君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第5回
「阿修羅」
先月、長野県茅野市の出身である矢崎虎夫(1904 - 1988)の彫刻を集めた、蓼科高原美術館「矢崎虎夫記念館」を訪れた。矢崎は東京美術学校で平櫛田中に師事し、院展や日展での発表をした後、1964年にフランスへ渡り、オシップ・ザッキンに師事している。平櫛田中とザッキンに師事しているという事には、不思議な感じもしたが、矢崎の作風を見ていると納得できる部分もあった。
全体として仏教をテーマにした作品が多く、仏像彫刻も何点か展示されている。シルクロードをテーマにした作品などは、形骸化した仏教のイメージとも捉えられ、このような作品にはあまり心を動かせられなかった。しかし、日蓮をはじめとして、人物像としての僧侶像は見応えのある作品が多かった。特に矢崎の代表作《雲水群像》は、僧侶の群像という珍しいテーマであり、ジョージ・シーガルの群像作品のような、多数の人物像によって構成された迫力によって、結合する魂のような重圧さを感じた。この像は神奈川県の総持寺だけではなく、パリ市内の公園にも展示がされているという。同じ彫刻作品が、公園と宗教施設内に展示された時の差異についても改めて検討を行ないたいが、仏師の制作した仏像と彫刻家の制作した仏像の差異についての研究は、今後の自分自身の課題となりそうである。
矢崎の作品の中で特に気になったものは、《阿修羅》というブロンズ彫刻であった。この作品は1965年にパリのGALERIE du FOYER des ARTISTESで行われ個展の際にポスターの写真に使用されていた作品である。説明文によると、ポスターは貼り直しても貼り直しても盗まれてしまうほどの人気であったという。この《阿修羅》は、ジャコメッティのように細い身体で胴体の中心が空洞となっている。三面六臂の身体以外によってそれが阿修羅の像であることが理解できる要素はない。
このような細身の阿修羅は、興福寺の阿修羅像をモデルとしているのであろう。興福寺の阿修羅像は中性的な顔立ちや憂いを秘めた表情で人気がある。しかし、他の阿修羅像が忿怒の表情で筋肉質な体型をしており、興福寺の像が特異な像であることが、理解できる。阿修羅はアジアの様々な信仰の中から生まれた存在であり、単純に仏教の文脈からは語ることができない。この阿修羅像の複雑な成り立ちに関しては、北進一の『アシュラブック』に詳しい。興福寺の阿修羅像の人気は、造形的な魅力だけではなく多くの要素によって成り立っていることも関係するのかもしれない。

そして、興福寺のの阿修羅像のみに見られる細身で中性的な姿は、矢崎をはじめ多くの作家に影響を与えているのであろう。今回の長野の調査は、彫刻とは何か、仏像とは何か改めて考える良い機会となった。
(きみじまあやこ)
■君島彩子 Ayako KIMIJIMA(1980-)
1980年生まれ。2004年和光大学表現学部芸術学科卒業。現在、大正大学大学院文学研究科在学。
主な個展:2012年ときの忘れもの、2009年タチカワ銀座スペース ���tte、2008年羽田空港 ANAラウンジ、2007年新宿プロムナードギャラリー、2006年UPLINK GALLERY、現代Heigths/Gallery Den、2003年みずほ銀行数寄屋橋支店ストリートギャラリー、1997年Lieu-Place。主なグループ展:2007年8th SICF 招待作家、2006年7th SICF、浅井隆賞、第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展。
◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
・大竹昭子さんのエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
・土渕信彦さんのエッセイ「瀧口修造の箱舟」は毎月5日の更新です。
・君島彩子さんのエッセイ「墨と仏像と私」は毎月8日の更新です。
・植田実さんのエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
同じく植田実さんのエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」は最終回を迎えました。
「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
・鳥取絹子さんのエッセイ「百瀬恒彦の百夜一夜」は毎月16日の更新です。
・井桁裕子さんのエッセイ「私の人形制作」は毎月20日の更新です。
バックナンバーはコチラです。
・小林美香さんの新連載「母さん目線の写真史」は毎月25日の更新です。
