小野隆生の「断片」をめぐって
その9. ハイヒールと脚---静かなセックスアピール
小野隆生
 前回のハイヒールに続いて、今回は女性がハイヒールを履いた状態をとらえた「断片」です。紳士靴と違って、ハイヒールの場合はそこに女性の足がおさまることで、靴本来の魅力が発揮されるものです。画家の言う「男性を誘惑する武器」という発想も、履くことで初めて成立するわけです。この作品は、その意味でまさに「武器」の様相を呈しています。脚の美しさはもとより、下方からの目線や、少しだけ描かれたスカートが、その色っぽさをいっそう引き立てています。
 フランソワ・トリュフォーの映画に『恋愛日記』(1977)というのがあります。主人公の男性が、気に入った脚の女性を見つけると後を付けて行って愛を打ち明ける。それを何度も繰り返すというコメディ・タッチの映画です。その中で主人公は「女性の足はバランスよく地球を測るコンパスだ」と言っています。映像に映し出されるたくさんの美しい脚を見ていると、女性の私でさえもうっとりして、なんだかワクワクして来るのです。
 さて、最初にこの「断片」を見た時、この女性の上半身の仕種や顔が気になりました。でも、その思いはやがて薄らいで行き、この脚を見ているだけで、さらにはそのエレガントな歩き方を想像するだけで満たされた気分になって行ったのです。静かなセックスアピール。そんな言葉が浮かんで来ました。
(2008年8月19日 いけがみちかこ)

*掲載図版は小野隆生日付のない置き手紙池田20世紀美術館カタログno.32
1998年 テンペラ・板 126.0×80.0cm

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから