ときの忘れもの ギャラリー 版画
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写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング
第5回フォトビューイング 口上 原茂
2011年2月8日
 「第5回 写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング」には、写真家の林和美さんをお招きいたします。

 私が林さんと初めてお目にかかったのは、大阪の(もっとも、当時は大阪しかなかったわけですが)ギャラリーNADARの主宰者としてでした。会議のための大阪出張の帰りに何とか時間を作って足を運んだ大阪農林会館は昭和初期の実に雰囲気のある建物で、黒光りする木の手すりに手を置きながら、すり減った石の階段を降りて行くのはまるでタイムトンネルを抜けるようで、降りた先の6号室が噂に聞くNADARでした。それにしてもこんな不敵な名前を付ける画廊主とはいったいどんな人物かと興味津々で伺ったのですが、ちょうどギャラリーにおられてお目にかかることができました。

 ひょろりと背が高く、手も足も首も細く長くて(あくまでも個人の印象です)、ティム・バートンの傑作『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』 の登場人物を思い浮かべてしまいました(失礼)。もっとも、そんな異世界からの越境者といった雰囲気は一瞬で、あの少し高めのトーンでやあやあやあよくい らしてくださいましたといった感じで実に気さくに声を掛けていただき、ああこれが噂に聞く「体操のお兄さん」ならぬ大阪の「写真のお兄さん」かと納得。か くしてNADARは一瞬で私の好きなギャラリーになってしまったのでした。

 展示はもちろんでしたが、ギャラリーの一角にあったショップ・コーナーが実に魅力的で、吟味された写真集から用品、機材、そして何よりオリジナルプリントが販売されていて、しばし釘付けでした。そして、そこで出版されたばかりの『ゆびさき』を拝見したのでした。

 最初にそのタイトルに「やられた」(何がやられたのかよく分からないのですが)とうなり、一枚一枚の写真にときを忘れました。印刷所から届いたばかり で、まだインクの匂いが残っているような刷り立ての写真集のはずなのにすでに古書というか、肌は若々しいのにその表情は何十年もの風雪に耐えて生き残って きた歴戦の勇者というか、生まれたからすでにクラシックという雰囲気を漂わせていました。

 古き良き時代の写真という言い方はおそらく乱暴で不正確でひょっとしたら失礼な物言いになってしまうかもしれないのですが、写真がまったく単純に驚きで あり喜びであった時代、その作品が真っ直ぐに写すものの写されるものへの敬意と賞賛であった時代、写真家が写真の前にしゃしゃり出てくる前の時代、写真が 写真であることに自ら足ることのできた時代の香りを嗅いだような気がしました。もし歴史上のすべての写真の中から一枚だけ貰えるとしたら「18歳のサラ・ ベルナールの肖像」が欲しいと即答する自分としては、はっきり言って「まいって」しまったのでした。

 私の敬愛する写真コレクターにして伝説の写真ギャラリー「バーソウ・フォト・ギャラリー」のギャラリスト、写真好き必読の『写真生活』(晶文社、 2002年)の著者でありアートディレクターでもある(!)坂川栄治さんは「コマーシャル・フォト」2003年7月号の「今月の1冊」で、この『ゆびさ き』を取り上げて「淡い柔らかさは浮かんだままの切なさまでも伝えてくる」と評しておられました。

 じっさい、『ゆびさき』は現在ではすでに「幻の写真集」となってしまい、ネットで探すととんでもないプレミアがついていて、帰りの新幹線代を惜しんで買い逃した愚かで凡庸なコレクターは、あああのとき夜行バスにしておけばとほぞを噛むのでした。

 今回のビューイングでは、この『ゆびさき』からも特別な形で作品を提供していただけることになりました。幻の写真集がサイン入りで手にはいるかも知れないという噂もあるので、ホストとしては職業倫理とコレクターの業との板挟みで苦しむことになりそうです。(続く)
(はら しげる)




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