中川美香のエッセイ「瑛九を追って」第3回

 瑛九を追いかけて(㊦) 「新しい風」


 瑛九は没して半世紀。生前に会ったことのある人々の証言をまとめて残す機会としては最後になるかもしれない。できるだけ多くの人に会おう。今回の企画にはこんな“ミッション”もあった。実際、お話を聞きたいと考えていた評論家の針生一郎さん、元現代歌人協会理事長の加藤克巳さんら数人が、企画開始後にお亡くなりになった。取材班はほかの担当も複数持っているため、思うようには時間がつくれず、焦りの中での取材となった。
 そんな中でも、ある若き研究者に出会えたことが私たちの幸せとなった。
 彼女は埼玉県に住み、アルバイトを掛け持ちして瑛九研究を続けている20代。中学時代、埼玉ゆかりの画家として美術資料集に登場していた瑛九に関心を持ち、大学の卒業論文で瑛九の「光」を題材にした。「作品、思想などを調べるうちにのめり込んでしまった」という。最近は特に晩年の活動や交流関係の見直しに没頭。「あまり明らかになっていない埼玉での足跡を補足できたら役立つかな」と実に謙虚な姿勢で研究に臨んでいる。
 芸術大出身ではなく、所属する研究機関があるわけでもない。ただひた向きに、個人で瑛九を追いかけている彼女。世紀が変わった。時代背景や価値観も変わった。なのに、没して半世紀経っても誰かにひた向きに追いかけられている瑛九は何て幸せ者なんだろうと思った。そう、瑛九は幸せな画家なのだ。
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 今年になってからも、宮崎日日新聞文化面では2本の連載を展開した。一つは、県内外の芸術家や画廊関係者らに自由に書いてもらった「寄稿シリーズ 私と瑛九」(10回)。普段は瑛九について語ることのない方々にも依頼。ある画家は最晩年作「つばさ」と向き合い、「『個』とは『繋がり』とは何か。どうあるべきか」などと考察を深めた。ある造形作家は「手放しに高い評価をしていないところが私の中にはある」と遠慮なく所感を述べた。瑛九を取り巻く世界に、新鮮な風が入ってきた気がした。
 もう一つは兄の杉田正臣宛てに出した書簡から、彼の家族への思いなどを拾い出した「兄へ~瑛九の手紙」(6回)。実は宮崎県立図書館にはエスペラント語による瑛九直筆の書簡が59通眠っていて、これらの翻訳を宮崎エスペラント会会員に依頼した。何かの謎を解き明かすような記述がないだろうか-と野心もあっての依頼だったが、ガツンとやられた。瑛九の純粋さに。
 「自分があなたの寛大な兄弟愛を受けるにふさわしくないことは分かっています。私の働きを通じて、ふさわしくなりたいと望み、期待しています」…。妻の看護を献身的に行っている様子など暮らしの描写もふんだん。現実の大変さに触れつつも、「人生の困難はいつものように私を鼓舞します」と生活を“生きていることを実感できる大切な糧”として慈しんでいた姿がはっきり浮かんできた。
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 「瑛九は現実主義者で、生活の中から自分のイメージを見いだし、膨らませていた。抽象、そして光は瑛九にとってリアリズムの追求だった。私は、彼が何を見ていたのかが知りたいんです」
 以前、そう語っていたのが前述の埼玉の女性研究者だ。埋もれている資料を掘り起こし、新たな人材が考察を加えていけば、思わぬ角度から瑛九が求めていたものに少しでも近付けるのではないか。これまで耕されてきた研究の土壌に意識的に風を巻き起こしていけば、さすがの瑛九も驚いて顔を出すのではないか――。
 連載を終え、瑛九の何がつかめたかと問われても即答はできない。彼の言葉を借りると、瑛九の周囲を「ぐるぐるまわっている」だけだったかもしれない。ただ、彼と一緒に自由に飛び回る「冒険」は楽しかった。そして宮崎県立美術館に戻って作品を眺めると、瑛九はニヤリと笑い、昔着ていた黒マントを翻しながら軽やかに光の中に消えていった。(なかがわ みか)

