ギャラリー新人日記

2006年3月

ギャラリー新人日記 3月31日

今日は、全員集合の日で打ち合わせ。三浦さんと雄高さんは13日〜15日に開催する「アール・デコと1920年代の画家たち」展の画像をHPにUPするために準備に取り掛かっている。
梅田さんにプロセスアートへDVDの仕入れに出掛けてもらった。仕入れても、仕入れても売れて在庫がなくなるDVD。私も、神宮前のNADIFFに出掛け、見本を渡してご挨拶。この本の噂を聞いているらしく、「気になっていました。」と言われた。気になってくれているのなら置いてもらうしかない。京都のメディアショップにも「売れると思います。」と嬉しい言葉をもらい、東京のNADIFFと京都のメディアショップで取り扱ってもらえることになりました。バンザイ!今度NADIFFに友人を連れて行き、『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』を手に取り、友人にさりげなく私の名前が載っている最後の頁を見せようと企んでみた。

ギャラリー新人日記 3月30日

トリシャ・ブラウン ドローイング展は、平日だというのにお客様が多い。しかも、本やDVDを買って帰る人の確立も高い。ありがたい。
植田実先生が16時頃来廊され、磯崎新事務局通信のインターン募集の面接予定日を決めた。募集してからもう1ヶ月くらい経ってしまい、お待ちいただいた方にはほんとうに申し訳ありません。原稿やシンポジウム、地方出張と超多忙な植田先生の都合がなかなかつかず、お待たせしてしまいました。植田先生と磯崎新連刊画文集『百二十の見えない都市』の欧文の奥付を考えた。情報量満載というイメージではないので、シンプルな欧文にしてみた。
夕方、カンバセーション アンド カムパニーの服部さんが来廊された。トリシャ・ブラウンさんの来日の準備で、今までゆっくり話すことができなかったが、トリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニーの来日が無事素晴らしいものになり、お互いホッとして今日はゆっくり話した。
仕事が終わり、綿貫さんと令子さんに「Radio」という有名なバー&レストランにフレンチを食べに連れて行ってもらった。今日は魚が食べたくなったので、白ワインと金目鯛!ぷりぷり。綿貫さんが、私にとってすごくありがたい言葉を掛けてくれた。「誤解はひとつの理解」。私は、ちょくちょく誤解して覚えてしまうから、みんなに突っ込んでもらえる。そこでやっと理解できる。できれば誤解して覚えたくないのだが・・・。こんな感じで踏段を上がったり、ちょっと下がってみたり、でも確実に上がっているのではないでしょか・・・。

ギャラリー新人日記 3月28日

ときの忘れものでは、梅田沙織さんが新たにお手伝いしてくれることになった。この新人日記執筆という職務を、いつの日か摩り替わってもらえないだろうか・・・。
彩の国さいたま芸術劇場で行なわれたトリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニーの公演の興奮冷めやらぬメールがいっぱい届いていた。当分、トリシャ・ブラウンの世界で私たちはふわふわするだろう。トリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニーの方々は月曜日に、無事にパリに発たれたと聞いた。新たにファンが増えたので、必ずまた来日してもらわなければなりません。
私は、溜まりに溜まったギャラリー新人日記をなんとかUPし、4月13日・14日・15日にときの忘れもので開催する「アール・デコと1920年代の画家たち」の作品の画像データを作成した。作品は1930年前後のものが多く、もう70年以上経過しているのに、深みのあるいい色が出ている。全て具象画で、色っぽい女性を描いているものが多く、私が勝手にイメージしている三浦さん好みの作品をピックアップしてスキャンした。

