◆銀塩写真の魅力 IV展
会期=2013年2月8日[金]―2月16日[土] 12:00-19:00 ※会期中無休
2月8日(金)から開催する「銀塩写真の魅力 IV展」から出品作品を順次ご紹介します。
まずは、植田正治の「妻のいる砂丘風景(III)」と〈砂丘モード〉より「砂丘D」です。

撮影された年代は異なりますが、どちらの作品も鳥取砂丘を舞台にした作品です。
植田正治にとって砂丘は、「どこをどう撮っても写真になる」「巨大なホリゾント」であり、オブジェとして群像を配するには格好の場所でした。
1939年の『少女四態』『群童』、翌年の『茶谷老人とその娘』など、戦前からすでに砂浜を舞台として撮影していましたが、1949年の鳥取砂丘での撮影会で撮影場所としての砂丘に魅せられたことから《砂丘劇場》が始まります。
奥行きのない平坦な画面構成のシュルレアリスムを思わせる作品は、そのオリジナリティが世界的に評価されています。

植田正治植田正治
「妻のいる砂丘風景(III)」
1950年頃(Printed later)
ゼラチンシルバープリント
23.6x28.0cm
サインあり

「妻のいる砂丘風景(III)」は、「砂丘」シリーズの中でも代表作といえる作品です。砂丘による地平線と海の水平線、ホリゾントを効果的に使った美しい作品であり、人物の配置や影の方向までもが絶妙で、撮影する時間帯を考えて撮られたことが推察されます。

植田正治2植田正治
〈砂丘モード〉より「砂丘D」
1983年
ゼラチンシルバープリント
55.7x43.5cm
サインあり

「砂丘D」は初めて撮影した商業写真群の中の一枚です。当時、最愛の妻に先立たれた植田正治が失意の中、息子の提案によってデザイナー菊地武夫の秋冬コレクションを撮影したものです。
砂丘をバックに展開される大胆な空間構成のモード写真は当時たいへんな反響を呼び、新しい写真表現として注目を集め、植田は復活し活動の場を広げていきました。
どちらの作品も、時代が移り変わっても尚その輝きを失うことなく、私たちに新鮮なインパクトを与えてくれます。
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植田正治 Shoji UEDA(1913-2000)
1913年、鳥取県生まれ。15歳頃から写真に夢中になる。1932年上京、オリエンタル写真学校に学ぶ。第8期生として卒業後、郷里に帰り19歳で営業写真館を開業。この頃より、写真雑誌や展覧会に次々と入選、特に群像演出写真が注目される。1937年石津良介の呼びかけで「中国写真家集団」の創立に参加。1949年山陰の空・地平線・砂浜などを背景に、被写体をオブジェのように配置した演出写真は、植田調(Ueda-cho)と呼ばれ世界中で高い評価を得る。1950年写真家集団エタン派を結成。
1954年第2回二科賞受賞。1958年ニューヨーク近代美術館出展。1975年第25回日本写真協会賞年度賞受賞。1978年文化庁創設10周年記念功労者表彰を受ける。1989年第39回日本写真協会功労賞受賞。1996年鳥取県岸本町に植田正治写真美術館開館。1996年フランス共和国の芸術文化勲章を授与される。2000年歿(享年88)。2005~2008年ヨーロッパで大規模な回顧展が巡回、近年さらに評価が高まっている。

◆ときの忘れものは、2013年2月8日[金]―2月16日[土]「銀塩写真の魅力 IV展」を開催します。
魔方陣
銀塩写真のモノクロームプリントの持つ豊かな表現力と創造性をご覧いただくシリーズも4回目を迎えました。
本展では、植田正治細江英公五味彬大竹昭子、佐藤理、北井一夫、村越としやエドワード・スタイケンロベール・ドアノーアンリ・カルティエ=ブレッソンロバート・メープルソープウィン・バロックジョック・スタージスらのモノクローム作品約20点をご覧いただきます。