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小林美香のエッセイ「エドワード・スタイケン写真展によせて」
第2回 エドワード・スタイケン写真展によせて(2)  2010年12月17日
今回の展覧会で展示されるポートフォリオには、1920年代から30年代にかけて撮影された写真が数多く含まれていることからもあきらかなように、世界大戦間期はエドワード・スタイケンが写真家として華々しく活躍し、アメリカで最も商業的にも成功した写真家として名声を確立した時期でもありました。前回の経歴でも述べたように、スタイケンは、1923年からコンデナスト社の主任写真家に就任、商品広告、ファッション写真、著名人のポートレート写真などを数多く手がけました。

"Ann Harding, Beverly Hills, California"
1931年(1986年プリント)
ゼラチンシルバープリント
33.7×26.6cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり

"Conrad Veidt and Lupe Velez, Hollywood"
1928年(1986年プリント)
ゼラチンシルバープリント
33.5×27.0cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり

"Merle Oberon, Hollywood"
1935年(1986年プリント)
ゼラチンシルバープリント
33.5×27.0cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり

彼は第一次世界大戦前のピクトリアリズム隆盛の時代からも著名人や芸術家の卓越したポートレート写真で名を馳せていましたが、この頃にはとくにハリウッド映画で活躍する俳優、女優を数多く撮影しています。世界大戦間期は、サイレント映画からトーキー映画へと移行し、ハリウッドがアメリカの映画文化と映画産業の中心地になった時代でもありました。ポートフォリオに収録されている作品としては、舞台・映画女優のアン・ハーディング(Ann Harding, 1902-81)、多重露光で重ね合わせられたコンラート・ファイト(Conrad Veidt 1893-1943)とルーペ・ヴェレス(1908-44)、マール・オベロン(Merle Oberon, 1911-79)を撮影したものがありますが、とくにマール・オベロンのポートレートに明らかに見て取られるように、モデルの顔立ち、表情を際立たせるような照明効果を駆使しています。ピクトリアリズム時代の写真では、撮影後の印画法にいよって、ハイライトを強調し、影を背景の中に溶け込ませるような表現を多用していた(例えばJ.P.モーガンのポートレート(1906)などがその典型でしょう。)のに対して、この時期のポートレートは、背景から輪郭を浮き上がらせ、画面全体での黒と白のシャープなコントラストが作り出されています。女優グレタ・ガルボのポートレート(1928)もまた、巧みなライティングで端正な顔立ちを際立たせ、黒いドレスと背景のコントラストが作り出された典型例と言えるでしょう。
このようなポートレート写真は、グラフ雑誌や新聞、ポスターなどの印刷物を通して銀幕のスター俳優・女優のアイコンとして広く人々の目に触れ、記憶にとどめられるようになります。コントラストが明確な画面は、印刷物の中に掲載されたときによりそのインパクトが強められるのです。ギャラリーに展示されたり、芸術的な写真を志向する写真家たちの機関誌に掲載されたりして、限られた人たちによって享受されるような作品ではなく、マスメディアを通して大衆を惹きつけるようなイメージを作り出すこと、スタイケンはこのような明確な意識を持って撮影に取り組み、消費社会の拡張に伴って隆盛しつつあったマスメディアで活躍する写真家の先駆者的な存在になりました。
当時の状況を補足して説明しますと、20年代初頭では、図入りの広告で写真が使用される割合は15パーセントにも満たなかったのに、30年代には80パーセント近くの広告で写真が使用されるようになりました。このような状況からも、広告産業の基盤がこの時期に急速に形成され、その中でいかに膨大な量の写真が人々の目に触れるようになったのか、ということが伺い知られます。

"Miss Fanny Haven Wicks, Newport, Phode Island"
1924年(1987年プリント)
ゼラチンシルバープリント
24.0×19.0cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり

スタイケンがこの時期に切り拓いた撮影のテクニックは、モデルや商品の輪郭を浮かび上がらせ、鮮鋭なディテールを精緻に描き出すと同時に、卓越したライティングのテクニックによって、見る人を蠢惑的な幻想の世界の中へと誘い、商品やサービスの魅惑を強く印象づける力を備えていました。(近年開催された展覧会Edward Steichen: In High Fashion, the Conde Nast Years, 1923 ?1937のウェブサイトでは、この時期にスタイケンが撮影した魅惑的なポートレートやファッション写真の一端に触れることができますので、ご参照下さい。)
このようなスタイケンの華々しい活躍は、第一次世界大戦時の従軍で、調査・偵察という明確な目的に適うように空中写真を撮影すること、情報としての写真の価値を認識すること、さらに組織の中でチームワークとして仕事に取り組むこと、といった経験によって培われてきた考え方にも根ざしていたといえるでしょう。アートディレクターやクライアントとの協同作業、映画やファッションといった新興産業の中で活躍の場を広げていったスタイケンは、写真家というだけではなく、プロデューサーとしての力量も備えていたのです。
 最終回となる次回では、物や風景をとらえた写真について見ていきましょう。
(こばやし みか)

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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