ギャラリー新人日記 3月25日

令子さんと彩の国さいたま芸術劇場へ向かい、14時過ぎに到着した。トリシャ・ブラウンの今までの公演のポスター展もやっており、どのグラフィックデザインも全く違う表情のものでおもしろかった。
15時半から、ずっと心待ちにしていたトリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニーが開演。全ての明かりが消灯し、《Accumulation with Talking plus Watermotor》の映像が放映された。休憩をはさみ、《Set and Reset》(振付:トリシャ・ブラウン、美術+衣装:ロバート・ラウシェンバーグ、音楽:ローリー・アンダーソン)が始まった。私が今まで思い込んでいたダンスという領域を超えたパフォーマンスは、虜にさせ、一瞬も見逃すまいと目が釘付けになった。あの人たちは本当に人間なのか?と思うほど超越しているものを持っており、人形にしか見えなかった。見えないワイヤーにでも吊られている操り人形のように、宙をゆっくり回り、飛び、駆けていた。次に、《Present Tense》(振付:トリシャ・ブラウン、音楽:ジョン・ケージ、美術+衣装:エリザベス・マーレイ)は、ダンサーから音が出ているように私の目には映った。最後の作品《Groove and Countermove》(振付:トリシャ・ブラウン、音楽:デイヴ・ダグラス、美術+衣装:テリー・ウィンタース)は、一番エキサイトした作品で、クレヨン箱から飛び出してきたかのようにイエロー、ピンク、ブルー、グレー、パープル・・・と色鮮やかな衣装でパフォーマンスを繰り広げ、私はなんだかメルヘンな世界に行っていた。「股関節が柔らかい」と四谷の研究会で話が出たが、ずっと見ているとその柔軟さがはっきり捉えることができた。カーテンコールでは、オレンジ色の衣装を着たコレオグラファーのトリシャさんと素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたダンサーの方々が横一列に手を繋ぎ何度も何度も挨拶をし、観客は拍手を止めなかった。公演後、舞台裏に挨拶に行き、皆目をキラキラさせてベージュのワンピースを着て出てきたトリシャさんに興奮冷めやらぬ気持ちを各々伝えていた。私は「ありがとう!」とシンプルな言葉しか言えなかったが、あの時はなんだか感謝の気持ちでいっぱいだった。
トリシャさんはこの後、秘書のミッシェルさんと中谷芙二子さんと田坂さんと共に、ときの忘れものにもう一度来廊してくれた。オープニングでは、展示を落ち着いて見られなかったので、トリシャさんとミッシェルさんは2人で、この展示をじっくりと観覧していた。その後、私たちは「梅の花」に行き、トリシャさんは「Tofu Festival」と言って豆腐料理を堪能していた。今までの舞台でどこのホールが素晴らしかったか綿貫さんが聞くと、「パリオペラ座のガルニエ」と答えていた。トリシャさんは、「動いている車の上でも踊ったこともあるのよ。」と言っていた。
お別れのとき、トリシャは優しい声で「バーイ、レイコ」とハグしてくれた。名前を覚えてもらっていることにも感動し、一緒に過ごした時間は短かったものの、私たちは「世界うるるん滞在記」の別れのあのシーンのように名残惜しかった。同時にメカスさんのことを思い出した。また、トリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニーに来日してもらえるよう、どなたにお願いをしたらいいのだろう・・・。

ギャラリー新人日記 3月24日

今日から3日間、彩の国さいたま芸術劇場でトリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニーの公演がある。今日はその初日なので、植田実先生を誘って、綿貫さんと三浦さんと雄高さんと奥さんの5人で観に行くことになっていた。ドローイング展のこともあるので、交代で明日令子さんと私が観に行くことに決まった。
私は、プロセスアートに『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』を10冊納品しに行った。DVDはとても好評で売れているので、また納品して戴いた。
終わり頃、ギャラリー寺下さんが来廊された。ビタミンを・・・とイチゴを頂き、食事に誘ってもらった。寺下さんと令子さんと日本橋にあるクロアチア料理屋さんに出掛けた。クロアチア・・・国の名前は聞いたことがあるが、地球のどの位置に存在するのかを今日はじめて知った。ここは日本に1店しかないらしく、イタリアンみたいなフレンチみたいな、ロールキャベツや肉やパスタをペロリと全部食べた。とってもおいしい料理をご馳走になり、今日も大満足。

ギャラリー新人日記 3月23日

昨日のオープニングにご来廊された方は、ドローイングをゆっくり見られなかったかと思いますので、もう一度トリシャ・ブラウン展にいらしてください。展示空間が今までで一番広々見えます。今回の展示は、監督岡崎乾二郎さんなのですが、「作品と作品の間の空間がグリッド状にみえることが展示のポイントです。」と図面が添付されたメールが入っていた。さすが美意識が違うな〜と思った半面、正直焦った。私たちも高い美意識を持って、グリッド状の展示を維持しなきゃならない。抜き打ちで来廊されるかもしれないので、気をつけよう・・・。
磯崎新連刊画文集『百二十の見えない都市』が完成したので、磯崎新アトリエへ納品しにいった。青山墓地の桜はまだのご様子。この前は狂い咲きの桜がちらほら見受けられたのに・・・


