私の人形制作第31回 井桁裕子

~~「作業中」~~


久しぶりに東京で迎えたお正月中、作業は区切り無く続いていたのですが、お餅を食べると少し新年の気分になりました。
そんな1月もあっというまに半ばを過ぎてしまいました。

作業をしている時は、おおむね音楽をかけているか、無音かどちらかです。
何回も観た外国映画のDVDをかけておいて、その音だけ聞きながら作業をする場合もあります。
音楽はめったに邪魔にならないのですが、ラジオだと面白くなりすぎてしまっていけません。
石膏型を作ったりするような計算通りの仕事ならば、むしろおしゃべりを聞きながらやりたいのです。
しかし、最近は型を作る作業があまり無くなったのでラジオもつけなくなりました。
テレビをつけて作業をする時もあるのですが、そういう場合は、実はできれば純粋にその番組が見たいのであって、作業のほうは優柔不断に続いています。
だんだん油断して作業に気合いが入ってしまうと、番組終盤で出てくる重要なところを見逃してがっかりします。

そんな感じで一日が過ぎるので、どうしても言葉が恋しくなります。
それなのに、テレビをつけてもなんだか騒がしいだけで気分にそぐわなかったりします。
ちゃんとしたまとまりのある言葉と思考に触れるには、どうするか。
すぐそばにある小さな図書館が強い味方です。
何冊か本を借りておいて、休み時間には本を読みます。
その本のイメージが、作業中もずっとついてきます。
いい本と出会うと、その本を読み終わるまでの間、ずっと楽しく居られるわけです。

脳の中の言葉を扱う場所と、造形などをする部分は違うとよく言われますが、たしかにそんな気がします。
言葉の入力はともかく、言葉を組み立てて出力するにはスイッチの切り替えが必要です。
人と会うとあんなによくおしゃべりをするのに、言葉の回路が切れている時は何も出てきません...。
造形したい形の印象とか作業手順を、こぼれないように支えていると、言葉のスイッチが入りません。
印象というのは、なんとなく流体で、脳の中でも私の手は二本しか無いらしいのです。

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写真:Makiko doll /撮影・大西成明


ひとつニュースです。
今月末くらいに書店に並ぶそうなのですが、「魔淫の迷宮 日本のエロティック・アート(相馬俊樹/著、ポット出版)」という本が出版されることになりました。
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http://www.pot.co.jp/books/isbn978-4-7808-0176-7.html

まだ実際の本を見ていませんが、19名の作家が紹介されているとの事で、その中に私の記事もあります。
本が届くのを楽しみにしています。(いげたひろこ)

井桁裕子さんのエッセイは毎月20日の更新です。