ときの忘れもの ギャラリー 版画
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◆第188回 ウルトラバロック 尾形一郎 尾形優 写真展
尾形一郎・優さんの写真展開催にあたり、植田実さんに尾形夫妻の自邸「タイルの家」についてエッセイを書いていただきました



植田実のエッセイ
尾形邸「タイルの家」を訪ねて3
2010年6月9日
 尾形一郎・優夫妻の写真集『HOUSE』は、私には一大事件だった。
今回「ときの忘れもの」で公開される「ウルトラバロック」は、私は以前建築誌でみてその精緻な写真に驚かされたし、また尾形さんたちの自邸「タイルの家」は住宅誌で知ってそのユニークさに興味をひかれていたのだが、このふたつの作品が同一人物によるものとは気がつかなかったのである。だってどちらも文句のつけようのないプロの写真家の仕事、プロの建築家の仕事じゃないか。余技とはいえないのである。結局は、尾形さんたちは建築家としてメキシコの建築に惚れこみ、その記録のために素晴らしい写真技術を自然に身につけていったということで自分を納得させたのだったが。
ところが、昨年10月に上梓された『HOUSE』は、そんな私の先入観を吹き飛ばしてしまった。ここにはどんな遠くまでも届いて見逃さない眼を持ち、どんな悪条件の土地にも踏みこめる足を持つペアの文化史研究者がいた。地球規模で文化史上の建築特異地点を探り出し、その貴重な発見を(8x10インチの大型銀塩フィルム!を使っての)美しい写真で実証している。尾形さんたちの生涯的な関心で覆われていると私が思いこんでいたメキシコ建築はその1項目にすぎなかったとも言えるのである。
建築特異地点と私が勝手に呼んでいる内容については『HOUSE』に寄せられた尾形さんの解説を読むのがいちばん(その文章の明快さと詩性も特筆もの)だが、とりあえず具体的な地名を挙げると、アフリカ南西部のナミビア、中国の開平と台山、ギリシャのティノス島、沖縄の那覇や宜野湾、メキシコ、日本の日光、金沢、大阪、等々である。その土地に出現した建築の特性はひと言で要約されている。「西欧文明と異文化の衝突」である。各地の同質性と遠隔性とは、メキシコの空白恐怖症的聖堂と日を追って漂白されていくナミビアのドイツ人による鉱山跡の家々を比べるだけで十分だろう。
この先は尾形さんたちの写真と文章に譲りたいが、『HOUSE』は、建築に添って深く思考し発見を自分の手で掘り起こす人には肩書きは無いことを教えてくれたと付け加えておきたい。つまり、建築家であり写真家でもありエッセイストでもありという加算的な能力は意味がなくなり、それらから抜け出た純粋な思考と発見そのものが、私たちの心をゆさぶるのである。
撮影された建築群はどこかで尾形さんたちの家に通じている。しかし「タイルの家」についての印象を私は日本とメキシコとの、打ち放しコンクリートと陶壁との、定住と旅との「交叉」と表現したのにたいして、尾形さんは『HOUSE』の各地における十七世紀末-十八世紀、十八-十九世紀、二十世紀初頭、第二次大戦初期の建築的変容あるいは創出が「衝突」によってなされたと表現している。その最たる表れである「ウルトラバロック」について「人間の心の奥深くにある濃密で混沌とした宇宙が、現実の世界に持ち出されている。彼らが作った神の家は、可視化された人の心の総体である」と絶妙に語られている。メキシコの過剰なまでの図像に惹きこまれる人がいる一方、身を反らして後ずさりする人もいるかもしれないが、上の言葉は対象に向かうためのこの上ない理知の明かりである。

左)ワークスペース
右)寝室

暗室と鉄道模型の部屋

尾形邸はなんといっても現代の住宅だ。成熟したものとものとの交歓がそこにある。だが、「住まいらしく」落ちつくつもりはないから、つねに室内の間仕切りや手摺を入れ替えたり、新らたな要素が加わったり(ワークスペースの吹き抜けに面したところは教会の装飾などをつくる職人に特注した額縁だけをつらねてスクリーンとするウルトラアイデア!)で、休む間なく前進しているようだ。中心の大空間ばかりではなく、奥の暗室と鉄道模型の部屋には沖縄の本来は外壁を構成する花ブロックが積まれてもうひとつのビルが隠されているみたいだし、表通りに面して独立した出入り口を持つ奥深い個室・書斎は木工場のように活気づいている。そこでは尾形さんたちは建築家・写真家にとどまらず、なんでもこなす家具・室内装飾職人としてさらに分身を増やしている。だからこの家は街といってもいい。そして旅に完成というものがあり得ないのと同様に、この住宅にも完成形はない。ここから私たちには未知の、住まいの変容あるいは創出を期待しても裏切られることはまずないだろう。(終)
(うえだまこと)

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