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駒井哲郎を追いかけて 第21回〜
<第11回〜第20回              

世田谷美術館「エチュード」〜駒井哲郎を追いかけて第24回

世田谷美駒井哲郎展示◆前回(連載第23回)を書いたのが6月2日、あっという間に三ヶ月も経ってしまいました。
申し訳ありません。
世田谷美術館で9月1日から「福原信三と美術と資生堂」というちょっと変わった展覧会が始まりました(11月4日まで)。
オープニングレセプションで酒井忠康館長が「企業と美術をテーマとする展覧会ときけば、普通なら企業なりそのオーナー社長が集めた絵画のコレクションの展示だろうと思うだろう。しかし今回の<福原信三と美術と資生堂>展は違う。これまでの美術史的な概念では今日の時代の美術を包摂しきれなくなった。時代の美術の新しい断面を開示して、創造性に富んだ内容をもった展覧会を企画したいと思った。」という趣旨の挨拶をされていましたが、企業のコレクションではなく、企業の活動自体をテーマにした珍しい展覧会といえるでしょう。
この展覧会については後日詳しくご紹介するとして、この展覧会と同時に同館2階の収蔵品展示室で<夢からの贈り物 ルオー、ルドン、長谷川潔、駒井哲郎>という駒井ファンにはたまらない小展覧会が開催されています(12月2日まで)。
駒井哲郎は寄託されている福原コレクションから126点(他に美術館所蔵の3点が加わり全129点)が前期(〜9月30日まで)と後期(10月2日〜12月2日)にわけて展示されます。
ちょっとしたミニ回顧展です。見ごたえあります。

駒井哲郎エチュード
駒井哲郎 Tetsuro KOMAI
「エチュード」
 1959年 銅版
 Image Size 26.2×36.0cm
 Sheet Size 37.7×47.2cm
 Ed.20(ep)  Signed

ご紹介した「エチュード」は後期に展示されます。

駒井作品の限定部数〜駒井哲郎を追いかけて第23回

駒井哲郎・記号の静物
駒井哲郎 Tetsuro KOMAI「記号の静物」
 1951 etching, drypoint
 9.4×8.4cm
 Ed.30 E.A Ed.25(2005)


「駒井哲郎を追いかけて」の連載が、つい日々の忙しさにかまけて中断してから5ヶ月が過ぎてしまいました。
いくらなんでもこれじゃあ忘れられてしまう。再開します!

他にも、「ウォーホルを偲んで」の連載が中断していますが、これは[KIKU][LOVE]連作を刷ってくれた刷り師の石田了一さんが、当時の日記がわりのメモを押入れの中から発掘してくれ、現在解読中です。もう少ししたら、原資料をもとに再開しましょう。
さらに先日開始したばかりの「瑛九のリトグラフについて」も何とかしなければ・・・・
ほんとに貧乏暇ナシで忙しいんです。

さて、駒井哲郎です。
掲載した銅版画作品「記号の静物」はつい最近入手した<後刷り>です。
作品左下に鉛筆で<24/25>と限定部数が記入されており、右下には丸で<K>を囲んだエンボスが捺してあります。
これは、この連載第18回でご紹介した、2005年の秋に刊行された「沈黙の雄弁」という本の特装版に挿入されています。
詳しくは、第18回の項を参照していただきたいのですが、特装版の総部数200部の中に、「Radio Activity in my room」「記号の静物」「海辺の貝」「物語の朝と夜」「一樹」「風船」「向かい合う魚」「大樹を見上げる魚」の8点が後刷りされ挿入されました。

駒井哲郎沈黙の雄弁表紙
駒井哲郎沈黙の雄弁チラシ








特装版に挟み込んであるチラシには、
<「沈黙の雄弁」は、特装版のみ限定200部が刊行された。
1冊につき各1葉ずつ納められている銅版画は全てで8種類あり、
それぞれ25部が摺られ、ナンバーが記され、アトリエマークがエンボスされている。>と記載されています。

版画作品の没後の後刷りは、生前刷りのオリジナル版画の市場的価値を大きく左右することは言うまでもありません。
しかし、この回では、後刷りについて述べるのではなく、生前の限定部数について少し論じたいと思います。

この連載で繰り返し書いてきましたが、駒井先生はファースト・エディションの後に、有名な(売れる)作品については、セカンド・エディションをすることがしばしばありました。
代表作1951年の「束の間の幻影」などは少なくとも4回以上、別の限定部数が刷られています(Ed.20,Ed.30,Ed.X,EA10)。

では、今回ご紹介する「記号の静物」はどうだったのでしょうか。
例によって参照するのは、1980年の東京都美術館「駒井哲郎銅版画展図録」(409点収録)です。
「記号の静物」の項に記載された全文は以下の通りです。
<エッチング、ドライポイント 
9.4×8.8cm 1951
Ed 30(1/30−5/30印刷) EA
第19回日本版画協会展 1951
美ー44 >