ギャラリー新人日記 3月22日

今日からときの忘れもので「トリシャ・ブラウン ドローイング展」です。そういえば、私が入社して初めての女性作家の展覧会。
13時から近畿大学四谷アート・ステュディウムで、18年ぶりのトリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニーの日本公演に合わせて、トリシャ・ブラウンのダンスの軌跡を再考する研究会「コンテンポラリー・アート/ダンスの核心――トリシャ・ブラウンさんを迎えて」が催された。四谷のスタッフの方々は忙しく動き回っており少し緊迫した雰囲気の中、今日からお手伝いをしてくれる梅田沙織さんと私はモニター室で『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』の販売を行った。プロセスアートの田坂さんは今朝出来上がったばかりのDVDと共に到着した。
13時から岡崎乾二郎さんのレクチャー第一部「ジャドソン・ダンスシアターを巡って/トリシャ・ブラウンへの導入にかえて」が、トリシャ・ブラウンの作品《If you couldn’t see me》のように、観客は岡崎さんの顔が見えないという体勢ではじまった。トリシャさんが友人のスタジオを借りてダンスをしていると、貸している人がやってきたのでダンスを止めるとギロッと見て、「トリシャ、飛んでいたよ!!」という話しがあった。惜しげもなく貴重な写真や映像を流してくださり、それぞれの作品を観て私は毎回思うことが違うのだが、《Accumulation with Talking Plus Watermoter》を観ると私にはダンスしているトリシャさんの足と地面の間に空気が見える。だから、その友人が言っていることは本当のことだと思う。トリシャさんは、エアージョーダンを履いているマイケル・ジョーダンみたいだと思う。
ぱくきょんみさんがトリシャ・ブラウンさんと秘書のミッシェルさんを埼玉まで迎えに行っており、15時半頃トリシャ・ブラウンさんは四谷アート・ステュディウムに到着した。スマートでキュートなトリシャ・ブラウンさんはシルクのオーラを放っているように私の目に映り、私はとっても落ち着いていて「ナイストゥーミーチュー」と言い握手した。その手は柔らかくって温くって(爪にはシックなピンクのマニキュアをしていたな・・・)、私は平面なトリシャさんしか見たことのなかったので、あぁ生身なのだとやっと理解した。
第二部はトリシャ・ブラウンさんを囲んで質疑応答、ディスカッション。通訳は、中保佐和子さんと『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』で翻訳を務めた中井悠さん。その輪の中に入りたい・・・と、ただうらやましく見ていた。岡崎さんはレクチャーの合間に本とDVDの宣伝を強引に持っていってくださっていたため、売り子が押し売りしなくても次々売れた。研究会終了後、木原進さんにトリシャ・ブラウンさんに見せるためだけに近畿大学のギャラリーに展示したという岡崎乾二郎さんの作品を見せて戴いた。制作年によって全く表情が違う作品たちは、キャンディーやおもちゃみたいで、抽象的なんだけれども犬がサングラスしているように見え、触りたくなるほどかわいかった。
17時からときの忘れものギャラリーでトリシャ・ブラウンさんを迎えてオープニングが行なわれるため、急いで片づけて青山に戻った。私がギャラリーに着いた頃は満員で、渋谷のスクランブル交差点の人口密度よりすごい状態だった。少し遅れてトリシャさんは18時前に登場した。話しかけることができた人、近寄れなかった人、私は後者ですが・・・大盛況だった。人の多さのあまりドローイングがちゃんとみられなかった方はもう一度会期中にご来廊ください。オープニングは無事終わり、打ち上げに行った。トリシャさんと秘書のミッシェルさんも参加してくださり、『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』で、「すべてはトリシャから始まった」というタイトルを付けた石井達朗さんも一緒に語り合っているようだった。外は雨が降っていたので一緒に入ろうとトリシャさんに傘を差しのべると、私の腕にキュッてしがみついた。その仕草がめちゃくちゃキュートだった。トリシャさんとミッシェルさんは明日の稽古もあるので、早く切り上げホテルに戻った。車中では、おやすみになっていたとあとで聞いた。無事にオープニングを迎えられ、初めてトリシャ・ブラウンさんにお会いでき、トリシャさんんが大喜びだったことを聞けた。今日は一日がとっても長く、何をするにも楽しくて満たされた日だった。トリシャ・ブラウン展の話を持ち込んで下さった岡崎乾二郎さん、ぱくきょんみさんをはじめ、この3ヶ月ご協力して戴いた方々全員に笑みが浮かんでおり、ぱくさんの「感無量です。」という言葉に私は涙腺が緩みそうでした。

