松本竣介の一点だけの版画
昨日は土曜日、生憎の冷たい雨のなか竣介の故郷岩手から3人もお客様が来てくださいました。
ふるさとはありがたいですね。
11) 松本竣介
《作品》
孔版画
イメージサイズ:17.4x13.0cm
シートサイズ:25.3x18.0cm

2012年12月22日
竣介の版画の前で、
来廊された神奈川県立近代美術館の水沢勉先生と亭主
今回の松本竣介展、版画育ちの亭主としてはこの孔版画を出品できたことがとても嬉しい。
没後幾度も開催された回顧展で竣介の版画が出品されたことは亭主の知る限りありませんでした。
自らのアトリエを綜合工房と名付け、妻禎子と共に、デッサンとエッセイの月刊誌『雑記帳』を刊行した竣介だもの、きっと版画もつくったに違いない、そう思って竣介版画を探したこともありました。
しかしそのときは杳として見つからなかった。
ところが中野淳さんが竣介の唯一と思われる版画を所蔵していることを著書で明らかにされました。やはり版画をつくっていたんですね。

中野淳
『青い絵具の匂い 松本竣介と私』
(中公文庫)

同書105ページに掲載された中野さん所蔵の版画作品、
竣介のサインがされている。
101~106ページにわたり<13 一点だけの版画>と題して竣介版画の制作の経緯が詳述されています。少し長くなりますが、一部を引用させていただきます。
---------------------------
中野淳
13 一点だけの版画
三人展も近づいた某日の午後、育英社の事務机で、私は向かい合って坐っている松本さんが突然、絵を描き出したので瞠目した。国語の問題用紙のザラ紙の裏へ、赤鉛筆でデッサンしている。手早い動きの線で五分ほど形を探っているうちに、くっきりと二重の人の顔が描き出された。女と男か、女と女か、その辺は判然としないが、椅子から立ち上がった松本さんは、出窓の謄写版の上にそのデッサンを置いた。
デッサンの上に謄写版用の原紙を載せると、赤い線描の顔が透けて見える。松本さんは鉄筆を握ると、力強く写し描きをしていった。鉄筆と鉄板が接触してガリガリという、けたたましい高い響きが、狭い室内の空気を震わせた。
飛鳥のような素早い作業は、わずか数分で終わった――。
「こんどの三人展用のポスターを作ろうと思ってね。この絵を貼り込むのさ」
私が何も訊かないのに松本さんは独白しつつ、ローラにインクを付けて刷りはじめる。
複数のエキゾチックな二重の顔が五、六枚に達したとき、
「これくらいで良いかな」
と松本さんは手を休めた。魅惑的な線の誘惑にさそわれて、
「一枚下さい」
と、厚かましく言ってしまった。
「ああ良いよ。サインしてあげる。これは僕の版画だな」
と、色白の横顔を見せて微笑した。
松本竣介、麻生三郎、舟越保武の三人展はその年(昭和二十一年)の十一月一日―四日、銀座・日動画廊でひらかれた。
(中略)
ところで三人展の入口、受付に飾られた松本さんの手作りのポスターだが、例の版画が貼りこまれ洒落た趣だったにもかかわらず、展覧会終了後どこかへ消滅してしまったようである。私も戴いた版画を大切にカルトンに挟んだのは良いが、日々の生活に追われ、いつの間にか忘却の彼方へ埋もれて永い間、見ることもなかった。
それだけにあるとき偶然に絵を見つけたときの歓びは、たとえようもない。いまは額装してアトリエの壁に掛け、松本さんとの過ぎし日の濃密な時間を享受している。おそらく松本竣介のたった一点だけの版画であろうこの絵に、私はひそかに「二つの顔」と名づけている。
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竣介の一点だけの版画は前期のみ(29日まで)の展示です。
どうぞお見逃しなく。
本日(日曜)も明日(月曜)も「松本竣介展」で開廊しています。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
◆ときの忘れものは、12月14日から新春1月19日まで素描30点による「松本竣介展」を開催しています。

前期:2012年12月14日[金]―12月29日[土]
※会期中無休
後期:2013年1月9日[水]―1月19日[土]
※会期中無休
●『松本竣介展』図録
価格:800円
執筆:植田実、16頁、図版30点、略歴
*お申し込みはコチラから。
●ときの忘れものでは松本竣介の希少画集、カタログを特別頒布しています。
●ときの忘れものブログでは、植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」を連載中です。
昨日は土曜日、生憎の冷たい雨のなか竣介の故郷岩手から3人もお客様が来てくださいました。
ふるさとはありがたいですね。

