浅野智子のエッセイ「瑛九の型紙考」第2回
「型紙考」―モダン都市
瑛九は、その短い生涯のなかで多様な造形世界を展開させた。愛らしいモダンガールの肖像を描いたかと思えば、光を筆にフォトデッサンで実社会の喜怒哀楽を写しだし、エッチングやリトグラフで色鮮やかな線と面の構成美を提示し、画面を覆い尽くさんばかりのカラフルな点描油彩によって真に芸術のための芸術を追求したのである。いずれの造形表現においても、瑛九は独創的であり、創造的であり、その芸術は当時から評価されてきた。
瑛九、本名杉田秀夫が、印画紙の上に物体や型紙を置いて感光させるフォトグラムの制作をはじめたのは、油彩画という造形表現の限界に苦悩する中で写真という新しい手段を見いだした19歳の頃である。写真技法としてのフォトグラムは、1840年前後に英国人のタルボットによって見いだされたとされ、1920年代にマン・レイやモホリ=ナギといった前衛作家の作品が伝えられることで日本に広まった。
物体や型紙を置く位置や、光の加減と感光時間によって、作者の予想を越えたイメージをもたらす実験的なフォトグラムが、若い瑛九の造形心を大いにくすぐったことは想像に難くない。なによりも、科学時代の近代的感覚を表現することを模索していた作家にとって、芸術家の意識を科学的に印画紙上に定着させる、写真技術独自の特質が魅力的に映ったのであろう。
ときの忘れもので展示された46種(人体や動物などの形に切り抜いた個別の図形23種、感光紙などを切り抜いて施した景観図や構図23種)のフォトデッサンの「型紙」を見てゆくと、瑛九が好んだモチーフがあることに気付く。例えば、10~30㎝前後の個別の図形では、動物、静物、人物、抽象図形の4種に分けることができ、動物では鶏、象、犬が、静物では花、テーブル、自転車が、人物では踊り子、ヌードといったようなモチーフが多い。また、感光紙に施された景観図や構図は、高層建築の林立する都市景観、海岸景観、酒場などの室内景観に、抽象空間やサーカスの場面といったその他の景観の4種に大別される。もちろん、これらのモチーフは明確に分類されるわけではなく、例えば海岸を臨む地に象に乗る女性や踊り子が登場するというように、モチーフや場面は自由に組み合わされているのであり、用いられた図像を類型化するにはより多くの型紙の調査検証が必要である。
瑛九の型紙に登場する多様な図像の中でも、ビル街、自転車や踊り子などは、1920、30年代の都市風景画において、近代化する都市文化を象徴する要素であった。例えば、版画家の谷中安規は、《春夜》(1933年)にて、歓楽街に集う男たちや裸婦とそれを睨む鋭い眼差しの警官を描いた。また、古賀春江は、代表作《海》(1929年)にて、水着姿の女性に飛行船や潜水艦、高層建築をコラージュして近代文化を象徴的に描いている。この他、自転車やビルなどが頻繁に登場する松本竣介の《都市風景》シリーズなど、多くの作家が踊り子、ヌード、酒場、自転車、高層建築といった近代都市の事物をモチーフにしている。
宮崎に生まれ、後に浦和に居を構えた瑛九であったが、フォトデッサンで表現される風景は農村風景でも山海風景でもなく、10代後半から20代にかけて宿を転々としながら過した東京のモダン都市風景である。それは、「油絵之具が作り出された頃の時代では想像にも及ばなかつた我々の住むこの機械的な建物や、はしつてゐる所の機械としての乗物の中に生活する生活感情」(*5)を表現する手段として、瑛九がフォトグラムを見いだしたためであろう。科学的、論理的性質の強いフォトデッサンの図像表現には、機械化するモダン都市の実相が選択されたといえる。(あさのともこ)
*5 瑛九「感光材料への再認識 フオトグラム的制作に関して」『カメラアート』936号、1936年6月、387頁。
2011年9月5日第1回―切り抜き行為
2011年9月6日第2回―モダン都市
2011年9月7日第3回―型と本作
■浅野智子
筑波大学大学院卒。美術博士。日本近代における美術家の交流と美術活動の関連を中心に研究。

瑛九「フォトデッサン型紙4」

瑛九「フォトデッサン型紙12」

瑛九「フォトデッサン型紙37」

瑛九「フォトデッサン型紙36」

瑛九「フォトデッサン型紙22」
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◆ときの忘れものは「第21回瑛九展 46の光のかけら/フォトデッサン型紙」を開催します。