ギャラリー新人日記 3月21日 

今日は10時に出勤。『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』が届いており、かなり豪華な出来具合だった。入り口に積み重ねられた1.000部の本を部屋の奥に運び、届いた41点の額装作品を一点一点確認し、三浦さんと私はパズルでもしているかのようにキャプションと作品の一致を見て、昨日用意していたシールを額の裏に貼っていった。
11時頃、岡崎乾二郎さんと、近畿大学四谷アート・ステュディウムの木原進さんと川原康弘さんがノートパソコン持参で来廊され、壁と額の寸法を測り数学的な計算をしはじめた。川原さんがVector Worksで展示作品の間隔などの計算をしている横で、今日は岡崎さん舞台監督のはずが、野球監督になっており「ベンチ入りだぞ!!」と催促し、発破を掛けていた。日本vsキューバのWBC決勝戦をラジオで聴きハイになりながら、空気が静止しそうなくらい並行で、狂いのない正確な展示だった。岡崎さんは何をするにしてもめちゃくちゃ楽しむ方だなーと思った。令子さんと私は、『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』の発送の準備をした。売れますようにと呪文を唱えました・・・。皆でお弁当を食べている姿を三浦さんが撮影すると、これも日記の素材として掲載されると知りつつ、皆さん写ってくれました。ありがとうございます。照明も考えてくださり、「トリシャ・ブラウン ドローイング展」の舞台は完成した。今日はトリシャ・ブラウンさんやダンス・カンパニーの方々が来日する。ぱくきょんみさんたちと綿貫さんは浦和のホテルへご挨拶に向かった。

ギャラリー新人日記 3月18日

トリシャ・ブラウン展に展示するドローイングの画像ホームページに掲載できるようにするため、トリミングされてしまっている画像を元にもどし、縦横の比率を合わせていく作業を行なった。そして、ドローイング画像付の作品キャプションも作成した。これが結構時間がかかった。仕事が終わって、令子さんと綿貫さんにトリシャ・ブラウン ドローイング展のオープニング後の会食でつかいたい店のメニュー決めに誘ってもらった。場所は、綿貫さんがよく行くという近所にある「十干」という和食屋さんで鍋にしようということになり、あっさりした塩味の鍋に最後はきし麺にしてもらうことにした。

ギャラリー新人日記 3月17日

今日は、横山正先生にお招き戴いた「SOURCE OF LIFE はじまりの水―IAMAS in Yokohama展」の内覧会に、ギャラリー寺下の寺下さんと綿貫さんと私は横浜の馬車道に向かった。会場はハンガーで作られたトンネルを潜ると着くBank ART Studio NYK(旧日本郵船倉庫)。「SOURCE OF LIFE はじまりの水―IAMAS in Yokohama展」というのはメディアアートや情報デザインの教育機関のパイオニアとして設立されてから10年目のIAMAS の教育活動の成果を披露する展覧会で、横山正先生は岐阜県大垣市にあるIAMAS (情報科学芸術大学院大学)の学長さんです。初めてみる不思議な物体ばかりで、夢中で遊んだ。ボタンがあれば押し、タッチパネルがあれば触り、「あごを載せる」と書いてあればあごを載せた。現代版インベーターゲームのようなものに寺下さんと綿貫さんは向かい合って遊んでいた。メッセージを吹き込み、相手に投げるとメッセージが聴けるという手のひらサイズのボールは、かなり興味をひいた。それぞれプロジェクターの方がきちんと説明してくれた。
せっかく横浜に来たのだし元町・中華街も近いということで、私たちは晩御飯を食べに中華街へ向かった。右も左も中華料理屋さんで選びようがない。「尾立さんが選んでいいよ。」と綿貫さんに言われたのだが、寺下さんと私は綿貫さんの後ろを付いて回り、主導権は綿貫さんが握っていた。お粥で有名だという店に入ったのだが、正直失敗。その後は、マッカーサーが来日したとき泊まったというホテルニューグランドに行った。建物の半分は当時のまま残されていた。そこは、貴族の社交場のようなところで、柱は太く、天井に向ってスコーンッと吹き抜けており、中心には大階段。港を意識した大口窓の前にあるふかふかのソファーに埋もれながら、彫刻されたディテールを見ていった。そのホテルのバーで、チョコレートを肴にお酒を嗜んだ。

ギャラリー新人日記 3月16日

今日は1時半に飯倉の写真スタジオで4月21日から行なう「アンディ・ウォーホル展」のDM用の画像撮影だった。まず画廊で、故・栗山豊さんが、蒐集していたアンディ・ウォーホルのファイルから、綿貫さんと人目を引くような変なちらしや広告を取り出しては並べた。あとは任され、私はひとりで飯倉にある広くて天井の高い撮影スタジオにそれら資料類を運んだ。床にシートを敷き、さっき綿貫さんと厳選した雑誌やカタログ、切り抜きなどを1メートル四方くらいに広げた。ピンクや黄色などの目を引く色のものは拡散し、スタジオのオーナーとあーだこーだ言いながら撮影に挑んだ。床に並べたものを真上から撮影するということだったので、カメラをクレーン車みたいな機材に取り付けたもので撮影した。
本番写真にしたらこんな感じ・・・というポラロイドを見せてもらい、「これでオッケーです!」と言ったのに、「本番いきます!」と言われると、数ミリ少し動かしたくなるこの心理は何なのだろうか。1時間ほどで撮影は無事終了した。
18時から白井版画工房での版画教室だったため、仕事を早く切り上げて大雨の中、乃木坂の工房へ向かった。1ヶ月以上ぶりだったので、今日は新作に挑戦。細長い銅版を戴き、下書きで最初はカムフラージュ柄(絵が下手なので、皆さんの目をあざむこうと思い)を描き、何となくその発想は次回にとっておこうと却下。最近購入したバッグのチャックを描いた。なんか変だ・・・と何度も書き直し、お蔭さまでチャックがどうなっているのかよくわかった。銅版の裏が腐食しないように裏をシールで留め、表はハードグランドを塗りドライヤーで乾かす。この作業はほとんど白井さんに手伝って貰い、自分でやったのはチャコシートを当ててチャックをなぞる作業。今度は4月6日に教室で皆さんと会う約束をした。

ギャラリー新人日記 3月15日

14時に北澤さんと4月13日・14日・15日に開催する特別セール「アールデコと1920年代の作家たち」と、4月21日からの「アンディ・ウォーホル展」のDM作成の打ち合わせを行なった。つい最近まで、「アールデコと和を愉しむ」という展覧会名だったのですが・・・。20冊くらいに及ぶフランスの本は、アールデコ調の版画が多く、色褪せることなく格調高いカラーコーディネートだ。私は、そのDMに使用する作品をスキャンした。
ときの忘れもの衆はmixiというサイトにはまっておりまして、mixiにある「ときの忘れものコミュニティ」に先日コメントをしたというトリシャ・ブラウンのファンの方が来廊された。コンピューター・ネットワークという目に見えない網でときの忘れものの存在や位置などを知り、訪ねてくださる21世紀。「ドラえもん」で描かれた空想の21世紀は、的外れなものではなさそうだ。
先日、ぱくきょんみさんのご紹介で、モノマネが特技のテレビなどでご活躍されている方に『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』(ときの忘れもの刊、2,500円)のコメントの依頼をしていた。依頼を受けてくださるという返事を戴き、もう本に目を通してくださっているとのこと。本当に、あらゆる職業の方に読んで戴きたいものです。DVD『トリシャ・ブラウン初期作品集1966-1979 日本版 PB-1002』(制作=株式会社プロセスアート、5,040円)もヨロシク。

ギャラリー新人日記 3月14日

13時にシルクスクリーン刷り師の石田了一さんが来廊された。先週、磯崎新先生にサインをして戴いた磯崎新連刊画文集『百二十の見えない都市』のシルクスクリーンを三つ折りにして納品してくれた。石田了一さんが必殺わざを駆使してトレペや和紙、紅茶で染めたものなど別刷り用の試刷りを預かり、皆でアイデアを浮かべた。
15時頃、日本経済新聞社の文化部の方が来廊され、トリシャ・ブラウン ドローイング展について取材を受けた。必死になって綿貫さんと私でトリシャ・ブラウンさんのことを説明をした。ゲラのコレオグラフィー・ノートの頁を開き、トリシャ・ブラウンが描いた楽譜のような作品を見せると、とても興味深いと言ってくださったのでホッとした。