■中川美香 Mika NAKAGAWA
なかがわ・みか 宮崎県都城市生まれ。都城西高、神戸市外国語大学卒。1993年、宮崎日日新聞社(宮崎市)に入社し、報道部、日南支社、文化部に勤務。2005年から在籍する文化部では美術、音楽、芸能、読書、医療、子育てなどさまざまな担当を受け持つ。これまでに「土呂久からアジアへ(鉱害告発30年)」(3部作)、「埋もれたSOS~都城わが子殺害の衝撃」などを連載。美術関連では「美巡る 宮日美展60年を迎えて」、「総選挙・問われる現代像 宮崎・表現者からの視点」などの連載に携わった。「瑛九 光の冒険」ではデスク兼ライター。
 著書に「ハローベイビーズ! 双子育児で見えたもの」(宮崎日日新聞社発行、問い合わせ=宮日文化情報センター☎0985~27~4737)。自身の双子出産を機に、周産期医療の現場や現代の育児事情などを取材し100回以上続けた連載を単行本化した。現在、日本多胎支援協会「虐待防止のための連携型多胎支援事業」推進委員なども務める。
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瑛九・水彩
瑛九「作品」
1954年 水彩 19.0×14.0cm
画面右下に鉛筆サインと年記

瑛九コンプレックス
瑛九「コンプレックス
1956年 銅版(作家自刷り)
23.2x18.2cm Ed.5
サインあり

30瑛九
「フォトデッサン型紙30」
切り抜き・厚紙
38.2x53.9cm


31瑛九
「フォトデッサン型紙31」
1937年
吹きつけ・厚紙
38.2x56.1cm
"Q Ei 1937"とペンサインあり


32瑛九
「フォトデッサン型紙32」
切り抜き・厚紙
59.7x34.6cm
"Q Ei"とペンサインあり


33瑛九
「フォトデッサン型紙33」
1950年
切り抜き・印画紙
55.6x45.3cm
"Q Ei 1950"とペンサインあり


34瑛九
「フォトデッサン型紙34」
切り抜き・印画紙
55.8x45.5cm


35瑛九
「フォトデッサン型紙35」
切り抜き・印画紙
40.8x52.0cm


36瑛九
「フォトデッサン型紙36」
切り抜き・厚紙
34.5x49.4cm
"Q Ei"とペンサインあり


37瑛九
「フォトデッサン型紙37」
切り抜き・厚紙
38.0x56.2cm


38瑛九
「フォトデッサン型紙38」
切り抜き・厚紙
45.6x56.0cm


39瑛九
「フォトデッサン型紙39」
切り抜き・厚紙
52.5x34.8cm


40瑛九
「フォトデッサン型紙40」
切り抜き・厚紙
38.0x31.5cm


42瑛九
「フォトデッサン型紙42」
切り抜き・印画紙
55.6x45.7cm
"Q"とペンサインあり

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◆ときの忘れものは「第21回瑛九展 46の光のかけら/フォトデッサン型紙」を開催しています。
瑛九展DM600
第21回瑛九展 46の光のかけら/フォトデッサン型紙
会期=2011年9月9日[金]―9月17日[土]
12時~19時 会期中無休

全46点の型紙の裏表両面を掲載した大判のポスター(限定200部、番号入り)を製作しました。
poster_A_600瑛九展ポスター(表)
限定200部
デザイン:DIX-HOUSE
サイズ:84.1x59.4cm(A1)
限定200部(番号入り)
価格:1,500円(税込)
+梱包送料:1,000円


poster_B_600瑛九展ポスター(裏)

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◆「生誕100年記念瑛九展」が埼玉県立近代美術館と、うらわ美術館の2会場で同時開催されています。
会期=9月10日(土)~11月6日(日)