磯崎新『栖十二』より第九信フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸]

こんなことってあるのでしょうか。
二日ほど風邪で寝込んで、新聞も読まずようよう画廊にたどり着いたのですが、来廊されたお客様から辻佐保子先生(美術史家、名古屋大学、お茶の水女子大学名誉教授)が亡くなられたと知らされ呆然としています。
ご主人の故辻邦生先生とともに、私たちがたいへんお世話になった方で、高輪のマンションに原稿の依頼に伺ったり、軽井沢では磯崎新先生を囲むお茶の席に同席させていただきました。
このブログでも一昨日26日に第七信メルニコフの項で「磯崎新 新作版画展」のオープニング(1999年2月22日)におけるお二人の姿を掲載したばかりでした。
このオープニングの僅か五ヵ月後の7月29日に軽井沢で辻邦生先生が亡くなられたのですが、この直前にも私たちは軽井沢でお目にかかっていました。
ご主人の亡くなられた後も、ご自分の研究と辻邦生全集などの刊行に精力的に取り組まれておられました。
辻邦生のために辻佐保子先生の著書『辻邦生のために』で、『栖十二』のパンフレットを使ったある贈り物について書かれ、さらに(あまりの偶然に驚いているのですが)、本日紹介するライトの小住宅についても触れられています。
順番で第一信から紹介し始め(予め下書きしている)、ちょうど本日ご紹介する『栖十二』第九信のパッケージに使われた青焼きは何とご夫妻の山荘の平面図です。
佐保子先生の死去が報じられた日にお二人の『栖(すみか)』の青焼きをご紹介することになるとは・・・・・・
軽井沢ではお隣りさんだったので、佐保子先生はこの『栖十二』連作40点を磯崎先生自ら手彩色している現場も目撃しておられます(辻邦生先生が逝去して間もない9月の軽井沢で)。まさにこの『栖十二』は書簡受取人や磯崎先生を囲む多彩な交友関係の中から生まれた珠玉の作品群でした。
以下、辻佐保子著『辻邦生のために』からの引用です。

「お別れの会」をすませてから、なにか手を動かしている方が気持が落ち着くと思い、私は主人があちこちに溜めておいた短くなった鉛筆の下端を少し削り、そこにクニオと名前を書いて小箱に入れ、一人で「鉛筆供養」をした。お隣の歌人や受験期のお子さんを抱えたお宅では、「おまじない」(お守り)にこのちびた鉛筆を下さいとおっしゃる方もあり、主人は「お役にたてば」と喜んでお分けしていた。
 「字を書く手」にも書いたように、主人は最初のころから原稿は鉛筆でなければ書けない人だったので、長いあいだ一緒に仕事をして下さった親しい担当編集者の方たちにも、同じようにして記念の印に三本ずつ鉛筆をさしあげようと考えた。ある画廊の方が東急ハンズでちょうどよい大きさの細長い箱をみつけて下さったが、ただの白い蓋では淋しいと思い、同じ画廊で出版された磯崎新さんの手彩色版画のパンフレットを切り抜いて貼ることにした。これらの版画は、『栖すみか十二』と題した磯崎さんの著書に挿絵として使われている。それは、世界の著名な建築家が設計した自邸や住宅を訪れて書かれたエッセイ集であり、中には著者自ら設計されたヴェネツィア沖の小島にあるルイージ・ノーノ(作曲家)のお墓も含まれている。さらに、ライト設計のミシガン湖畔にある小住宅に関連して、それを見る前に建てられたにもかかわらず、地形の特徴や内部の空間構成が私たちの山荘にそっくりだったのに驚いたとも書かれている。筆を何度も洗いながら、版画に淡いデリケートな色を塗っていらした日の「イソさん」の仕事ぶりを、お隣のアトリエで見物していた私は、チビ鉛筆の箱に貼るにはこれしかないと思ったのである。

・・・・・辻佐保子『辻邦生のために』新潮社、より>

東急ハンズで社長が探した小さな紙箱は、佐保子先生が一箱づつ丁寧に『栖十二』の挿絵が貼られ、邦生先生の遺品のチビ鉛筆が納められ、ゆかりの編集者たちに贈られました。形見分けのようなその贈り物はもちろん私たちの大切な宝物です。

ご冥福を心よりお祈りいたします。

ギャラリーでは29日まで「磯崎新銅版画展 栖十二」を開催しています。
磯崎新が古今東西の建築家12人に捧げた銅版画連作〈栖十二〉の全40点は1998年夏から翌1999年9月にかけての僅か1年間に制作されました。
予め予約購読者を募り、書簡形式の連刊画文集『栖 十二』―十二章のエッセイと十二点の銅版画―を十二の場所から、十二の日付のある書簡として限定35人に郵送するという、住まいの図書館出版局の植田実編集長のたくみな企画(アイデア)が磯崎先生の制作へのモチベーションを高めたことは間違いありません。
このとき書き下ろした十二章のエッセイは、1999年に住まい学大系第100巻『栖すみか十二』として出版されました。
その経緯は先日のブログをお読みいただくとして、1998~1999年の制作と頒布の同時進行のドキュメントを、各作品と事務局からの毎月(号)の「お便り」を再録することで皆様にご紹介しています。
第九信は、フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸]です。
vol9磯崎新『栖十二』第九信パッケージ

