山口由美のエッセイ
<ナミビア「室内の砂丘」を旅する>第3回
ハンス・シュミットさんの人生
ナミビアのダイヤモンドは、海洋ダイヤモンドと呼ばれ、もともとは海の中にあった。それが風に飛ばされて海岸に近い砂漠の上に降り積もった。20世紀前半、人々は、そうした砂の上のダイヤモンドを採取し、掘りつくすと、町を捨てた。その期間は、最も繁栄が長かったコールマンスコップで約20年、エリザベスベイで約5年、ポモマでは、ほんの数年のことでしかない。
ダイヤモンドという欲望のために、砂漠に築かれた町。水はケープタウンから列車で運ばれた。繁栄の短さは、そのまま廃墟それ自体の空虚さにつながっている。
そして、いまテクノロジーの進化によって、廃墟の周辺は、再びダイヤモンドの採れる土地となって封印され、訪れる者の旅を困難にする。海中からダイヤモンドを直接、採取できるようになったのだ。海中深く眠るダイヤモンドは傷が少なく、宝飾用として珍重される。私たちが許可証を必要とした理由である。
鉱山町の廃墟には、欲望に翻弄された過去と現在が去来する。そのことを、あらためて実感させられたのが、ハンス・シュミットさんの人生だった。
1927年生まれのハンスさんは、2歳の時、ドイツからナミビアにやって来た。父親が鉱山技術者の仕事を得たからだ。植民地の時代は終わっていたけれど、当時のドイツ人にとって、同時代、日本人にとっての旧満州がそうであったように、一旗あげようと人々がめざす土地だったのである。ハンスさんの一家はエリザベスベイで、繁栄の最後の5年間を暮らした。
海に近いエリザベスベイは、冷たい風が吹きつける、荒涼とした廃墟だった。いまは、海洋ダイヤモンド採取の一大拠点になっている。だから、ひときわセキュリティーが厳しくて、私たちは、人と車と別々に、ダイヤモンドを感知するX線装置のような機械を何度も通らされた。
ハンスさんは、ほとんど土台しか残っていない崩れた家の前に立って、「ここが私の家だよ」と言って笑った。
ダイヤモンドエリアとして閉ざされた故郷に、彼は、こうしてガイドとして訪れる以外、来ることができない。打ち捨てられた廃墟は、石のひとつも拾うことが出来ない不自然な土地として、ここにある。その遠景に、現代の欲望の象徴である巨大なダイヤモンド工場が不気味にそびえていた。(続く)
■山口由美(やまぐち ゆみ)
1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。旅をテーマにノンフィクションやエッセイなどを執筆。曾祖父は、箱根富士屋ホテルの創業者・山口仙之助。
著書に、『帝国ホテル・ライト館の謎』(集英社新書)、『長崎グラバー邸 父子二代』(集英社新書)、『増補版 箱根富士屋ホテル物語』(千早書房)、『旅する理由』(同)、『消えた宿泊名簿―ホテルが語る戦争の記憶―』(新潮社)等がある。

尾形一郎・尾形優
「Elizabeth Bay-3-2004」
2004年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10 サインあり

尾形一郎・尾形優
「Kolmanskop-4-12-2006」
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10 サインあり

尾形一郎・尾形優
「Kolmanskop-4-14-2006」
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10 サインあり

尾形一郎・尾形優
「Kolmanskop-4-16-2006」
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10 サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
◆ときの忘れものは、2011年5月30日[月]―6月11日[土]「ナミビア:室内の砂丘 尾形一郎 尾形優写真展」を銀座と青山の二会場で同時開催しています。
営業時間と休廊日が異なりますので、ご注意ください。
20年に亘って大型カメラを携え、世界の辺境に残された建築物を撮りつづけている尾形一郎と尾形優。 昨年好評を博したシリーズ〈ウルトラ・バロック〉に引き続き、今回は、アフリカ・ナミビアの砂漠に残された100年前の家々の痕跡を撮影したシリーズ〈室内の砂丘〉を発表します。
銀座・ギャラリーせいほうでは大作7点、南青山・ときの忘れものでは20点組の初のポートフォリオを出品します。

