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植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」
第44回 「石山修武・六角鬼丈二人展―遠い記憶の形」  2017年01月20日

 「石山修武・六角鬼丈二人展―遠い記憶の形」が突然始まった。石山は去年の暮れに毛綱毅曠との共著『異形建築巡礼』を上梓したばかり、その出版記念会で彼に会ったばかりで、それから直ぐの二人展は連続しているといっていいのだが、いやそれだけに終わらず今年じゅうに写真家や詩人や建築家たちとのそれぞれ4回にわたる二人展と出版とを続行するつもりだと、石山は書いている。こんな長丁場の連続プロジェクトを思いつくひとは滅多にいない。実行するひとは皆無だ。その圧倒的なパワーによる始動は「突然」と言うしかない。これについてはごく短いけれど何かを断ち切る刃物のような石山の宣言を参照してほしい。こちらは「二人展」を見ての印象。

 石山の銅版画は世田谷美術館での大々的な個展(2008年)でたぶん初めて見た。建築家の絵ではない。イメージを融通無礙に捕獲していくその山と海の豊かさがすばらしかった。その後はときの忘れものでの個展でもさらにイメージの展開は終わることがなかった。そして今回の銅版が私はいちばん好きだ。石山は「(サイズが)大きいから」と、それだけを説明していた。たしかに今回つくられた作品の半数近くがこれまでにない大きさによって縦づかいなら高みに飢えた登攀力、横づかいなら遠くまで進む持続力が増しているのが画面に見える。版を彫る道具もニードルだけでなくノミまで用いたという。その荒々しいテクスチャからどの作品にも大小さまざまの足が、それもテクスチャの一部のように強い表情でゾロッと現れている。あとになって作品の写真がときの忘れものから送られてきたとき初めてそれぞれの絵柄がわかったほどに、テクスチャの強さが構図そのものをはるかに凌駕していた。それは長いあいだその旅行きを語りつがれてきた物語に登場する足男たちの肖像画集でもあったのだ。つまり今回の銅版シリーズではとても意識的なテーマでおさえこんだために、これまでにない強靭な、石山という建築家ならびにその肩書をもぎとる何者かにいきなり向かいあわされている。

 制作年2016となっている石山の銅版にたいして、その石山から声をかけられた六角のシルクスクリーンは二人展オープニングの1月10日に制作年2017。インクの香がまだ濃い。そして摺られているのは期待に違わず、現実の建築作品をベースにしたもので、たとえば「奇想流転(奇合建築)」は1970年代後半から80年代前半にかけて六角が設計した京都の幼稚園・プレイスクール・工作棟、福岡の金光教教会、札幌の鐘楼展望塔などの屋根伏図を集中合体させた建築図面で、その異様な密度は現実の建築を超えた場所に見る者を誘いこんで帰さない。幼稚園や金光教教会の個々の姿は立面図として取り出され、並べて展示されている。精妙に刷り重ねられたインクは、立体化し、同時になにも見えない光沢面をつくり出す。

 軽快なタッチによる「みみ」のシリーズは90年代はじめに東京・杉並区のあちこちにつくられた「みみ」「とき」「はだし」「はな」など、身体で感じる小公園で出会う動きと見ることができる。90年代に入ってはやはり立面のシルクスクリーンがある東京武道館、さらには東京藝術大学大学美術館、富山の立山博物館まんだら遊苑、宮城の感覚ミュージアムなどの大作がその後に続くが、それらも折にふれ独立した絵画や立体作品にしてきた。今回出品されている「斎具」の頂部にまたもや金光教教会が載せられているように、六角は繰り返し自分のこれまでの作品に立ち帰り、私たちもそれらを繰り返し見ることを怖れつつたのしむ。それらはイコンではない。原型、いや原器とでもとりあえず言うしかないが、イコンではなく力の源である。「斎具」においてシリンダーの重なる建築形態からあふれ出る力の流れを受けて納める器として形づくられていくのを見る不思議。立体作品のなかの「求心具」は今回展の数日前ぎりぎりになんとか間に合ったという。六角の処女作としてよく知られる自邸「クレバス」(1967年)がモチーフだが、あの時代あまりにも直結的な小さな階段のクレバスの残響が50年後の現在こそ、もっとずっと頭の深部に入ってくる原器なのだ。

 こうしてみると、いかに二人が違っていると同時に、時代状況にたいしては兄弟のように似ていることか。建築家の作品という先入観で見れば異端の図像である。これまでの記憶を失うならばその瞬間、誰にも覚えのある始まりの景色が歩み寄ってくる。
 (2017.1.18 うえだまこと)





「石山修武・六角鬼丈 二人展―遠い記憶の形―」
会期:2017年1月10日[火]〜1月21日[土] 11:00〜18:30 ※日・祝日休廊
主催/会場:ギャラリーせいほう 〒104-0061 東京都中央区銀座8-10-7 東成ビル1F
TEL. 03-3573-2468
協力:ときの忘れもの
石山修武の新作銅版画の詳細はコチラをご覧ください。




六角鬼丈の新作シルクスクリーンの詳細はコチラをご覧ください。




六角鬼丈
《求心具》
2017年 木製家具
H95cm
20170110_03
2017年1月10日(火)
ギャラリーせいほうでのオープニングにて

植田実(右)、六角鬼丈(左)

植田実 Makoto UYEDA
1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。

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