんなものを?

今あなたが座ったいすやテーブルはヤフオクで買いました。某北欧大使館放出品と書いてありましたが、それはまあともかく、いすはしょっちゅうのぞいています。「そんなにいすばかり買ってどうするの」と奥さんに責められています。それと本ですね。おかげで古本屋回りがすっかり減ってしまいました(反省!)。

Q.プロの眼はどういうところを見ているのか? 大変興味深いところだと思います。

ヤフオクにはものすごい数が出品されているので、皆さん「検索」や「ウォッチリスト」を使って商品を探していると思いますが、必然的に「有名画家」の作品しか売れないという弱点があります。優れた内容なのに、知名度がないためアクセスも少なく、とても安い値で落札されてしまうものも少なくありません。出品する側からいうと残念な結果ですが、逆に買う側からいうと知名度がないものは狙い目です。

私自身、キネティック・アートの父といわれるヤコヴ・アガムの立体マルチプル作品をわずか数千円で落札しました。すぐに相当の利益をつけて右から左に同業者に売りましたが、海外のマーケットだったらあり得ないことです。ヤフオクならではのラッキーな買い物でしたが、それだけまだヤフオク市場が成熟していないということでしょうね。

Q.「こういう商品は要注意」などという点もありましたら、アドバイスしてください。

世界中で人気のあるコローは生涯3,000点ほどの油彩を描いたといわれていますが、アメリカの美術館が所蔵するコローは優に1万点を超える(笑)。それくらい世に偽物が多いということですが、教科書に載るような有名画家の本物が、それも廉価で市場に出回るなんてことは普通ではないと思った方が賢明です。

私どもの専門の版画についていえば、油彩や日本画のようなタブロー(本画)と比べ偽物が少ないというのが常識です。なぜかというと版画は本画に比べ安価ですからコストが合わないんですね。つまり製造に手間がかかり偽作者たちがもうからない。もっとも棟方志功のような例外もあります。棟方(の偽物)は製造コストが意外に安く、そのうえ高く売れる(笑)。

Q.最後にヤフオクに期待することは?

優れた商品の供給者と、知名度によるのではなく自らの判断で買うコレクターこそが豊かな市場を形成します。悪貨が良貨を駆逐するのではなく、いかがわしい物や商道徳に反する者が自然にとうたされていくような自由で公正なシステムが構築されていくよう願っています。

優れた美術品にはそれにふさわしい評価が与えられ、リーズナブルな価格で取引されることが、結局は売り手と買い手双方の利益になるのです。

ありがとうございました。

取材・文:Yahoo!オークション

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