「第21回瑛九展 46の光のかけら/フォトデッサン型紙」
会期=2011年9月9日[金]―9月17日[土]
12時~19時 会期中無休
全46点の型紙の裏表両面を掲載した大判のポスター(限定200部、番号入り)を製作しました。
瑛九展ポスター(表)
限定200部
デザイン:DIX-HOUSE
サイズ:84.1x59.4cm(A1)
限定200部(番号入り)
価格:1,500円(税込)
+梱包送料:1,000円
瑛九展ポスター(裏)
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◆「生誕100年記念瑛九展」が埼玉県立近代美術館と、うらわ美術館の2会場で同時開催されます。
ときの忘れものも出品協力させていただき、招待券をいただきました。ご希望の方はメールにてお申し込みください。
会期=9月10日(土)~11月6日(日)
「型紙考」―モダン都市
瑛九は、その短い生涯のなかで多様な造形世界を展開させた。愛らしいモダンガールの肖像を描いたかと思えば、光を筆にフォトデッサンで実社会の喜怒哀楽を写しだし、エッチングやリトグラフで色鮮やかな線と面の構成美を提示し、画面を覆い尽くさんばかりのカラフルな点描油彩によって真に芸術のための芸術を追求したのである。いずれの造形表現においても、瑛九は独創的であり、創造的であり、その芸術は当時から評価されてきた。
瑛九、本名杉田秀夫が、印画紙の上に物体や型紙を置いて感光させるフォトグラムの制作をはじめたのは、油彩画という造形表現の限界に苦悩する中で写真という新しい手段を見いだした19歳の頃である。写真技法としてのフォトグラムは、1840年前後に英国人のタルボットによって見いだされたとされ、1920年代にマン・レイやモホリ=ナギといった前衛作家の作品が伝えられることで日本に広まった。
物体や型紙を置く位置や、光の加減と感光時間によって、作者の予想を越えたイメージをもたらす実験的なフォトグラムが、若い瑛九の造形心を大いにくすぐったことは想像に難くない。なによりも、科学時代の近代的感覚を表現することを模索していた作家にとって、芸術家の意識を科学的に印画紙上に定着させる、写真技術独自の特質が魅力的に映ったのであろう。
ときの忘れもので展示された46種(人体や動物などの形に切り抜いた個別の図形23種、感光紙などを切り抜いて施した景観図や構図23種)のフォトデッサンの「型紙」を見てゆくと、瑛九が好んだモチーフがあることに気付く。例えば、10~30㎝前後の個別の図形では、動物、静物、人物、抽象図形の4種に分けることができ、動物では鶏、象、犬が、静物では花、テーブル、自転車が、人物では踊り子、ヌードといったようなモチーフが多い。また、感光紙に施された景観図や構図は、高層建築の林立する都市景観、海岸景観、酒場などの室内景観に、抽象空間やサーカスの場面といったその他の景観の4種に大別される。もちろん、これらのモチーフは明確に分類されるわけではなく、例えば海岸を臨む地に象に乗る女性や踊り子が登場するというように、モチーフや場面は自由に組み合わされているのであり、用いられた図像を類型化するにはより多くの型紙の調査検証が必要である。
瑛九の型紙に登場する多様な図像の中でも、ビル街、自転車や踊り子などは、1920、30年代の都市風景画において、近代化する都市文化を象徴する要素であった。例えば、版画家の谷中安規は、《春夜》(1933年)にて、歓楽街に集う男たちや裸婦とそれを睨む鋭い眼差しの警官を描いた。また、古賀春江は、代表作《海》(1929年)にて、水着姿の女性に飛行船や潜水艦、高層建築をコラージュして近代文化を象徴的に描いている。この他、自転車やビルなどが頻繁に登場する松本竣介の《都市風景》シリーズなど、多くの作家が踊り子、ヌード、酒場、自転車、高層建築といった近代都市の事物をモチーフにしている。
宮崎に生まれ、後に浦和に居を構えた瑛九であったが、フォトデッサンで表現される風景は農村風景でも山海風景でもなく、10代後半から20代にかけて宿を転々としながら過した東京のモダン都市風景である。それは、「油絵之具が作り出された頃の時代では想像にも及ばなかつた我々の住むこの機械的な建物や、はしつてゐる所の機械としての乗物の中に生活する生活感情」(*5)を表現する手段として、瑛九がフォトグラムを見いだしたためであろう。科学的、論理的性質の強いフォトデッサンの図像表現には、機械化するモダン都市の実相が選択されたといえる。(あさのともこ)
*5 瑛九「感光材料への再認識 フオトグラム的制作に関して」『カメラアート』936号、1936年6月、387頁。
2011年9月5日第1回―切り抜き行為
2011年9月6日第2回―モダン都市
2011年9月7日第3回―型と本作
■浅野智子
筑波大学大学院卒。美術博士。日本近代における美術家の交流と美術活動の関連を中心に研究。

瑛九「フォトデッサン型紙4」

瑛九「フォトデッサン型紙12」

瑛九「フォトデッサン型紙37」

瑛九「フォトデッサン型紙36」

瑛九「フォトデッサン型紙22」
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◆ときの忘れものは「第21回瑛九展 46の光のかけら/フォトデッサン型紙」を開催します。

「第21回瑛九展 46の光のかけら/フォトデッサン型紙」
会期=2011年9月9日[金]―9月17日[土]
12時~19時 会期中無休
全46点の型紙の裏表両面を掲載した大判のポスター(限定200部、番号入り)を製作しました。

限定200部
デザイン:DIX-HOUSE
サイズ:84.1x59.4cm(A1)
限定200部(番号入り)
価格:1,500円(税込)
+梱包送料:1,000円

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◆「生誕100年記念瑛九展」が埼玉県立近代美術館と、うらわ美術館の2会場で同時開催されます。
ときの忘れものも出品協力させていただき、招待券をいただきました。ご希望の方はメールにてお申し込みください。
会期=9月10日(土)~11月6日(日)
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