《作品》
孔版画
イメージサイズ:17.4x13.0cm
シートサイズ:25.3x18.0cm

2012年12月22日
竣介の版画の前で、
来廊された神奈川県立近代美術館の水沢勉先生と亭主
今回の松本竣介展、版画育ちの亭主としてはこの孔版画を出品できたことがとても嬉しい。
没後幾度も開催された回顧展で竣介の版画が出品されたことは亭主の知る限りありませんでした。
自らのアトリエを綜合工房と名付け、妻禎子と共に、デッサンとエッセイの月刊誌『雑記帳』を刊行した竣介だもの、きっと版画もつくったに違いない、そう思って竣介版画を探したこともありました。
しかしそのときは杳として見つからなかった。
ところが中野淳さんが竣介の唯一と思われる版画を所蔵していることを著書で明らかにされました。やはり版画をつくっていたんですね。

中野淳
『青い絵具の匂い 松本竣介と私』
(中公文庫)

同書105ページに掲載された中野さん所蔵の版画作品、
竣介のサインがされている。
101~106ページにわたり<13 一点だけの版画>と題して竣介版画の制作の経緯が詳述されています。少し長くなりますが、一部を引用させていただきます。
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中野淳
13 一点だけの版画
三人展も近づいた某日の午後、育英社の事務机で、私は向かい合って坐っている松本さんが突然、絵を描き出したので瞠目した。国語の問題用紙のザラ紙の裏へ、赤鉛筆でデッサンしている。手早い動きの線で五分ほど形を探っているうちに、くっきりと二重の人の顔が描き出された。女と男か、女と女か、その辺は判然としないが、椅子から立ち上がった松本さんは、出窓の謄写版の上にそのデッサンを置いた。
デッサンの上に謄写版用の原紙を載せると、赤い線描の顔が透けて見える。松本さんは鉄筆を握ると、力強く写し描きをしていった。鉄筆と鉄板が接触してガリガリという、けたたましい高い響きが、狭い室内の空気を震わせた。
飛鳥のような素早い作業は、わずか数分で終わった――。
「こんどの三人展用のポスターを作ろうと思ってね。この絵を貼り込むのさ」
私が何も訊かないのに松本さんは独白しつつ、ローラにインクを付けて刷りはじめる。
複数のエキゾチックな二重の顔が五、六枚に達したとき、
「これくらいで良いかな」
と松本さんは手を休めた。魅惑的な線の誘惑にさそわれて、
「一枚下さい」
と、厚かましく言ってしまった。
「ああ良いよ。サインしてあげる。これは僕の版画だな」
と、色白の横顔を見せて微笑した。
松本竣介、麻生三郎、舟越保武の三人展はその年(昭和二十一年)の十一月一日―四日、銀座・日動画廊でひらかれた。
(中略)
ところで三人展の入口、受付に飾られた松本さんの手作りのポスターだが、例の版画が貼りこまれ洒落た趣だったにもかかわらず、展覧会終了後どこかへ消滅してしまったようである。私も戴いた版画を大切にカルトンに挟んだのは良いが、日々の生活に追われ、いつの間にか忘却の彼方へ埋もれて永い間、見ることもなかった。
それだけにあるとき偶然に絵を見つけたときの歓びは、たとえようもない。いまは額装してアトリエの壁に掛け、松本さんとの過ぎし日の濃密な時間を享受している。おそらく松本竣介のたった一点だけの版画であろうこの絵に、私はひそかに「二つの顔」と名づけている。
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竣介の一点だけの版画は前期のみ(29日まで)の展示です。
どうぞお見逃しなく。
本日(日曜)も明日(月曜)も「松本竣介展」で開廊しています。
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◆ときの忘れものは、12月14日から新春1月19日まで素描30点による「松本竣介展」を開催しています。

前期:2012年12月14日[金]―12月29日[土]
※会期中無休
後期:2013年1月9日[水]―1月19日[土]
※会期中無休
●『松本竣介展』図録
価格:800円
執筆:植田実、16頁、図版30点、略歴
*お申し込みはコチラから。
●ときの忘れものでは松本竣介の希少画集、カタログを特別頒布しています。
●ときの忘れものブログでは、植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」を連載中です。
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