浅野智子のエッセイ「瑛九の型紙考」第3回

「型紙考」―型と本作


 瑛九の「型紙」は2種類に大別される。人体や動物などの形に切り抜いた個別の図形と、感光紙を切り抜いてある構図や景観を描いた図である。切り抜かれた個別の図形は、色紙や他の型紙との組み合わせによって、その魅力の広がりを見せ始める。一方、切り抜きによって描かれた図は、構図の完成度が高く、それのみで十分な作品として成立している。鑑賞の方法は異なるが、互いに瑛九の「作品」として魅力を有するものだ。
 では、切り抜かれた図形となる型紙は、フォトグラムのなかでどのように利用されたのか。
瑛九フォトデッサン型紙6A
瑛九「フォトデッサン型紙6

瑛九フォトデッサン型紙29A
瑛九「フォトデッサン型紙29

 円錐のような枠内に花が散りばめられ、あたかも花束のように見える2種の型紙がある。この型紙は、1951年6月の『アサヒグラフ』(1400号)の裏表紙に掲載された三和銀行の懸賞付き定期預金の広告に使用された(*6)。「両手に花」というキャッチフレーズと共に、女性が両手に花束を掲げるといったものである。同一の女性像を反転させて、手には異なるものを持たせた図像が、同年7月の日本童詩研究会発行の『きりん』(*7)の裏表紙に、同じ三和銀行の広告として掲載されている。このことから、この花束様の型紙は、1951年頃に三和銀行広告として制作依頼され、複数の版があると推定される。
 同じく1951年頃の作と考えられるのが、両手を空に向かって広げ、大きく口をあける人物の型紙である。一見するとそれは、鶏のようでもあり、雄叫びを上げる女性のようで滑稽だ。印画紙を切り抜いたこの型紙は、1951年に刊行された『瑛九フォトデッサン作品集 真昼の夢』に収録された《夜の子どもたち》に登場する。横長の画面のなかで、二羽の鳥が舞う下に4人の踊る人物像と輪形の図形が配置されているが、その右端の人物がこの型紙である。
 また、大小の象と馬の型紙は、《動物たち》(1951年、宮崎県総合博物館蔵)に登場する。《動物たち》は、右手に象に乗った女性とラッパを吹く人物を、左手に仰向けになって馬に乗る女性と子象を配した画面に、手の陰影が重なりながら点在するといった賑やかな作品で、一見してサーカスの曲芸の場面のようである。それぞれの型紙は、フォトグラムの印画紙を切り抜いて作られているが、異なる感光の表現を持っていることから、別々の印画紙から切り抜かれたと考えられる。
本作を通して感じるのは、瑛九がフォトグラムの制作にあたって、用いる型紙の表裏を全く意識していないことだ。《夜の子どもたち》の人物像や《動物たち》の右手の象は、下書きの向きのまま本作に用いられている。印画紙の上に光をさえぎる物体として型紙を用いるフォトデッサンの制作過程に即せば、印画紙上の図柄を意識する必要がないことは当然ではある。しかしながら、型紙の配置において図形の表裏を意識しなかったということは、つまり、完成したフォトデッサンを用いて型紙を制作する作業過程において、感光紙上の表現は意識されなかったことをも意味する。これは、瑛九にとって現実的な「完成作」というものが存在しなかったことを示唆するようである。より良い作品を作るため、瑛九は躊躇なく「作品」を切り刻んだのだろうか。
 両脚を大きく広げながら馬に乗る女性の型紙がある。これは《森のつどい》(1950年)に用いられた。注目されるのは、《森のつどい》の女性と馬には眼球を示す穴がないが、残されている型紙にはあることである。これは、一度制作に用いた後に、作家によってさらに手が加えられたことを意味する。『アトリエ』1955年2月号に掲載された《しずむ肖像》の、3つの異なる抽象図形を縦に配置した型紙でも、同一の型紙を用いた異なる作品の存在の可能性が示唆される。『アトリエ』に掲載された図版では、型紙の表面(感光面)が上にされているが、型紙の裏面には、中心から外に向かって黒から赤へと徐々に色を変えて絵具を吹き付けた跡が残っている。そして、この着彩について、図版に併記された制作方法の解説において瑛九は言及していない(*8)。着彩の痕跡は、おそらく、同一の型紙の裏面を用いて、色を加えた全く異なる作品が制作された可能性を示すのだろう。
 1950年代前半は、国内における度重なるフォトデッサン展に、フォトデッサン作品集の刊行、「トップス・イン・フォトグラフ」展(1953年、ニューヨーク)への出品や月刊誌『サロン・フォトグラフィ』(1956年、アメリカ)での紹介など、瑛九のフォトデッサンが、華々しく取り上げられた時期である(*9)。より優れた芸術表現を求めて、作品を土台に次の作品を生みだしながら邁進する作家の一面が、小さな型紙から見えてくる。

アサヒグラフ 瑛九型紙
*6 『アサヒグラフ』1400号、
朝日新聞社、1951年6月、裏表紙。

きりん 瑛九型紙
*7 『きりん』4巻7号、
日本童詩研究会、1951年7月、裏表紙。

*8 瑛九「フォト・デッサン」『アトリヱ』336号、アトリエ出版、1955年1月、75-78頁。
*9 「瑛九略年譜」『版画芸術』瑛九特集号、112号、阿部出版、2001年6月、78-79頁。

2011年9月5日第1回―切り抜き行為
2011年9月6日第2回―モダン都市
2011年9月7日第3回―型と本作

浅野智子
筑波大学大学院卒。美術博士。日本近代における美術家の交流と美術活動の関連を中心に研究。
16瑛九
「フォトデッサン型紙16」
切り抜き・印画紙
30.4x25.3cm
"Q Ei"と鉛筆サインあり


17瑛九
「フォトデッサン型紙17」
1937年
切り抜き・印画紙
30.2x25.2cm
"Q Ei/37"と鉛筆サインあり


18瑛九
「フォトデッサン型紙18」
切り抜き・印画紙
21.2x26.5cm


19瑛九
「フォトデッサン型紙19」
切り抜き・印画紙
25.2x30.3cm
"Q Ei"とペンサインあり


20瑛九
「フォトデッサン型紙20」
切り抜き・印画紙
30.2x25.2cm
"Q Ei"とペンサインあり


21瑛九
「フォトデッサン型紙21」
切り抜き・印画紙
30.4x25.1cm
"Q Ei"とペンサインあり


22瑛九
「フォトデッサン22」
切り抜き・印画紙
30.2x25.2cm


23瑛九
「フォトデッサン型紙23」
切り抜き・印画紙
30.2x25.2cm
"Q Ei"とペンサインあり


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◆ときの忘れものは「第21回瑛九展 46の光のかけら/フォトデッサン型紙」を開催します。
瑛九展DM600
第21回瑛九展 46の光のかけら/フォトデッサン型紙
会期=2011年9月9日[金]―9月17日[土]
12時~19時 会期中無休

全46点の型紙の裏表両面を掲載した大判のポスター(限定200部、番号入り)を製作しました。
poster_A_600瑛九展ポスター(表)
限定200部
デザイン:DIX-HOUSE
サイズ:84.1x59.4cm(A1)
限定200部(番号入り)
価格:1,500円(税込)
+梱包送料:1,000円


poster_B_600瑛九展ポスター(裏)

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