
宮脇愛子
「Red Echo」
1964年
油彩、大理石粉、ボード
88.5x121.0cm
signed

宮脇愛子
「Work」
1962年
油彩、大理石粉、ボード
60.5x73.0cm
signed
菅野圭介 ―――― Aiko Miyawaki
日本女子大の学生の頃、絵を描き始めて、西村伊作さんの文化学院に通うようになります。自由な校風で素晴らしい先生が沢山おられました。女子大では、日本美術史、桃山文化の狩野永徳、長谷川等伯に熱中していて、大覚寺の紅梅の間で障壁画の模写をするために行ったりしていました。その頃、文化学院の先生より、菅野圭介さんのことを教えていただき、作品を見に行くようになったのです。具象と抽象のはざまのような作品に魅了されました。
『La Rencontre, c´est merveilleuse 宮脇愛子、私が出逢った作家たち』56頁所収

油彩、板
額サイズ29.3x40.3cm
サインあり
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■菅野圭介(すがのけいすけ 1909-1963)
京都帝大を中退し、1935年ヨーロッパに渡り、フランス南東部・グルノーブル在住の画家フランドランに学ぶ。帰国後の1937年、独立美術協会展に《フランダース古城》を出品、彗星の如くあらわれた菅野は独特の色彩感覚で人々を魅了した。単純化された構図と、限られた色彩がふしぎな調和をみせる菅野の作品は、洋画界のあらたな才能として、児島善三郎らの激賞を受けた。
戦後、互いの才能を認め合った三岸節子との「別居結婚」を宣言し世間を驚かせたが、二人の関係はわずか5年で破局を迎えた。画風は色彩も線も、より大胆に、躍動的になり、第2の充実期となる。のちに葉山にアトリエを構え、単純化された構図と、数色に限定された色彩の調和に秀でた個性あふれる作品を制作。東洋的、浪漫的といわれる深い詩情を感じさせる作品を遺すが、1963年病のため53歳の若さで没した。圭哉、惠介とも号した。
2010年4月24日(土)~6月13日(日)に横須賀美術館で回顧展「菅野圭介展 色彩は夢を見よ」が開催された(のち三岸節子記念美術館他を巡回)。
*画廊亭主敬白
昨日7月3日の毎日新聞夕刊の文化欄に宮脇愛子展が大きく取り上げられました。

岸桂子さんという記者の署名記事で、二つの会場を丁寧に取材してくださり、宮脇作品の<ぶれない>本質をきちんと書いてくださいました。ありがとうございます。
宮脇先生の「うつろひ」シリーズはいまや世界中に設置されていますが、岡山県の奈義町現代美術館(磯崎新設計)の中庭もその一つ。
最近、同館に関して興味深い記事をお客様から教えていただいたのでご紹介します。
一つは1994年の開館レセプションで演奏した笙奏者の宮田まゆみさんのインタビュー記事(日刊建設通信新聞)。
もう一つは、宮脇作品が設置されている同館の<池に生き物すみつく>という山陽新聞の記事です。

1998年8月宮脇愛子「うつろひ」の前で、
露天風呂愛好会の面々。
今回のときの忘れものの展示では、宮脇愛子先生と親交の深かったマン・レイ、瀧口修造、斎藤義重、ジオポンティ、阿部展也、ERRO、辻邦生、南桂子、オノサト・トシノブ、菅野圭介、ジャスパー・ジョーンズ、堀内正和、サム・フランシスなどの作品を展示します。
それら作家たちとの交友・影響については、
日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ
「宮脇愛子インタヴュー」をぜひお読みください。
◆『La Rencontre, c´est merveilleuse 宮脇愛子、私が出逢った作家たち』を刊行
2012年6月25日発行:ときの忘れもの
限定200部 宮脇愛子オリジナルシルクスクリーンとDVD付

宮脇愛子、マン・レイ、瀧口修造、斎藤義重、ジオ・ポンティ、阿部展也、エロ、辻邦生、南桂子、オノサト・トシノブ、菅野圭介、ジャスパー・ジョーンズ、堀内正和、サム・フランシス、他
価格:12,600円
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