ギャラリー新人日記 3月12日

専修大学(神田校舎)で主催・トリシャ・ブラウン研究会、協力・株式会社プロセスアートの「TRISHA BROWN:ポスト・モダンダンスから現在まで―映像を交えて」という映像上映とトーク+ディスカッションが15時から催されていた。14時に行くと、専修大学教授の貫成人さんとプロセスアートの中谷芙二子さんと田坂さんがすでに会場設営に取り掛かっていた。私はぱくきょんみさんと配布物の準備をした。中谷芙二子さんは、きっと20人くらいしか来ないと思う・・・とおっしゃっていたが、100枚用意していた配布物が十数枚しか残らなかったほど、次から次へとお客様がいらっしゃった。美学者/舞踊批評家・貫先生が司会進行を務め、ゲストは霧の彫刻家・中谷芙二子さん、ダンサー/振付家・厚木凡人さん、美学者/埼玉大学教養学部教授・外山紀久子さん。最初に30分程のトリシャ・ブラウン初期作品映像が流れた。音のない中、トリシャ・ブラウンが動き出す。腕、手首、足、足首、体の重心の動きが力強く、その力強さや呼吸がまるで太極拳のようだと私は思った。どのタイミングで動きだし、次にどんな動きをするのか、またいつ止まるのか、全く先が読めない。『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』で執筆戴いた石井達朗さんの文章が蘇ってきた。ダンサーが少しの支えで壁を歩き、また洗濯物がアスレチックに引っかかっているようなものに、ダンサー自身も引っかかり移動する・・・という身体の極限の可能性を見た気分になった。ゲストである中谷芙二子さんのトークでは、《オパール・ループ/雲#72503》の霧を発生させる装置の制作、メイキングの話をしてくださった。私は、『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』で執筆戴いた中谷芙二子さんの原稿を5、6回(いやそれ以上かも・・・)は読んでいるので少しは知った気でいたが、この「#72503」が表す意味を知らずにいた。この数字は、《オパール・ループ/雲#72503》の公演を行なった日のニューヨークの気象台の測候所のナンバーらしい。外山紀久子さんのトークではポスト・モダンの話をしてくださり、厚木凡人さんのトークでは、自ら身体を動かしながら度肝を抜かれたダンスの話やマース・カニングハムの動きをして見せ、笑いありのちょっぴり辛口トークで会場を沸かせた。18時半頃全てが終了し、私も打ち上げに参加した。詩人、音楽家の方もみなダンスに興味を持っており、トリシャ・ブラウンのダンスをおもしろいと思っていることを知った。厚木凡人さんは質問に身体を使いながら、足首の動きバレエの「1番2番・・・5番」などを見せて丁寧に答えてくださった。最近、芸大に通って授業受けているような、そういう感覚です。12

ギャラリー新人日記 3月11日

昨夜から、綿貫さんと令子さんは福井に出張。
今日は岡部さんと三浦さんと私の三人でした。岡部さんは、「トリシャ・ブラウンドローイング展」のDMやプレスリリースの発送作業を行った。私は、今までここ最近できていなかったことをひとつずつこなした。今までなかなか返せずにいたメールの返事をすると、気持ちがスッキリした。HPの「植田実の本」のデータを修正し、植田実先生と打ち合わせた磯崎新連刊画文集『百二十の見えない都市』の奥付のデータを作成した。銅版画やシルクスクリーンにした建物の名称をUNBUILTで調べてみたが、これって建物の正式名称なのかな・・・と疑問に思うものばかり。・・・今日は仕事がはかどる。

ギャラリー新人日記 3月10日

15時半に磯崎新アトリエでシルクスクリーンのサインを戴くことになっていたため、少し早めに行った。今日こそは宮脇愛子さんにご挨拶に行こうと、水色と黄緑と黄色を基調とした小ぶりの花束を持ってチャイムを鳴らしたのだが、今日も宮脇愛子さんに会うことができず。どうして会えないのでしょうか・・・。
綿貫さんと私が着いたときは、磯崎新先生は打ち合わせ中のようだった。あれ?石山修武さんの声がする!!福岡のオリンピックの打ち合わせをやっていたのだ。うゎ〜すごく刺激的。先日ニュースを観ていると、福岡オリンピックにあたっての映像で磯崎新先生が出ていた。私、テレビの前で正座して拍手していました。シルクスクリーン刷り師の石田了一さん、助手の大谷さん、銅版画刷り師の白井四子男さん、綿貫さん、私は一番奥の磯崎先生のデスクがある部屋に通された。磯崎先生は福岡オリンピックの打ち合わせを一時中断し、シルクスクリーンにサインを戴いた。200枚近いシルクスクリーンに黙々とサインしていた。植田実先生も登場し、石田了一さんが刷ったシルクスクリーンをいいね〜と囲んでいた。石田さんは別刷りといって和紙やらトレペにも刷っており、磯崎新先生が石山修武先生を呼んで見せた。綿貫さんは、磯崎先生と石山先生に福岡オリンピックの話を根掘り葉掘り聞き出していた。磯崎新先生、植田実先生、石山修武先生、綿貫不二夫さん・・・絵になる!!と、写真に収めてみました。磯崎先生に『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』のゲラを渡し、ICレコーダを前に「コメントください。」とせがんだ。トリシャ・ブラウンについて話して戴き、コメントを戴きました。『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』を購入して戴いた方だけに、特典としてこのコメントを配信します。まだまだ有名人のコメントもあります。1345

