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小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」
第21回 アーロン・シスキンド「シカゴ」  2012年9月10日
図1)
アーロン・シスキンド
「シカゴ」
1960年(1981年プリント)
ゼラチンシルバープリント
24.8x33.0cm
裏面にサイン、タイトルあり
※額裏に「現代版画センター」シール貼付

黒い地に白い線の図形。アルファベットのCを左右反転させて直線と組み合わせた記号のようにも見えます。細部をよく見ると、地の部分に線や凹凸、釘や穴の開いた跡があり、白い線は滲んだり掠れたりしているようなところもあって、この図形が壁面にペンキかスプレーのようなもので描かれたもので、それをクローズアップで撮影したものであることがわかります。

(図2)
「シカゴ」(1949)

アーロン・シスキンド(Aaron Siskind, 1903-1991)は、当時イリノイ工科大学のインスティテュート・オブ・デザインで写真教育に携わっており、シカゴの街の中で建造物や看板やポスター、標識の文字などをクローズアップで撮影した写真を数多く撮影しています。(図2)は、おそらく大文字のRを撮影したものなのでしょう。反時計回りに90度回転させ、縦の直線の際の部分だけ残してフレームから外すことによって、黒いカーブや鋲、表面の汚れやペンキで修正した跡など、形状や表面の質感が強調されています。このように、シスキンドは1940年代後半から、対象をクローズアップで捉え、その対象を一見したところそれが何であるか、どれくらいの大きさのものなのか、ということを判別できないようにしてしまうことによって、抽象的な表現効果を作り出す手法を追究していました。シスキンドは、当時アメリカで隆盛していた抽象表現主義にも影響を受けており、彼の写真はフランツ・クラインの作品ともよく比較されます。

(図3)
マーサズ・ヴィニヤード島 (1949年頃)

(図4)
マーサズ・ヴィニヤード島 (1954)

シスキンドは、1930年代にはフォト・リーグという団体に参加し、ハーレムや貧困問題など、社会問題に深く関わったドキュメンタリー写真を制作していましたが、1940年代にマサチューセッツ州のマーサズ・ヴィニヤード島やグロスターを訪れるようになってから作品の傾向が大きく変わっていきました。マーサズ・ヴィニヤード島の浜辺に落ちている細い海草と、海草が砂の上に残している跡の形を精緻に捉えた写真(図3 )や、海岸沿いに岩を積み上げて作られた壁をクローズアップで撮影した写真(図4)は、ドキュメンタリー写真からの移行期にあたるものであり、自然の力が作り出す形やテクスチャーを精緻に見つめるような撮影の仕方からは、後に彼が追究する抽象的な表現の萌芽を見てとることができます。
また、クローズアップを多用するフレーミングは、通常ものを見るときの上下や左右の方向感覚やスケール感覚を一端外してしまうような効果も生み出しています。たとえば、(図4)では、岩石の壁は周囲の情景から切り離され、岩の大きさが判るような手がかりはなく、白く見える背景の空間と岩の形が絶妙なバランスを保って組み合わせていることが見てとられるように、厳密に構図が形作られています。

(図5)
「空中浮遊の恐怖と快楽 No.37」(1953)

シスキンドが、クローズアップによって追究していた抽象的な表現効果は、ミシガン湖で撮影したダイバー達が飛び込みをする瞬間を、空を背景に撮影したシリーズ(1953-1961)においても見てとることができます。瞬間的に重力から解放されたような人の形は、抽象的な形のシルエットに変えられていて、空中にふわりと浮かび上がっている高揚感とその後の落下という恐怖感という身体感覚を、見る者の中にも呼び覚ましたりもします。 このように、写真にとらえられたものをとおして、見る人の中に内面化された感覚を呼び覚ますことこそが、シスキンドが追究した表現の核心にあったのではないでしょうか。
(こばやし みか)

アーロン・シスキンド公式サイト:http://www.aaronsiskind.org/

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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