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小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」
第2回 可視化された胎児 エコー写真 レナート・ニルソン「誕生前の人生のドラマ」  2013年7月25日
今回は妊娠時の定期検診で受ける超音波検査診察の画像、いわゆる「エコー写真」についてとりあげてみたいと思います。前回取りあげた「マタニティ・フォト」が、妊婦の身体の外観を撮影するものであるのに対して、「エコー写真」は、外側からは見えない胎内の変化を記録するものです。「エコー写真」は、超音波が処理されてできる画像(英語ではsonograph やultrasound pictureと表記されます)であり、光学的な原理でできる写真(photograph)とは厳密にいえば異なるものなのですが、診察の後に妊婦に手渡される印刷された画像は「エコー写真」と呼ぶことが広く一般化しています。
私が産婦人科で初めて妊婦検診を受診し、超音波診断の画面に映し出された豆粒のようなもの(胎芽)を見たときには、自分の身体の中に闖入した「異物」の存在が、目に見えるということに驚きを感じました。「異物」という言い方は聞こえが悪いかもしれませんが、妊娠初期の悪阻の時期には、私の身体が内側から何かに乗っ取られ、自分自身の意識や核になる部分が、それまでとは違う何か別のものに置き換えられたかのような気分でした。譬えるならば、自分がいつの間にか「機動戦士ガンダム」に登場するモビルスーツになっていて、中にいる小さな人に操縦されているような感じとでも言えるでしょうか。妊娠初期から中期にかけては、眠っている間に、自分が何かの乗物になって操縦され、どこかわからないところに向かっているという夢を何度かみて、目が覚めた時には、夢の中に現れた光景は自分の視点ではなく胎児の視点から把握されたものかもしれない、と思った記憶があります。
超音波診断は母胎と胎児の状態を把握するために行われる医療行為ですが、妊婦検診の過程でその本来的な目的に加え、妊婦とその家族にとってはエコー写真を見ることが、胎児の成長を確かめ、胎児とのつながりを感じるためのある種の儀式のようにもなっているようでもあります。定期検診の受診を重ね、超音波診断を通して胎内で成長していく胎児の身体の部位、状態、大きさや重さなどを、産婦人科の担当医の説明とともに見ながら把握してゆく過程で、手元には診断の後に手渡されたエコー写真が貯まっていきます(図1)。妊娠初期には、豆粒のようだった胎芽が、妊娠の週数が増すにつれて、身体部位の形成が進んで胎児となり、人間としての姿に近づいてゆきます。画像の中で胎児が占める割合が高くなり、その存在感が増してゆく過程を辿ってみるうちに、母胎である私の身体は、透明な器のようにその存在感が後退していくようにも感じられました。

(図1)
筆者妊娠時の超音波画像(エコー写真)(2010)

ところで、エコー写真は多くの場合感熱紙に印刷されるので、時間の経過とともに退色するそうです。そのため、エコー写真をスキャナで取り込んだり、デジタルカメラで複写したりして画像データとして保存する人も多いようです。また、人によっては専門の業者に依頼して、数ヶ月分のエコー写真を一枚の台紙にまとめてアルバムのページとして出力したり(図2)、妊娠の週数一冊のフォトブックを制作する場合もあるそうです(図3)。私はというと、病院でもらったエコー写真の中で残っているものは(何枚かは紛失してしまいました)、現在のところ妊娠時の記録ファイルの中に入れたままで整理もしておりません(根がズボラなのです)。

(図2)
アルバムのページ用にまとめられたエコー写真の作例

(図3)
エコー写真のフォトブックの作例

そもそも、エコー写真を「子どもの成長記録の写真」としてとらえる考え方 はいつ頃から定着してきたのでしょうか。欧米や日本で妊婦検診の中に超音波診断が組み込まれていったのは、1980年代のことだそうです。妊娠のプロセスを、身体的な変化とともに、その初期段階から出産直前まで胎児を視覚的に把握するということが一般化したのは、この30年程度の間のことであり、その間のデジタル写真、画像加工技術の進歩とが重なり、エコー写真が家族アルバムの中におさめられ、眺められるような「写真」として定着していったのです。医療においてはX線写真や内視鏡など、さまざまな画像技術が用いられますが、胎児をとらえたエコー写真は、検査という目的だけではなく、「家族写真」というコンテクストの中で、意味合いや価値を帯びるものになっているのです。

