小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第17回

ジョエル=ピーター・ウィトキン「Woman once a Bird かつて鳥だった女」

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ジョエル=ピーター・ウィトキン
かつて鳥だった女
より "Woman once a Bird"
1990年
プラチナプリント
イメージサイズ:31.6x27.0cm
シートサイズ:40.0x33.0cm
Ed.100 サインあり

手前に背を向けて座る女性。金属製の拘束具のようなコルセットでウェストはきつく締め上げられ、背中には両側の肩胛骨の下側に沿うように伸び、皮膚を深く抉ったような傷跡が大きく口を開いており、剃り上げられた頭にもいくつか傷跡があります。タイトルにもあるように、背中の傷跡は翼の付け根の跡を表しているのでしょう。腕は身体の前で組んでいるのか、背面からはまったく見えず、膝から下は腰かけた台に隠れ、どっしりとした臀部の量感が強調されています。
モノクロームの画面は周辺部分が黒ずみ、引っ掻き傷、擦り傷のような加工が施されており、アンブロタイプのような19世紀の古写真を思わせるような雰囲気が醸し出されていて、歪な女性の後ろ姿は静寂の靄につつまれた「虚像」として表されているかのようです。
ジョエル=ピーター・ウィトキン(Joel-Peter Witkin, 1939-)は、死やフリークスを主題として、強烈なインパクトを具えた作品を制作しています。彼の作品は、ただ単にグロテスクで不気味という形容に収まらず、主題の選び方や視覚的効果、演出の仕方など、さまざまな点において、過去の芸術作品からの引用や、アレンジ、変調に充ちていて、作品を見る人がそこからさまざまな物語やメタファーを読み取ることができます。

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(図2)マン・レイ 「アングルのヴァイオリン」(1924)
(図3)ホルスト・P・ホルスト「マンボシェ・デザインのコルセット」(1939)

「かつて鳥だった女」(図1)は、写真史上の二つの名作を連想させます。一つは、マン・レイの「アングルのヴァイオリン」(1924)(図2)です。この作品は、マン・レイが当時の恋人キキの背中に、ヴァイオリンのfホールを描き足して、その後ろ姿をヴァイオリンに見立てて撮影したものです。ホルスト・P・ホルストの「マンボシェ・デザインのコルセット」(1939)(図3)です。(図2)では、薄暗い背景から白々とした胴体が浮かび上がり、ターバンと腰に巻いた布で身体が分節され、なだらかな腰のカーブが強調されています。(図3)では、木製の手摺に腰かけ、コルセットをきつく締め上げられた女性が背面から捉えられています。女性が腕を肩の位置まで上げて広げるようなポーズをとることで、ウェストの細さが強調され、照明の効果によって身体が背景からくっきりと浮かび上がり立体感が強調され、大理石の彫像のようにも見えます。いずれの作品においても、モデルの女性の顔は隠され、その身体の一部を美しい「もの」として見立て、念入りに演出を施すことによって、身体そのものの重みや存在感がかき消されている、と言えるかもしれません。
(図2)と(図3)を見た後に、「かつて鳥だった女」(図1)に再び目を向け、ヴァイオリンのfホールと翼の付け根の跡、マンボシュ・デザインのコルセットと金属製の拘束具のようなコルセットという要素を通じて作品を見比べてみましょう。(図2)と(図3)においては、身体を魅惑的な「もの」として仕立て上げるための演出方法が、ウィトキンの作品においては受難、喪失、拘束といった生身の身体が味わう経験を強く印象づける方法へと転化されているのです。また、タイトルにある「かつて鳥だった」という架空の設定は、写真の視覚的なインパクトと相まって、写された女性が実際に経験したことは何だったのか、見る者の想像力を喚起させ、増幅させる働きをしていると言えるでしょう。
(こばやし みか)

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