実に重要で微妙なことが書いてありますね。
つまり、上記の記載を素直に読めば、1951年に制作されたときの限定部数は30部が分母だったが、実際には5部だけが刷られた(1/30〜5/30)、他に番号入り以外に EA がある、ということになります。
となると、この「記号の静物」は生前には10部も刷られなかったことになり、没後の後刷りは実に貴重なものといわざるを得ない。
しかしこれは私の実感からするとおかしい。この作品は先生の晩年1970年代にはポピュラーなもので、私自身、何度も扱っています。決して珍しいものではありません。
1980年の展覧会当時、東京都美術館の学芸員がなにを根拠に<Ed 30(1/30−5/30印刷)>と記載したのかはわかりませんが、その背景には、駒井作品には、上述のようにセカンド・エディションもあれば、逆に分母の数だけ刷られなかったものもあるという、研究者の間では周知の事実があったことは間違いないでしょう。
それは、没後刊行のレゾネである「駒井哲郎作品集」(366点収録 1979年 美術出版社)に加藤清美先生が書いた以下の文章でもわかります。
<初期作品など、限定総数のすべてが市場に出たとは考えられないものもあり、また第一の限定数未満で打ち切られ、第二の限定に移った作品もあると思われる>

では、実際の作品にあたってみましょう。
先ず、埼玉県立近代美術館所蔵の「記号の静物」の限定番号は<3/30>でした(「駒井哲郎と現代版画家群像 果実の受胎」展図録48ページ参照 1994年 埼玉県立近代美術館)。
次に、この連載でしばしば取り上げている福原コレクションの「記号の静物」の限定番号は<10/30>です(「福原コレクション 駒井哲郎作品展 未だ果てぬ夢のかたちーー」図録30ページ参照 2003年 資生堂)。
さらに、2001年に不忍画廊で開催された「没後25年 駒井哲郎展」図録8ページにも「記号の静物」が掲載されており、その限定番号は<9/30>です。

三つの資料だけ参照してみても、この作品が番号入りが5部しか刷られなかったというわけではなさそうだということがお分かりになるでしょう。
東京都美術館の図録の記載が、加藤先生のいう<第一の限定>で、第二の限定(それも同じ30部)がその後あったのか、それとも誤記なのか、にわかには判断できません。

駒井作品の本質とはあまり関係のない些細なことではありますが、画商としては実に気になる。
真相やいかに・・・・

駒井哲郎のパリ時代〜駒井哲郎を追いかけて第22回

ふらんす  2006年最後の書き込みです。

1925(大正14)年に創刊された「ふらんす」という雑誌があります。
昨年創刊80周年を迎え、フランス語とフランス文化とともに歩んできた過去のバックナンバーから、エッセイなどを選び編んだ「ふらんす 80年の回想 1925-2005」という本が昨2005年に白水社から刊行されました(1.800円+税)。
登場する著者たちが凄い。
與謝野晶子、堀口大學、岸田國士、内藤濯、辰野隆、岩田豊雄、市原豊太、河盛好蔵、加藤周一、蘆原英了、遠藤周作、野村二郎、澁澤龍彦、石井好子、花柳章太郎、吉田秀和、福永武彦、辻邦生、佐藤朔・・・・いやきりがない。
私の大学時代の恩師、田辺貞之助先生、草野貞之先生も執筆者です。
もちろん本欄の主人公、駒井哲郎先生のエッセイ「Vinの味 Parisの味」(1971年9月号)もあります。1954〜55年にかけてのパリ留学時代の思い出話です。

1955ふらんす駒井哲郎カットこの本をわざわざ送ってくださったのは上記の駒井先生のエッセイに登場する野村二郎先生ですが(日本からフランスへの往復の船で同室だった)、本と一緒に、貴重な1955年のバックナンバーのコピーを同封してくださいました。
そこに掲載されているカット(挿画)、描いたのは駒井哲郎先生です!
(このカットは、上記の本には収録されていませんが)
ダッフルコートってもうこの頃、若者のファッションだったんですねえ。

因みに、ウィキペディア(Wikipedia)によれば、<ダッフルコート (duffel coat) は、外套(オーバーコート)の一種。北欧の漁師の仕事着として活用されていた。第二次世界大戦ではイギリス海軍が軍服として着用した。フード付きの防寒コートで、ベルギーのアントワープ近郊のダッフル地方で作られた起毛仕上げの厚手のメルトン生地(紡毛織物、ウール生地)を用いたことから命名された。裏地は付けない。トグル (toggle) と言う留め木とトグルと対になるループが数個付いており、フロントを留める。トグルは浮き型で素材は木や角である。ボタンとは違い手袋をしたままトグルを留めたり、外したり出来るのが特徴である。イギリスのグローバーオール社の製品が有名。>とあります。