・作家と作品については、「尾形一郎 尾形優のエッセイ」をぜひお読みください。
・また植田実さんのエッセイ「尾形邸”タイルの家”を訪ねて」第1回、第2回、第3回もお読みください。
・会期中、尾形さんのサイン入り写真集や、雑誌を特別頒布しています。
銀座:ギャラリーせいほう
東京都中央区銀座8-10-7 電話03-3573-2468
11:00-18:00 日曜・祭日休廊
青山:ときの忘れもの
東京都港区南青山3-3-3 青山Cube101 電話03-3470-2631
12:00-19:00 会期中無休
<ナミビア「室内の砂丘」を旅する>第3回
ハンス・シュミットさんの人生
ナミビアのダイヤモンドは、海洋ダイヤモンドと呼ばれ、もともとは海の中にあった。それが風に飛ばされて海岸に近い砂漠の上に降り積もった。20世紀前半、人々は、そうした砂の上のダイヤモンドを採取し、掘りつくすと、町を捨てた。その期間は、最も繁栄が長かったコールマンスコップで約20年、エリザベスベイで約5年、ポモマでは、ほんの数年のことでしかない。
ダイヤモンドという欲望のために、砂漠に築かれた町。水はケープタウンから列車で運ばれた。繁栄の短さは、そのまま廃墟それ自体の空虚さにつながっている。
そして、いまテクノロジーの進化によって、廃墟の周辺は、再びダイヤモンドの採れる土地となって封印され、訪れる者の旅を困難にする。海中からダイヤモンドを直接、採取できるようになったのだ。海中深く眠るダイヤモンドは傷が少なく、宝飾用として珍重される。私たちが許可証を必要とした理由である。
鉱山町の廃墟には、欲望に翻弄された過去と現在が去来する。そのことを、あらためて実感させられたのが、ハンス・シュミットさんの人生だった。
1927年生まれのハンスさんは、2歳の時、ドイツからナミビアにやって来た。父親が鉱山技術者の仕事を得たからだ。植民地の時代は終わっていたけれど、当時のドイツ人にとって、同時代、日本人にとっての旧満州がそうであったように、一旗あげようと人々がめざす土地だったのである。ハンスさんの一家はエリザベスベイで、繁栄の最後の5年間を暮らした。
海に近いエリザベスベイは、冷たい風が吹きつける、荒涼とした廃墟だった。いまは、海洋ダイヤモンド採取の一大拠点になっている。だから、ひときわセキュリティーが厳しくて、私たちは、人と車と別々に、ダイヤモンドを感知するX線装置のような機械を何度も通らされた。
ハンスさんは、ほとんど土台しか残っていない崩れた家の前に立って、「ここが私の家だよ」と言って笑った。
ダイヤモンドエリアとして閉ざされた故郷に、彼は、こうしてガイドとして訪れる以外、来ることができない。打ち捨てられた廃墟は、石のひとつも拾うことが出来ない不自然な土地として、ここにある。その遠景に、現代の欲望の象徴である巨大なダイヤモンド工場が不気味にそびえていた。(続く)
■山口由美(やまぐち ゆみ)
1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。旅をテーマにノンフィクションやエッセイなどを執筆。曾祖父は、箱根富士屋ホテルの創業者・山口仙之助。
著書に、『帝国ホテル・ライト館の謎』(集英社新書)、『長崎グラバー邸 父子二代』(集英社新書)、『増補版 箱根富士屋ホテル物語』(千早書房)、『旅する理由』(同)、『消えた宿泊名簿―ホテルが語る戦争の記憶―』(新潮社)等がある。

尾形一郎・尾形優
「Elizabeth Bay-3-2004」
2004年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10 サインあり

尾形一郎・尾形優
「Kolmanskop-4-12-2006」
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10 サインあり

尾形一郎・尾形優
「Kolmanskop-4-14-2006」
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10 サインあり

尾形一郎・尾形優
「Kolmanskop-4-16-2006」
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10 サインあり
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◆ときの忘れものは、2011年5月30日[月]―6月11日[土]「ナミビア:室内の砂丘 尾形一郎 尾形優写真展」を銀座と青山の二会場で同時開催しています。
営業時間と休廊日が異なりますので、ご注意ください。
20年に亘って大型カメラを携え、世界の辺境に残された建築物を撮りつづけている尾形一郎と尾形優。 昨年好評を博したシリーズ〈ウルトラ・バロック〉に引き続き、今回は、アフリカ・ナミビアの砂漠に残された100年前の家々の痕跡を撮影したシリーズ〈室内の砂丘〉を発表します。
銀座・ギャラリーせいほうでは大作7点、南青山・ときの忘れものでは20点組の初のポートフォリオを出品します。

・作家と作品については、「尾形一郎 尾形優のエッセイ」をぜひお読みください。
・また植田実さんのエッセイ「尾形邸”タイルの家”を訪ねて」第1回、第2回、第3回もお読みください。
・会期中、尾形さんのサイン入り写真集や、雑誌を特別頒布しています。
銀座:ギャラリーせいほう
東京都中央区銀座8-10-7 電話03-3573-2468
11:00-18:00 日曜・祭日休廊
青山:ときの忘れもの
東京都港区南青山3-3-3 青山Cube101 電話03-3470-2631
12:00-19:00 会期中無休
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