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植田実のエッセイ 本との関係4

粕谷栄市がいた

 早稲田詩人会(承前)の会誌『早稲田詩人』は、第6号が手元に残されている。私が1年生の終わりの年の発行。全6作品が掲載されているが、私のを含めて3作品が1年生による。限られた予算のなかで、1年生に発表の場が優先して与えられるように配慮されたにちがいない。巻末の同人一覧を見ると、12人。もっとほかの名もあったような気がするが、あるいは他の大学の学生だったのかもしれないし、入会しても早やばやと辞めていった学生もいたのだろう。寺山修司のアドレスは新宿区西大久保中央病院302号室。ここに彼を訪ねたことも前々回に書いた。私の住まいは大田区久ヶ原680で、建築家・山口文象邸に、そのスタッフだった兄が居候していた離れの一室をさらに私が居候していた(孫居候?)時期である。
 私の作品はこの第6号の巻頭に掲げられているが、多分これ1回限りで、まもなく早稲田詩人会を退部したのだと思う。前に書いたように、それまで買い集めていた数多くの詩集を処分し、詩を書くこと自体をやめてしまったからである。その理由はのちに話すことになるだろうが、6号の目次欄を見ると、自分でカットを描いたりして、本文構成は先輩に委ねているものの印刷物としての体裁には生意気にもけっこう口出ししていたのを今更に思い出す。
 会の先輩のひとりに粕谷栄市がいた。この頃は無名だったから、まだ「粕谷栄市という人」である。私よりひとつ年上で商学部に在学していた。実家がお茶屋さんで、新入りも先輩もおしなべて議論好きで有名詩人の作品をケナしたり、お互いの作品評を身勝手にわいわい言いあっていたなかで、長身の彼はほとんどそんな話に加わらず、自分の作品を黙って示すだけ、みたいな感じだった。形式にとらわれ、感傷的でひ弱な、いかにも学生くさい作品が多いのに対して、粕谷さんの詩は強く生生しかった。おそらく暗黙のうちにみなの尊敬を集めていたと思う。彼をよく知る前に私は退部していたので、人との付き合いはそれきりになったが、十数年後、粕谷さんは最初の詩集『世界の構造』(詩学社 1971)を上梓する。懐かしい名にひかれて本を買い、早稲田詩人会以降の彼の展開を知り、驚く。
 第2詩集は思潮社の「現代詩文庫」という詩人単位に編まれた作品選集のなかに、上の第1詩集全篇とともに組み込まれた『副身』であるが、その後はすべて単独詩集として刊行され現在に及ぶ。『悪霊』(思潮社 1989)、『鏡と街』(同 1992)、『化体』(同 1999)、『轉落』(同 2004)、『鄙唄』(書肆山田 2004)。
 大学時代に詩を書かなくなって以来、読む関心も薄れ、詩集を買うこともまれになったが粕谷さんの作品だけは全て揃えている。日本の現代詩人ではもっとも好きだ。その人に、早稲田詩人会の部室でちょっとでも接触があったことにどこか特別の思いがある。
 学生時代はいわゆる分かち書き(というのか)の作品を書いていたが、『世界の構造』以降はすべて散文詩である。しかも詩的表現を駆使するというより、「私」が見た事実をボソボソと語るような内容で、「見た事実」といってもそれは悪夢のなかの光景に近い。つまり、すべて想像力圏内でのイメージなのだが、現実の底知れない重さ、暗さを引き寄せている。より正確にいえばすべての詩がイメージで終るのではなく、物語として完結しているから、想像力が現実に転換され、現実が想像力のなかで再構築されるのだ。これが粕谷栄市独自の方法として、全詩集に貫徹している。
 橋や塀や船の甲板やさまざまな構築物が突然現われる。死体や首のない人間や血だらけの全裸の娘や老婆がそこにあふれている。そのすべてが物語の構成要素であり、こうした場面にこうした人間たちが登場するとなると、グロテスクな諧謔味を一様に帯びてくる。こうした粕谷の作品をブラック・ユーモアと形容する人もいるらしいが、それに物語という性格を加えると、ある傾向の短篇小説作家みたいにみえてくるかもしれないが、全く違う。7冊もの詩集にそれぞれ40篇前後の作品が納められているので、物語として読もうとするとずいぶん多くの夢の世界が展開されると思えるが、じつは小説というより絵画に近く、同じような夢がくり返し語られるのである。その街にある建物はすべて同じ質屋だった、夜、集まってきた老人たちのすべてが同じ酔いつぶれの男だった、といったイメージも反復される。しかしそれによって逆に緊迫感が高まってくる。同じ山を、同じ橋を、同じ人物をモチーフとして執拗に描き続けるセザンヌやジャコメッティなどの絵画作品を思い出すのだ。
 雑誌などではエッセイや批評を書く機会もあるのだろうが、本としては散文詩集のみ。その内容もタイトルも同一性に傾斜しているといっていい。だから次々と詩集を上梓するほどに作品としての本の数が増えていくのではなく、むしろただ1冊に、さいごは還元されていくのではないかという印象さえ受けるのだ。最新の『鄙唄』はタイトルどおり、夢は都市的光景から田野的世界に入っていく気配がある。登場する男や女や馬や犬が消えていったあとには、着ていた衣服の断片や道具ひとつが残されるだけの光景、そしてそれもフェードアウトする。それは死さえもが死んでいき、あとには無だけが支配する世界である。それがありありと描かれていることで、読む者は支えられる。
 それは詩集はもちろんだが、批評集も出す、絵画論・映画論も本になる、講演集も刊行されるといった、ある詩人たちの多彩な展開とは逆だ。
 粕谷さんの、ついには1冊に還元されるべき本は、私にとっても理想の本のあり様である。

2006.8.25 植田 実


後記:粕谷栄市は今年度の芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、との報をいつだったか新聞で知った。ファンとしては何とも嬉しかったが本人はどういう気持だったのだろう。これまでも、『世界の構造』で第2回高見順賞を受賞したのをはじめ、藤村記念歴程賞、詩歌文学館賞を獲得してきたが、今回の賞はとりわけイカめしい。『早稲田詩人』第6号の同人アドレス表によれば粕谷栄市は茨城県古河市に住む。その後のエッセイなどを読むと、ずっとここに住み、この愛する町で死ぬだろうと書いている。茶園のなかに佇む彼の姿を、私は勝手に想像している。

『早稲田詩人』 1956年3月 第6号 目次
発行:早稲田詩人会
発行日:1956年3月1日 
サイズほか:21.0×15.0cm、16頁
























植田実のエッセイ



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