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小林美香のエッセイ「エドワード・スタイケン写真展によせて」
第3回 エドワード・スタイケン写真展によせて(3)  2010年12月18日
前回は、ポートレート写真を中心にスタイケンがスタジオの中で撮影した作品を見てきましたので、今回は屋外で撮影された写真に注目していきましょう。展示作品の中でも、木肌を前景にとらえた"Walden Pond, Concord, Massachusetts"(1934) や、ハドソン川の上にかかるジョージ・ワシントン・ブリッジをダイナミックな構図でとらえた"George Washington Bridge, New York"(1931)のような作品は、精緻なディテールや空間の奥行きが豊かなグレーの諧調によって表されています。

"Walden Pond, Concord, Maddachusetts"
c.1934年(1987年プリント)
ゼラチンシルバープリント
34.1×23.2cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり

"Geoge Washimgton Bridge, New York"
1931年(1987年プリント)
ゼラチンシルバープリント
33.4×26.6cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり

"Florida Jungle" ( 1936) や"Clouds" のような作品においては、自然の光が織りなす微妙で繊細な表情そのものが主題になっていると言えるでしょう。また、ポートレート写真の中でも、詩人のカール・サンドバーグ(スタイケンとサンドバーグは義理兄弟の関係でした)のポートレートは、岩肌を背景に自然光で撮影されており、前回紹介したようなスタジオで撮影された黒と白のコントラストを強調したポートレート写真と比べると、その空間の光の柔らかなニュアンスが伝わってきます。

"Florida Jungle"
1936年(1986年プリント)
ゼラチンシルバープリント
26.4×33.8cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり

"Clouds"
(1987年プリント)
ゼラチンシルバープリント
23.7×34.2cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり

"Carl Sandburg, Umpawaug, Connecticut"
1930年(1987年プリント)
ゼラチンシルバープリント
32.6×26.4cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり

このような豊かなグレーの階調表現は、ポートフォリオのプリンターをつとめた写真家ジョージ・タイス(1938‐)の手によって、オリジナルのネガから引き出されたものです(タイス自身も、大判カメラを用いて風景を撮影し、モノクロームの精緻なプリント作品により高く評価されています)。このような、撮影した写真家本人が他界した後に、別の人の手によって制作されたプリントは、ポスチュマス(posthumous 没後の意味)・プリントと称されることがあります。タイスは、スタイケンから直接指示を受けてプリントを制作したわけではありませんが、このような精緻なプリントから、彼がスタイケンの作品の本質を深く理解していることや、オリジナルのネガがいかに精度の高いものであったか、ということを伺い知ることができます。

この連載の第一回目でも述べたように、スタイケンは第一次世界大戦後からそれまでの印画技法を駆使して制作していたピクトリアリズム(絵画主義写真)の表現をやめて、ストレート写真という、写真の精緻な記録性をそのままに活かして、鮮鋭にディテールを表現するようなスタイルへと転向していきました。このように制作の指向性が変化する中で制作された作品の中にも、彼がそれまでに写真や絵画の作品制作で培ってきた感覚が、被写体の形状、奥行き、表面のテクスチャーを画面全体の構図のバランスのなかで表現する方法に活かされているのを見てとることができます。たとえば、重なり合うバラの花弁をクローズアップでとらえた"Heavy Roses Voulangis, France" (1914 )や、セザンヌの絵画の部分を彷彿とさせるような方法で梨と林檎を配置して撮影した"Three Pears and an Apple, France 1921"からは、被写体となったもののディテールを注視しつつ、画面全体の構図を作り上げようとする意図を見て取ることができます。

展示作品の中にも、樹木や花のような植物が写し取られたものがいくつかありますが、このことはスタイケンが園芸や植物に深い造詣を持っていたことにも関連していると言えるでしょう。彼は20世紀初頭から、コネティカット州に農園を所有して園芸に勤しみ、飛燕草(デルフィニューム、delphinium)を栽培し、品種交配までをも手がけるという、植物、園芸の専門家としての一面も持っていました。1936年にニューヨーク近代美術館で開催されたスタイケンの個展では、植物を撮影した写真を中心に構成され、彼の農園で収穫された飛燕草も併せて展示されたそうです。被写体のディテールに注視し、それを忠実に写真によって再現するスタイケンの技術は、植物の個体の差異を研究し、栽培するという経験からも培われてきたものかもしれません。

"Lotus Pond, Mount Kisco, New York"
1915年(1986年プリント)
ゼラチンシルバープリント
26.6×33.5cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり

エドワード・スタイケンは、19世紀末からその人生の大半を写真に捧げ、写真家としてだけではなく、プロデューサー、キュレーターとして幅広い活動を展開し、表現手段としての写真の可能性をさまざまな方法で切り拓いてきました。その表現の根幹は、植物のような自然の造形への観察力や、光の性質とその効果に対する深い洞察に裏づけられているのです。今回の展示に選ばれ得た作品からも、長年スタイケンが写真に取り組む中で表してきた写真の本質を成す重要な要素について学び取ることができるのではないでしょうか。
(こばやし みか)

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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