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小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」
第26回 ピーター・ムーア+オノ・ヨーコ
「オノ・ヨーコ モーニング・ピース ニューヨーク・クリストファー通り87番地の屋上にて、1965年」  2012年11月25日
(図1)
ピーター・ムーア+オノ・ヨーコ
「オノ・ヨーコ モーニング・ピース ニューヨーク・クリストファー通り87番地の屋上にて、1965年」
1965年(1996年プリント)
ゼラチンシルバープリント
29.5x20.0cm
Ed.60
エステートスタンプ:ピーター・ムーア
サイン:オノ・ヨーコ自筆(5部のみ)

テーブルを前に、目を伏せて神妙な面持ちで座る前衛芸術家・音楽家のオノ・ヨーコ。彼女の前には格子を描いた紙が広げられ、格子の中には、さまざまな形のガラスの破片が並べられています。格子の傍には「Mornings for Sale(朝を売っています)」、「Future Mornings(未来の朝)」とい記されており、彼女の傍らにはラベルを貼ったガラスを収めた箱が置かれています。この写真は、オノ・ヨーコが「モーニング・ピース」と題して、当時彼女が住んでいた、マンハッタンのクリストファー通りの建物の屋上で行ったパフォーマンスに際して撮影されました。((図2)は、パフォーマンスの告知のために送られた案内のカードです。)
オノ・ヨーコがガラスの破片に貼りつけたラベルには、未来の日付と朝(日の出前、日の出後、午前中全部に分けられていました)がタイピングされていました(図3)。ガラスの破片を「未来の朝」(彼女は買い手に対して、その破片越しに空を見上げるように勧めています)として販売する彼女のパフォーマンスは、参加する人たちに対して、記された日付の未来の朝に、どこにいて何をしているのかということも含め、時間について思いを巡らせるように促す意図を持ったものでした。また、ガラスの破片を売るという行為を通して、芸術作品の商品としての価値や意味を問い直そうとしていたのかもしれません。

(図2)
「モーニング・ピース」案内状(1965)

(図3)
「モーニング・ピース」で販売されたガラスの破片

(図4)
東京・渋谷で行われた「モーニング・ピース」の記録メモ

このパフォーマンスは、(図2)の案内状に名前が記されているように、ジョージ・マチューナス(George Maciunas, 1931-1978)が主唱する芸術運動「フルクサス」との関わりあいを持って行われました。撮影したピーター・ムーア(Peter Moore, 1932-1993)は、マチューナスと親交を持ち、フルクサス関連のパフォーマンスやイベントの現場に立ち会って、その記録を残しています。
特定の場所と時間に繰り広げられるパフォーマンスにおいては、芸術家の行為だけではなく、その場に立ち会って巻き込まれてゆく人たちや環境が作品を成立させ、また変容させる重要な要素としての役割を果たすことになります。(図1)が、ピーター・ムーアが撮影したオノ・ヨーコのポートレートとしてのみならず、二人の「共同作品」として記されるのも、パフォーマンスにおける参加者の重要性をも反映していると言えるでしょう。したがって、パフォーマンスにかかわる文書や記録は、その受容のされ方も含め、後に作品の意味合いを立体的に理解する上で重要な手がかりになります。たとえば、このパフォーマンスは1964年5月に東京でも開催されており、パフォーマンスに際して作られた記録メモによれば、それぞれの破片には、10円から1000円までの値段がつけられ、赤瀬川原平や久保田成子、ナム・ジュン・パイクといった芸術家たちが「未来の朝」の買い手に名を連ねています。(図4)
フルクサスの活動に代表されるようなパフォーマンス・アートが、現代美術において注目を集めるようになる1960年代前後から、芸術家たちが作品を制作するプロセスやアトリエやスタジオなどの空間をとらえた写真は、作品の成り立ちや、芸術家たちの人となりを伝える手段として、グラフ雑誌や、美術雑誌に掲載されてきました。よく知られているものとして、ジャクソン・ポロック(Jackson Pollock 1912-1956)がドリッピングの手法で絵画を制作している様子をハンス・ネイムス(Hans Namuth 1915-1990)が撮影したものがあります。(「LIFE」1959年11月9日に掲載)(図5)また、以前、「写真のバックストーリー」第18回で紹介したウーゴ・ムラスも、1960年代半ばにニューヨークでさまざまな芸術家たちの制作現場を撮影して、写真集『New York: The New Art Scene(ニューヨーク:新たなアートシーン)』(1967 文章:アラン・ソロモン)を刊行しています。芸術家たちとその目撃者たちが残した記録は、現代美術の文脈においてのみならず、時代の一断面として後にさまざまな視点から読み取られるべきものと言えるでしょう。

(図5)
「LIFE」1959年11月9日

(こばやし みか)

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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