池上ちかこのエッセイ

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小野隆生コレクション展より第三回〜池上ちかこのエッセイ

小野隆生 その3―椅子の肖像

 今回の〈小野隆生コレクション展〉の会場で、ひときわ異彩を放っているのがこの椅子を描いた作品『Il vangero di S.Giovanni』です。なぜ異質なのか? その理由のひとつに描かれた年代があります。他の作品が90年代以降であるのに対して、この作品だけが1976年というごく初期の作品だからです。90年代から現在に至る作品は昨年開かれた池田20世紀美術館での回顧展でその全体像を見ることができましたが、それ以前のもののほとんどは、図版でしか見られないというのが現実です。そのこともあって、ぜひこの絵の実物を見たいと思い画廊へと足を運びました。
 入口近くに飾られているその作品を見て、まずハッとしたのがそのサイズ感でした。想像していたよりも小さく見えたのです。たとえ図版にサイズが記されていても、やはり大きさというのは実際目にしないことには把握できないものです。それが実物を見る醍醐味というものです。
 その小さな椅子の絵は、クラシックな雰囲気のフレームと相まって、蒔絵か何かの工芸品のようにも見えます。極端に縦に長いプロポーション。画面の上半分を占める余白。短冊であれば、そこに和歌の文字が入るところでしょう。「日本的なるもの」。そう思って眺めているうちに、今度は俵屋宗達作とされる『蔦の細道図屏風』(承天閣美術館・重要文化財)が頭に浮かんできました。金地に緑青で山の細道と蔦を表わした大胆な構図のあの屏風です。椅子が置かれた床の緑と壁紙の黄色がこの屏風とどこか似ているからでしょうか。それともうひとつ、『蔦の細道図屏風』の魅力は、『伊勢物語』を題材にしているにもかかわらず、そこには人物がひとりも描かれていないところです。
 『Il vangero di S.Giovanni』にも人物が登場しません。はたしてその真意とは…。「椅子の肖像」は、思いも寄らぬ世界へ私を連れて行ってくれました。
2009年5月22日 池上ちかこ

「Il vangelo di S Giovanni」
テンペラ・キャンバス
49.0x15.5cm
サインあり






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