美術展のおこぼれ 9

ナミビア:室内の砂丘 尾形一郎 尾形優写真展
会期:2011年5月30日[月]―6月11日[土]
会場1:ギャラリーせいほう
会場2:ときの忘れもの

 以前、尾形夫妻の建築家としての仕事と写真家としての仕事を紹介することがあったが(註1)、その写真集「HOUSE」のなかでも撮影対象の特異さと冷徹な構図において白眉といえる「ナミビア」のプリント作品を、銀座と青山の二画廊で見ることができた。待望の写真展の実現である。
 だれもが最初はこの「室内の砂丘」を一種のインスタレーションと見て疑わなかったのは当然だろう。現代を反映するアートの行為として尨大なエネルギーを注いだものであると同時に知的な判断によって細部まで完璧に処理されている様相が写真に残されているのを知るばかりと、見る者は思ったにちがいないのだが、そのインスタレーションはすでに解体されたのかというと、じつはそのまま残っている。それがアフリカ大陸南西端ナミビアにある現実の光景だなんて、だれも考えなかったし、想像さえしなかった。それだけでも大きな発見といえる未知の場所を8x10インチの大型銀塩フィルムを使って砂とたたかいながら記録した。この紛れもない事実を、今回の写真展は印刷メディアよりさらに迫真的に伝えている。
 住人が出て行った空き家は、侵入者によって窓をたたき壊され、家具を持ち去られる。その後に侵入してきた風と砂は、いくつものドアを次々に外し、壁や建具のペイントされた表面を削りとり、もうそのあとには何者も入れないように家全体を半ば呑みこんだまま居据わり、さらに獲物を求めて奥の部屋に流れ込み、あるいは四肢を思いきり拡げて寝室の壁に摑みかかっている。
 家が蹂躙されている怖るべき光景だが、別の見え方もそこに生じている。無人のなかの壁やドアが逆に大気の流れとなって新しい砂の大陸を形成しつつある光景とも見えるのだ。あるいは砂によって究極の美しい室内が仕上げられている。壁は夜明けに近い海面の輝きを放ち、これだけは盗まれることのなかったステンシルの帯装飾が生きていた家の記憶をなぞっている、とも見えるのだ。
 いつかは全てが無に向かう時間のなかにある。その事実を上まわるのは砂の波紋によって浮上する家の透明な姿である。人間の手でつくられたものと自然の作用とのあいだにどのような変化が刻一刻ともたらされるのかを計量する、これは精密な測定器でもある。それぞれの会場では同じ写真のサイズを変えて見せている。それによってこの特別な世界をもうひとつ手前の窓から覗くようでもあり、あるいはその只中に踏みこんでしまうようでもあるような、たんにサイズの大小をこえた内容が見る者に迫る。この作品の特性を存分に生かした展示なのである。(2011.6.8 うえだまこと)

註1=尾形邸「タイルの家」を訪ねて123
尾形展ナミビア案内状600

尾形Kolmanscop-25-1-2006尾形一郎・尾形優
Kolmanskop-25-1-2006
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10 サインあり

尾形Kolmanscop-25-2-2006尾形一郎・尾形優
Kolmanskop-25-2-2006
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10 サインあり

尾形Kolmanscop-26-1-2006尾形一郎・尾形優
Kolmanskop-26-1-2006
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10 サインあり

尾形Kolmanscop-29-2-2006尾形一郎・尾形優
Kolmanskop-29-2-2006
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10 サインあり

尾形Kolmanscop-27-3-2006尾形一郎・尾形優
Kolmanskop-27-3-2006
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10 サインあり

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*画廊亭主敬白
植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」第9回をお届けします。
今回の尾形さんたちの個展については、山口由美さんが素晴らしい展評を執筆してくださいましたが、それに続いて植田実さんの展評です(なんと豪華な!!)。
植田さんの今までの8回は全て美術館での展覧会が対象でしたが、今回は初めて街の画廊での展示をご覧になっての評です。
それだけインパクトのある展示だったのでしょう。
その筆者の植田実さんがこのたびみすず書房から2冊の本を出版しました。
下記のイベントを開催しますので、ぜひお出かけください。

◆建築評論の植田実さんが、このたび、みすず書房から『住まいの手帖』『真夜中の庭 物語にひそむ建築』の2冊を上梓しました。
ときの忘れものでは、2011年6月18日[土]12時~19時、「一日だけの植田実出版記念写真展」を開催します。今まで未発表の作品を含む写真20点と、植田実さんの著書を展示、販売いたします。植田さんが終日皆さんをお待ちしています。
『真夜中の庭』『住まいの手帖』