ギャラリー新人日記 3月9日

今日中にプレスリリースを作成することになり、慌てて作った。北澤さんには明日までに『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』に挟む出版案内のチラシの作成してくださいと依頼。
トリシャ・ブラウン――ドローイング展と『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』刊行が近づいているため、それまでできるだけ多くのお客様やファンの方、メディアなど告知していく作業でバタバタしている。
15時過ぎにディスハウスから、本当に最後のゲラが届けられた。前回の校正刷りのとき、トリシャ・ブラウンのドローイングの線が綺麗に出ていなかったので、赤を入れてバンバン指摘をした。今回は、綺麗な線が出ていた。コピーライトなど、追加の文章もちゃんと入っており、ホッとした気持ちで北澤さんに戻した。
20時頃作業がおわり、令子さんと、綿貫さんと近所の「そのそ」に食事に連れて行ってもらった。今日は日本酒をリクエストし、まぁいろいろと話しました。磯崎新先生のこと、岡崎乾二郎さんとぱくきょんみさんのこと、安藤忠雄さんのこと・・・エトセトラ。こんな著名人と仕事しているなんて、私って贅沢。結構、日本酒効いたみたい・・・帰りにはヘロヘロになっていた。

ギャラリー新人日記 3月8日

今日は15時に、『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』をビーケーワンでどのように取り扱ってもらえるか、話をつめに行くことになっていた。
何を聞いてくるかなどを綿貫さんに聞き、心細さを感じながら言われたことを頭の中で再生し、トボトボ向った。
会議室に通され、ビーケーワンの辻さんと仕入部の方を前に、『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』の束見本とゲラを見せて、仕入部の方にどういう本なのか説明をした。辻さんも補足説明をしてくださったので伝わったはず。以前、辻さんと話をした際に、購入して戴いた方に特典をする方法がいいと例を挙げてもらっていたので、その特典についても話し合った。どういう風に取引を行なうかをしっかり頭に叩き込んだ。
画廊に戻ると、植田実先生が来廊されていた。植田先生と、磯崎新連刊画文集『百二十の見えない都市』事務局通信のインターンに応募してくださった方の履歴書を見て戴いた。じっくり考えるとのこと。
フォトグラファーのエージェンシーから届いたメールを中井悠さんが訳したメールが届いていた。著作権協会に、『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』に使用する写真の申請書を提出しなければならないらしい。著作権に振り回されるこのごろ。でも、今しっかり著作権のことを知っておけば、今後きっと役に立つんだろうな。

ギャラリー新人日記 3月7日

本屋さんにトリシャ・ブラウンが取り上げられている雑誌を買いに行った。『STUDIO VOICE』(102頁、文=ぱくきょんみ)、『芸術新潮』(152頁)、『文藝春秋』に掲載されていますので、ご覧ください。
16時頃、ぱくきょんみさんが来廊され、『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』を4月末までに予約戴いた方への特典を話し合った。17時過ぎに印刷所から上製な紙の校正が届いた。紙は上製で、とっても読みやすく、ドローイングが引き立っており、とっても素晴らしい出来上がり。
現実味帯びてきた悦びと、本当に最後の校正という不安で心臓辺りがキュッと縮ま
り、苦しくなった。あぁ、幾度この状況に置かれても、きっと最後の校正に慣れることはないだろう・・・編集者を続けていたら寿命が縮まる。
ぱくさんとふたりして校正で見落としを見つけるのを怖がり、サーっと目を通しては「大丈夫ですよ・・・。」とお互いに励まし合っていたが、本当は自分に言い聞かせていたのだろう。水の中で目を開けることを拒んでいるような、そんな感じだった。綿貫さんと令子さんが、ドローイングと本に掲載しているドローイングを照らし合わせ、神経質に線のブレなどチェックした。それが終了したのが21時頃。みんなでディスハウスに向かい、北澤さんに校正を戻し、打ち合わせを行なった。
ディスハウスから出て、ぱくさんと令子さんと綿貫さんとしゃぶしゃぶ屋さんの「紫波」に行くことになった。さっきまで内臓たちがキュッと絞られている感じがして、お腹が空いたという感覚すら失っていたのだが、蛸やら肉やら野菜やらを目の前にすると食欲を思い出した。石鍋を囲み、ぱくさんが学生のときに自由が丘にあるPate屋さんでバイトをしていた話など、絶え間なく話した。さっきまでの締め付けられた感覚がいつのまにか消え、気持ちよく酔った。

