ときの忘れもの ギャラリー 版画
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植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」
第27回 「ジョナス・メカス写真展」  2012年2月24日
「ジョナス・メカス写真展」
会期:2012年2月10日(金)―2012年2月25日(土)
会場:ときの忘れもの

 この画廊でメカスの「静止した映画フィルム」展を開くのは5回目らしい。しかも今回は日本では未発表だった大判作品「this side of paradise」の展示が中心で、実際に見るとこれが本来のサイズではないかと思うくらい自然だ。例によって露出過多だったりブレたりしている画像がとても美しい。「家に飾るとびっくりするほど大きく感じられますよ」と言われたが、サイズの違いだけではない何かが見えてくるような気がする。くわしい内容については同画廊の案内を見ていただくことにして、別に報告したいのはここで18日に行われた、メカスをめぐるささやかなギャラリートークのことである。『メカスの映画日記』(原書1972年、邦訳1974年フィルムアート社)と『メカスの難民日記』(原書1991年、邦訳2011年みすず書房)を手がけた飯村昭子に私がインタビューした。ニューヨーク在住の彼女から手紙が来て、東京に行くので久しぶりに会いたいという期日が偶々メカス展と重なっていたので急遽予定を組んでもらったのだ。
 私が読んだのは上の二著書に加えて、『どこにもないところからの手紙』(原書1997年、村田郁夫訳2005年書肆山田)しかないが、この『手紙』もある意味での日記と考えて、メカスの日記文学は比類ない鮮烈さと記録性を体現していると思う。言葉が即行動であり行動が溌剌たる言葉になっている。『映画日記』における1959〜71年、遡って『難民日記』における1944〜55年、『手紙』における1994〜96年の三つの時代を自分なりに辿りながら飯村にはなしを訊いたのだが、打てば響くように的確にメカス像を次々に描き出す彼女の応答は大きな示唆を与えてくれたのだった。
 この1時間足らずのインタビューは録音されていたから、あとでまとめておきたいとも思っている。ということにして、そのときは時間切れのため、私がもうひとつ指摘しておきたかったことを今のうちに書いておく。『映画日記』は商業映画における物語性の必要や上映時間の長さの枠(2時間前後がふつうだ)を、個人映画・非商業映画が解体し、自然の、現実の記録に迫っていく過程を見せている。一方、『難民日記』ではあまりにも苛酷な難民生活がその極限に達するとき、現実から離脱して空想上の物語のような様相を示すにいたる。つまり二冊の本が向き合うと、虚構と現実とが入れ替わってしまうかに思えるのだ。
 『難民日記』が刊行された昨年、これもまた偶然だが拙著『住まいの手帖』『真夜中の庭』が同じ出版社から出された。この二冊も同じ構造によっている。前者は実際に私が訪ねた住まいのかずかずを思い出すままに断片的に書き留めている。『真夜中』はこれまでに読んだ童話、ジュヴィナイル(少年小説)、恐怖小説、追想的文学を集めている。別々に読めば一方は住まいの現実、他方は住まいにまつわる虚構と実録の奇妙なアンソロジィだが、併せて読むと双方が干渉しはじめる。すなわち夢を叶えるように現実につくられる家は虚構であるし、その反対にどこまで行っても辿りつけない、あるいは人を幽閉し、あるいはそこから逃れようとする家は絶対現実ともいうべき存在である。人間の想像力と現実はそのような鏡像的錯綜的回路をもつことを、この二冊についての「文学界」やNHKのインタビューで話したのだが、メカスの日記にもそれに重なるところがあると、同時に映画と建築とは現実との関わりにおいてまったく異なるところもあると、今度気がついたのだった。
 今回のときの忘れものにおけるメカス作品は「ジャッキー・ケネディに誘われ、息子のジョン・ジュニアやキャロラインといとこたちに映画を教えていた時期に撮影されたフィルム」だという。たしかに画面には私たちが現実の人たちだと疑わないものが撮されている。それがつくりものではない日常の動きや表情であるほど、夢のなかの出来事のような謎に包まれてしまう。動く映像ならばまだしもドキュメントとして感情は落ちついているだろう。「静止した映画フィルム」だからこそ見る者に迫ってくる何者かが現れるのだ。
(2012.2.21 うえだ まこと)

2012年2月18日ときの忘れものにて
飯村昭子さんと植田実さん(左)
中央後方はメカス日本日記の会の森國次郎さん

『メカスの映画日記 ニュー・アメリカン・シネマの起源1959―1971』
発行日:1974年4月1日
改訂版発行日:1993年9月3日
著者:ジョナス・メカス
訳者:飯村昭子
装幀:植田実
発行所:株式会社フィルムアート社
21.6x15.4cm、402頁
表紙:ソフトカバーにジャケット

2005年10月14日
メカスさんを迎えての歓迎会
右から、村田郁夫さん、吉増剛造さん、ジョナス・メカスさん、植田実さん
メカスさんの手にしているのは植田さん装幀の『メカスの映画日記』

『メカスの難民日記』
発行日:2011年6月21日
著者:ジョナス・メカス
訳者:飯村昭子
発行所:みすず書房
21.6x15.7cm、395頁
巻末に地図、索引あり
表紙:ハードカバーにジャケット

植田実 Makoto UYEDA
1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。

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