駒井先生は雑誌のカットなどたくさん手がけてはいますが、こういう若い人の風俗を描いたものは私は初めて見ました。美術関係者は誰もしらないんじゃないかしら。
初々しいですね。
駒井先生のパリ留学時代のことは意外に知られていません。そのうち熱心な研究者によってまとめられることを期待しています。
そのときは是非このカットも掲載して欲しい。

この連載もおかげさまで22回を数えました。ご愛読を感謝するとともに、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
それでは皆さん、良いお年を。
              2006.12.31 綿貫不二夫


名作にみる謎の限定部数(後編)〜駒井哲郎を追いかけて第21回

駒井哲郎樹木ルドンによる素描 前回は駒井哲郎の名作「樹木 ルドンの素描による」について文献に記載されている限定部数が混乱しているということを書きました。
つまり、レゾネなど文献4種類には、125部、152部という限定部数表記が混在し、
実物の詩画集には、150部、152部という限定部数表記が混在する、不思議な事態が生じているわけです。
125部、152部、150部と3種類もの限定部数がある!?

これをどう考えるべきか。
答えは簡単で、常にわれわれの仕事は、オリジナルに還れ、実物第一主義です。
私が入手した実物にははっきりと分母が「152」となっている。

では他の文献は全て間違い、そう断定していいのか。
ところが今回の場合、「樹木 ルドンの素描による」が挿入された小山正孝との詩画集「愛しあふ男女」の奥付には、<限定150部>と記載されている。
作品も実物なら、挿入された本体の詩画集奥付も、まあ実物といっていいでしょう。困りましたね。

いったいこれはどうしたことでしょうか。
考えられる事態をひとつひとつ検証してゆきましょう。

1)実物に記載された分母152は正しいのか。
だいたいにおいて<152>部なんてへんな限定部数ですね。
<150>のほうがすっきりしてます。これはもしかしたら駒井先生の誤記ではないのか。
こういう疑問を抱くのはそういう記載ミス(誤記)が現実にありうるからです。私は長く版元をしており、今までに1000点をこえる版画をエディションしてきました。限定番号は作家が記入する場合と、版元が記入する場合の二通りあります(これはルール上広く認められています)。経験則からいうと、分母の誤記、分子の誤記、両方あります。ほとんどの場合、すぐにその場でわかります。万一見落としても検品作業でチェックしますので、そういう誤記のものが市場に出ることはまれです。
ではこの場合はどうか。
私が入手した実物には前回写真で紹介したとおり、<50/152>とはっきり記入されています。
また、『駒井哲郎ブックワーク』(1982年 形象社)94ページに掲載された図版を虫眼鏡で見ると確かに105/152となっています。他に確認できるといいのですが、まあこれで限定<152>は間違いないでしょう。因みに東京都現代美術館所蔵のものは<EA>です。

2)詩画集「愛しあふ男女」の奥付<限定150部>の記述は間違いか。
実物の作品は<152>、奥付は<150>、ミステリーです。
考えられるのは、ユリイカの伊達さんの単純なミスか、双方の行き違いですね。
駒井先生と小山先生、ユリイカの伊達さんの事前の打ち合わせでは<150>だったものを、駒井先生が何らかの事情で限定部数を<152>としてしまった可能性もあります。
しかし、詩画集は150冊(1〜150番)なのに、挿入した版画が152部(1〜152番)だとしたら、詩画集が足らなくなるはず(実際にはEA分など余分に作っているので大丈夫ですが)、どう始末したんでしょうね。

3)レゾネなどの文献の<限定125部>の記述は間違いか。
そもそも、駒井哲郎先生の生前に刊行されたレゾネ『駒井哲郎銅版画作品集』(1973年 美術出版社)の記述が<限定125部>となっており、他の文献はそれを検証もせずに丸写ししたものと思われます。
では、レゾネに記載された<限定125部>は間違いなのか。
考えられるのは以下の二つの場合です。
 a)<152>を<125>と間違って印刷してしまった。
だいたい152部なんて普通はない限定部数ですから、当時の美術出版社の編集者が<125>の間違いじゃないかと思い込むのはありうることです。その折、現物を確認しなかったんでしょうね。
 b)125部限定のものが実際に存在する?
実はこれが一番心配なところでして、この連載をお読みの方はよくおわかりと思いますが、駒井先生はセカンド・エディションの常習者でした。
代表作「束の間の幻影」や「丸の内風景」などは何度も後刷り(セカンド・エディション)されています。
その伝でいえば、もしかしたら詩画集に挿入した<152部>のほかに、単品で<125部>別刷り(セカンド・エディション)をした可能性も全くないとはいえません。
果たして真(事実)はどうだったんでしょうか。

何事も1%でも可能性がある限り、私たちの探索の旅は続きます。
それにしても駒井先生の作品、複雑ですねえ。
              2006.12.18 綿貫不二夫

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