ギャラリー新人日記 3月4日

出勤すると、見覚えのある方が綿貫さんと話していた。本気で驚いて、私の第一声は「なんでここにいるんですかー?」。綿貫さんと話をしていたのは、弘前ツアーでガイドを担当してくださった地元弘前の建築家・今隆さんだった。青山で同窓会の集まりがあったとかで、寄ってくださったのだ。今さんと弘前を回ったのはたった1日だったのに、とても近しい人のような気がして高揚した。
http://www.arahabaki.com
13時頃、ディスハウスから『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』の束見本と表紙カバーが届いた。トリシャがいまにも跳び出てきそうな躍動感のある表紙デザインに、裏表紙には心配していたISBNコードが載っている。写真使用許諾も取得したし、後は火曜日に届く校正を確認するのみ。
今日は書簡を作成した。今日こそはイラストレーターで作成しようと、さまざまなツールをクリックしてみて、やっと文字を組むことができた。

ギャラリー新人日記 3月3日

『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』の写真使用の許可が下りたと、ぱくきょんみさんから悦びの声で電話があった。深夜、ぱくさんと綿貫さんは表紙に使用する写真の許諾のことで一騒動あったらしい。トリシャ・ブラウンのカタログ・ブックで翻訳を務めた中井悠さんから、許諾内容が訳されてメールで届き、綿貫さんがサインをしてニューヨークへファックスした。
16時頃、季刊雑誌『版画芸術』の編集担当者・辺見海さんが来廊された。メールでデータのやり取りはしていたものの、お会いするのははじめて。『日和崎尊夫句集』を版画芸術で取り上げて戴いてから、「版画芸術を見て・・・句集を購入したいのですが。」と毎日注文がくるようになった。媒体ってものすごい電波だな〜と痛感。辺見さんに『日和崎尊夫句集』の元となった句のコピーを見せて、皆でケーキと紅茶を戴き、ラム酒に浸ったレーズンの甘さが、いまにも“あれもしなきゃーこれもしなきゃー”と縺れてしまいそうな頭の回線を解いてくれた。

ギャラリー新人日記 3月2日

ぱくきょんみさんから電話があり、綿貫さんとトリシャ・ブラウンのカタログ・ブックについてややこしそうな話をしているようだった。
『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』で使用している写真使用許諾やコピーライトのことでゴタゴタ。綿貫さんは「あぁー頭が痛い・・・」と嘆いていた。悪意なく皆の気持ちが一致して本を作っているだけなのに、難しくて面倒くさくて、でもきちんと対処していかなければならなくて・・・簡単にはいかないことばかり。
『トリシャ・ブラウン――思考というモーション』のチラシを作成することになり、北澤さんにデザインの依頼をした。本当のところ、「イラストレーター使えるんだから、自分でやってみる?」と言われ、はりきって「やります!」と返事したはいいが、いざやろうとするとデザインってかなり難しい。フォントに拘りを持っていないし・・・と、ここはやはりプロに頼むしかなかった。
ホームページのトリシャ・ブラウンの頁の内容を変更するよう綿貫さんに頼まれたので、雄高さんに指示のメールを送った。最近モーグルを楽しんでいるのでしょうか・・・応答がない。私的には早く暖かくなって欲しいのだけれども、雄高さんはこの寒い季節がいいのかな。


ギャラリー新人日記 3月1日

ここ数日、私は郵便が気になって何度もポストを覗いていた。日本図書コード管理センターから届くはずのISBNとJANコードが届いているかを確認しにポストを開けるのだが、ふられっぱなし。北澤さんからは「入稿が遅れるよ!」と催促されるし、日本図書コード管理センターに問い合わせすると「送られてきた順番で平等に行なっているのでご理解ください。」と言われるし・・・。それは正論だ、と北澤さんにお願いして待ってもらっていた。そもそも私が申請書を出すのが遅かったんだと、今ごろ気付いた。それで、今日やっと念願の日本図書コード管理センターから書類が届いた。説明書を読むのが苦手な私は、コードを作成するのに必要な欄だけざっと目を通し、よくわからん・・・とお助けマンの三浦さんに番号の作り方を聞いて、コードを作った。Cコードという分類の番号も必要らしく、これから本屋さんに行くたびにISBNやCコードが気になりそうだ。
昨日から大事な書類を失くしていて、綿貫さんと大騒動で探していた。ファイルが並ぶ棚を探してもないし・・・私は、色んな書類が山積みされている綿貫さんのデスク怪しいと疑っていたが、持っていたのは私だった。私のデスクから落ちかけていたその書類を三浦さんが見つけてくれたのだ。綿貫さん、疑ってすみません。


 


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