(図4)
VOLVOの広告
「Is Something Inside Telling You to Buy a VOLVO?」

1990年代には、スウェーデンの自動車メーカーVOLVOの広告のイメージに、エコー写真が大きく扱われて話題になりました。左側を向いて写っている胎児のエコー写真の下に、「Is Something Inside Telling You to Buy a VOLVO?」(あなたの内側にある何かが、VOLVOの車を買って欲しい、と言っているのではありませんか?)」という一文と、自動車を横から撮影した写真が添えられています。
つまり、この広告で呼びかけられている「あなた」とは妊娠している女性(と、もしくはその家族)であり、VOLVOこそが、安全性を最優先する上でベストの選択である、と胎内の子どもが主張している、というメッセージを投げかけているのです。また、小さく掲載されている車の写真と胎児が同じく左側を向いていて、あたかも胎児が車を運転しているかのような姿勢でとらえられているのも興味深いところです。いわば、VOLVOに乗ると、胎内にいる子どもと同じような安心感を得られる、ということもメッセージの中に含まれているのでしょうか。個人的には、私自身が妊娠初期に経験した「自分が乗物になった夢を頻繁にみたこと」とイメージ的に重なります。

超音波画像診断のような画像技術が定着する以前にも、胎児を可視化する試みが、科学写真の領域で行われています。スウェーデンの写真家、レナート・ニルソン(Lennart Nilsson, b.1922)は、アメリカのグラフ雑誌『LIFE』1965年4月30日号に、妊娠の過程に沿って胎児の成長段階を辿る長編のフォトストーリー「Drama of Life Before Birth(誕生前の生命のドラマ)を発表しました。大反響を呼び起こしたこのフォトストーリーは、顕微鏡写真、内視鏡を使って撮影された胎内の写真、外科手術で摘出されたさまざまな胎児をとらえた写真を組み合わせられていますが、あたかも胎内という小宇宙の中で繰り広げられる一人の胎児のドラマとして読み取られるように構成されています。このフォトストーリーが発表された1カ月半後、『LIFE』の1965年6月18日号には、1965年6月3日にアメリカ人初の宇宙遊泳を行ったエドワード・ホワイトをフィーチャーした長編のフォトストーリー「The Glorious Walk in the Cosmos(宇宙の中での栄光ある歩み)」が発表されました。『LIFE』1965年4月30日号と1965年6月18日号の表紙(図5、6)を見比べて見ると、 臍帯で胎盤につながった胎児の姿とジェミニ4号の機体につながったエドワード・ホワイトの姿は、きわめてよく似ています。また、フォトストーリーの中で、胎芽・胎児をクローズアップでとらえた写真をさまざまなサイズで構成した誌面構成(図7)と、エドワード・ホワイトの宇宙遊泳をさまざまなアングル、距離でとらえた誌面構成(図8)にも共通点を見いだすことができるでしょう。
1965年に、2カ月足らずの間に掲載されたこれらのフォトストーリーを通して、胎内という小宇宙と、広大な宇宙空間という、それまで目に見えなかった領域のドラマが眼前に繰り広げられることに大きな衝撃を受けたことでしょう。

(図5)
『LIFE』1965年4月30日号の表紙

(図6)
『LIFE』1965年6月18日号の表紙

(図7)
『LIFE』1965年4月30日号
「Drama of Life Before Birth(誕生前の生命のドラマ)誌面

(図8)
『LIFE』1965年6月18日号
「The Glorious Walk in the Cosmos(宇宙の中での栄光ある歩み)」誌面

エコー写真やレナート・ニルソンの科学写真を通して、妊娠当時の私自身の身体感覚と胎児へと向けられた眼差しを振り返ってみると、宇宙空間という未踏の領域を探査するテクノロジーの進歩とも重なる「見ることへの欲望」によって切り拓かれてきた視覚装置の進歩の過程が端的に浮かび上がってきます。また、自分自身が妊娠中に感じていた「モビルスーツとしての私」という身体感覚の端緒も、これらのイメージにどこかでつながっていたのではないでしょうかとも感じられるのです。
(こばやし みか)

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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