第9信より挿画28_A磯崎新〈栖 十二〉第九信より《挿画28
フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸] 1924-25 カルフォリニア州ハリウッド

第9信より挿画29_A磯崎新〈栖 十二〉第九信より《挿画29
フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸] 1924-25 カルフォリニア州ハリウッド

第9信より挿画30_A磯崎新〈栖 十二〉第九信より《挿画30
フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸] 1924-25 カルフォリニア州ハリウッド

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第九信・事務局連絡

一九九九年六月一五日東京・西池袋郵便局より発送


 第九信、ライトのフリーマン邸をお届けします。

 前回第八信をお送りしたのが四月初め、まだ桜の咲いていない盛岡からでしたから、随分と時間があいてしまいました。今回第九信の書簡の日付は本文にある通り四月一三日付ですから、こうやって画文集の形にして皆様にお届けするのに、二ヵ月もかかってしまったことになります。
 遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。

 磯崎さんは、この画文集のために、まずエッセイ(本文)を執筆し、それと前後してエッチングを制作します。パッケージ表紙と本文にカットとして使うスケッチも描いていただきます。編集作業を終えて、それぞれの担当の職人さん(印刷所、銅版画工房、シルクスクリーン工房、複写屋、製函工場)の手で本文冊子、銅版画、シルクスクリーン刷りのパッケージ(青焼き付き)に仕上げられます。「ときの忘れもの」のスタッフ総出で、手染めの凧糸で一冊一冊をしばり、一通づつ異なる切手を貼って完成です。限定三五部という少部数ですので全てが手作業、ひとつでも手順が狂うと今回のように大幅に遅れてしまいます。
 完成した「書簡」はその都度、磯崎さんゆかりの街(多分に私たちのこじつけもありますが)の郵便局から投函しているのですが、ただその街に行ったのでは面白くない。なるべくなら磯崎さんがらみのイベントのある日を選んでそれに参加して楽しみながら投函したい、とあれこれ予定を立てるのですが、作品の完成時期とうまく一致したためしがないのです。昨夏の秋吉台国際芸術村のオープン、今年一月のなら一〇〇年会館のオープン、そして春の静岡グランシップのオープン記念「シアターオリンピック」、いずれも私たちは書簡受取人の皆さんも誘って駆けつけたのですが、あいにく「書簡」の仕上がりが間に合わず、空しく手ぶらで楽しんできた次第です。前々回第七信は、三月一〇日に茨城県水戸市の水戸五軒町郵便局より発送しました。ご存じ磯崎さん設計の水戸芸術館の直ぐ近くです。
 そして前回第八信は四月五日、石川啄木が歌った不来方の城のすぐ下にある盛岡内丸郵便局より発送しました。三五通を磯崎さんの建築がない盛岡までなぜわざわざ東北新幹線で運んだかというと、ちょうど三月二九日から四月九日までの会期で磯崎さんの版画展が盛岡第一画廊で開催されていたからです。まさに現実の建築はなくとも版画展という形で磯崎さんの建築が盛岡の街に出現したわけです。盛岡第一画廊は市内を流れる中津川にかかる中ノ橋の袂にあるのですが、橋を渡った反対側には磯崎さんの大先輩である辰野金吾(辰野葛西建築事務所)設計の岩手銀行(旧盛岡銀行)の美しい煉瓦の建物があります。私たちは画廊の床に三五通の『栖十二』第八信を並べ、ささやかながら撮影パフォーマンスをしてから、近くの内丸郵便局に向かい投函しました。今回第九信に宮沢賢治の切手が使われているのは、このときの記念に盛岡で切手を買ってきたからです。(文責・綿貫)
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057栖十二第九信青焼き
『栖十二』第九信パッケージ中面の青焼きは磯崎新設計「軽井沢 辻邸平面図」

058栖十二第九信明日館看板
ライトとくれば自由学園明日館、その保存問題が世間をにぎわし、私どもも貧者の一灯で保存運動の応援もしました。

059栖十二第九信明日館解体工事
既に解体工事に入っており、学園事務の女性に無理をお願いして中に入れていただきました。

060栖十二第九信明日館中庭
自由学園明日館の美しい前庭にて。

061栖十二第九信西池袋〒
自由学園明日館の最寄の西池袋郵便局より発送。

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◆ときの忘れものは、2011年12月16日[金]―12月29日[木]「磯崎新銅版画展 栖十二」を開催しています(会期中無休)。
磯崎新展
磯崎新が古今東西の建築家12人に捧げたオマージュとして、12軒の栖を選び、描いた銅版画連作〈栖十二〉全40点を出品、全て作家自身により手彩色が施されています。
この連作を企画した植田実さんによる編集註をお読みください。
参考資料として銅版原版や書簡形式で35人に郵送されたファーストエディションも展示しています。
住まい学大系第100巻『栖すみか十二』も頒布しています(2,600円)。