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小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」
第13回 W・ユージン・スミス「ブルーノ・ヴァルター」  2012年4月10日
図1)
W・ユージン・スミス W.Eugene SMITH
「"Bruno Walter" ブルーノ・ヴァルター」
1947〜51年頃
ゼラチンシルバープリント
22.6x33.2cm
裏面にスタンプあり

(図2)

(図3)

(図4)

室内で熱心に語り合う二人の男性。左側はヴァイオリニストのヨゼフ・シゲティ(1892-1973)、右側が指揮者のブルーノ・ヴァルター(1876-1962)です。この写真は、グラフ雑誌『LIFE』の1951年3月26日号で6ページにわたって掲載されたフォトエッセイ「Recording Artists: Great musicians perform in a world the public never sees(レコーディングに取り組む芸術家たち:偉大な音楽家たちが、公衆が決して目にすることのない世界で演奏する)」(サイト:http://bit.ly/IdB5P1)(図2,3,4)に掲載された写真の別のショットです。最初のページ(図2)では、ベートーベンのヴァイオリン協奏曲の録音に際して、指揮をするヴァルターとヴァイオリンを演奏するシゲティの写真が上下に組み合わせられています。2ページ目の上の方に、演奏後、録音された楽曲をスタジオの中で聴いているヴァルターとシゲティの写真が2点掲載されていて、録音に聞き入ったり、議論に熱中したりしているその表情や身振りからは、完璧な演奏を追究している二人の奮闘ぶりが伝わってきます。

(図5)

フォトエッセイのなかでは、当時活動していた著名な音楽家たちーーストラヴィンスキー、ワンダ・ランドフスカ、アイザック・スターンなどーーのレコーディングの様子が取り上げられています。フォトエッセイのなかに掲載されている写真を通してみると、演奏の動作を引いた視点から捉えたものよりも、演奏中やスタジオで録音を聞いている顔をクローズアップで捉えたものが多く、現場の緊張感や、音楽家たちの葛藤が顔の表情や仕草から伝わってきます。音楽家や関係者のなかには、演奏中の撮影を疎ましがる人がいたとしても不思議ではありませんが、演奏に没頭する真剣な表情や、録音された演奏を聴きながら物思いに耽る表情や視線は、あたかもカメラの存在を意識していないかのようにも見えます。W.ユージン・スミス(W. Eugene Smith, 1918-1978)は、著名な音楽家たちの、ステージでは決して見ることのできない素顔を伝えるとともに、写真と言葉をとおして音楽の響きを読者に想像させるような臨場感溢れる誌面を作り上げています。
このフォトエッセイのほかに、ユージン・スミスは1940年代から50年代にかけて「カントリー・ドクター」(1948年9月20日)(サイト:http://bit.ly/Hp1p8B)、「スペインの村」(1951年4月9日)(サイト:http://bit.ly/HuAbkC)といった彼の代表作として知られ、フォトジャーナリズムの金字塔とも評されるフォトエッセイを「ライフ」誌上で発表しました。彼はフォトエッセイの制作に際して、写真の選択やトリミングの仕方、写真のサイズ、誌面のレイアウト、見出しやテキストとの組み合わせ方など細部にいたるまで厳密に指示をしており、妥協を許さないその姿勢により、雑誌制作に携わるアートディレクターや編集者たちと衝突をすることもあったといいます。

(図6)

「レコーディングに取り組む芸術家たち」の誌面にも見て取られるように、彼のフォトエッセイは、人物の顔や手の仕草や身振りをクローズアップでとらえ、表情や視線の動きを読者に強く印象づけるように誌面を構成するということに特徴がありました。たとえば、コロラド州の田舎で働く医師セリアーニの生活を追った「カントリー・ドクター」の中盤にあたる見開き(図6)では、右側のページ一面に救急患者の少女の手当をするセリアーニが、目を見開き、張り詰めたような表情を浮かべている写真が掲載されています。事故で救急患者が運び込まれる経緯を4点の写真と文章で解説した左側のページとの組み合わせによって、右側のページの写真は読者の目を捉え、緊迫した状況を効果的に伝える役割を果たしています。
ユージン・スミスは、フォトエッセイを構成する上で、いかに読者の注意を喚起し、視覚的にストーリーの内容を印象づけるのかということに心を砕いていたのであり、彼の編集の技術は、さまざまな楽器の音を聞きわけながら、交響曲全体を組み立てる指揮者のそれに近しいものだったのではないでしょうか。ユージン・スミスは、編集方針を巡る意見の対立から、1955年に『LIFE』での仕事を辞めた後に1957年にマンハッタンのアパートに移り住み、以降1960年代初頭にかけて、ジャズのミュージシャンたちやアパートから見える街の情景を撮影したり、演奏や街の周辺の音を録音したりするJazz Loft Projectに取り組んでいます。音楽家や音楽に対する強い関心や共感は、その後も彼の写真、フォトエッセイを貫く感覚として重要な位置を占めていたと言えるでしょう。
(こばやし みか)

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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