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小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」
第30回 アンリ・カルティエ=ブレッソン「After a competition」  2013年2月10日
(図1)
アンリ・カルティエ=ブレッソン
「After a competition」
1972年(Vintage)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:17.0x25.4cm
シートサイズ:19.8x28.2cm
スタンプサインあり

ヨットから外された帆を風にかざす男性たち。画面右側で帆の下の端を持つ後ろ姿の男性、中央に肩車をされて帆の脇をつかむ男性、左奥で帆の先端を持つ男性が捉えられています。背景には、五輪の旗がはためき、競技に参加したヨットが並び、4人のシルエットと帆の模様、地面に落ちる影が組み合わさって、視覚的なリズムが作り出されています。アンリ・カルティエ=ブレッソン(Henri Cartier-Bresson, 1908−2004)は、1972年夏季のミュンヘン・オリンピックでドイツ北部の都市キールで実施されたセーリング競技を撮影しました。ブレッソンが撮影した一連の写真の裏面には、彼自身の名前と連絡先を記したスタンプと、彼設立・運営に携わった写真エージェンシー、マグナム・フォトのパリ事務所スタンプが押されています。(一連の写真は、こちらで見られます)。オリンピックの報道に際して、雑誌や新聞での掲載が意図されていたのでしょう。
オリンピック公式サイトのページには、1896年にアテネで開催された最初の近代オリンピックから昨年のロンドン・オリンピックにいたるまでの記録写真や映像の一部が公開されており、ミュンヘン・オリンピックについても、その一端を窺い知ることができます。19世紀末から21世紀初頭まで、いくつかの年代を跨ぎながらそれぞれのオリンピックの記録写真を眺めてみると、写真技術の進歩(カメラの進化やカラー写真の登場、望遠レンズの導入など)が、各大会の記録・報道写真に如実に反映されていることがわかります。オリンピックという国際的な一大イベントにおいて、スター選手の偉業やその表情を間近に、鮮明な写真や映像に捉えて報道することこそが、競技場に詰めかける多くの写真家たちの目的であり、撮影のためにその時々の最新の撮影技術が導入されてきたのです。
アンリ・カルティエ=ブレッソンがキールで撮影した写真には、競技をする選手の姿を捉えたものよりも、セーリング競技の準備や後片付け、競技を見に来た観客の様子(図3)など、競技の周辺の状況をとらえたものが多いのが特徴的です。また、(図1)や(図4)にも見て取られるように、画面の前景、中景、後景にいたるまでのつながりに注意を払って構図を作り出し、空間を捉えていることもブレッソン独特の捉え方が如実に表れていると言えるでしょう。なぜなら、スポーツの報道写真は望遠レンズを用いて撮影されることが多く、(図2)のように競技の主役になる選手に焦点が合わせられ、その周辺の情景は、主役の背景としてぼやかされることのほうが殆どだからです。

(図2)
走高跳で金メダルを獲得した西ドイツのウルリケ・マイフェルト選手
(当時16歳)

(図3)
アンリ・カルティエ=ブレッソン
「Inside olympic village」
1972年(Vintage)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:25.2x17.0cm
シートサイズ:28.3x19.8cm
スタンプサインあり

(図4)
アンリ・カルティエ=ブレッソン
「タイトル不明」
1972年(Vintage)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:25.0x17.0cm
シートサイズ:27.8x20.0cm
スタンプサインあり

アンリ・カルティエ=ブレッソンといえば、1952年に刊行された写真集『決定的瞬間』があまりにも有名です(「決定的瞬間」とはもともと最初に刊行されたフランス語版の写真集『すり抜けるイメージ』の序文のタイトルで、後の英語版の写真集の題名となりました)。ブレッソンの言う「決定的瞬間」とは、一般的に考えられるような「決定的瞬間」、たとえばスポーツ競技においては、新記録が打ち出され、偉業を成し遂げられた瞬間のことを指すのではありません。「私にとって写真とは、一秒の何分の一かの時間で、出来事の意味を認識し、それと同時にその出来事を表現するのに最も適した構図を見つけることである」と、ブレッソンは述べています。写真集刊行から20年を経て撮影されたミュンヘン・オリンピックの写真においても、彼の言葉に表されるような撮影の姿勢は変わらず貫かれていたのです。
(こばやし みか)

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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