・新連載「スタッフSの海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
・故・針生一郎の「現代日本版画家群像」の再録掲載は毎月28日の更新です。
・浜田宏司さんのエッセイ「展覧会ナナメ読み」は随時更新します。
・荒井由泰さんのエッセイ「マイコレクション物語」は終了しました。
・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
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「阿修羅」
先月、長野県茅野市の出身である矢崎虎夫(1904 - 1988)の彫刻を集めた、蓼科高原美術館「矢崎虎夫記念館」を訪れた。矢崎は東京美術学校で平櫛田中に師事し、院展や日展での発表をした後、1964年にフランスへ渡り、オシップ・ザッキンに師事している。平櫛田中とザッキンに師事しているという事には、不思議な感じもしたが、矢崎の作風を見ていると納得できる部分もあった。
全体として仏教をテーマにした作品が多く、仏像彫刻も何点か展示されている。シルクロードをテーマにした作品などは、形骸化した仏教のイメージとも捉えられ、このような作品にはあまり心を動かせられなかった。しかし、日蓮をはじめとして、人物像としての僧侶像は見応えのある作品が多かった。特に矢崎の代表作《雲水群像》は、僧侶の群像という珍しいテーマであり、ジョージ・シーガルの群像作品のような、多数の人物像によって構成された迫力によって、結合する魂のような重圧さを感じた。この像は神奈川県の総持寺だけではなく、パリ市内の公園にも展示がされているという。同じ彫刻作品が、公園と宗教施設内に展示された時の差異についても改めて検討を行ないたいが、仏師の制作した仏像と彫刻家の制作した仏像の差異についての研究は、今後の自分自身の課題となりそうである。
矢崎の作品の中で特に気になったものは、《阿修羅》というブロンズ彫刻であった。この作品は1965年にパリのGALERIE du FOYER des ARTISTESで行われ個展の際にポスターの写真に使用されていた作品である。説明文によると、ポスターは貼り直しても貼り直しても盗まれてしまうほどの人気であったという。この《阿修羅》は、ジャコメッティのように細い身体で胴体の中心が空洞となっている。三面六臂の身体以外によってそれが阿修羅の像であることが理解できる要素はない。
このような細身の阿修羅は、興福寺の阿修羅像をモデルとしているのであろう。興福寺の阿修羅像は中性的な顔立ちや憂いを秘めた表情で人気がある。しかし、他の阿修羅像が忿怒の表情で筋肉質な体型をしており、興福寺の像が特異な像であることが、理解できる。阿修羅はアジアの様々な信仰の中から生まれた存在であり、単純に仏教の文脈からは語ることができない。この阿修羅像の複雑な成り立ちに関しては、北進一の『アシュラブック』に詳しい。興福寺の阿修羅像の人気は、造形的な魅力だけではなく多くの要素によって成り立っていることも関係するのかもしれない。

そして、興福寺のの阿修羅像のみに見られる細身で中性的な姿は、矢崎をはじめ多くの作家に影響を与えているのであろう。今回の長野の調査は、彫刻とは何か、仏像とは何か改めて考える良い機会となった。
(きみじまあやこ)
■君島彩子 Ayako KIMIJIMA(1980-)
1980年生まれ。2004年和光大学表現学部芸術学科卒業。現在、大正大学大学院文学研究科在学。
主な個展:2012年ときの忘れもの、2009年タチカワ銀座スペース ���tte、2008年羽田空港 ANAラウンジ、2007年新宿プロムナードギャラリー、2006年UPLINK GALLERY、現代Heigths/Gallery Den、2003年みずほ銀行数寄屋橋支店ストリートギャラリー、1997年Lieu-Place。主なグループ展:2007年8th SICF 招待作家、2006年7th SICF、浅井隆賞、第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展。
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・土渕信彦さんのエッセイ「瀧口修造の箱舟」は毎月5日の更新です。
・君島彩子さんのエッセイ「墨と仏像と私」は毎月8日の更新です。
・植田実さんのエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
同じく植田実さんのエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」は最終回を迎えました。
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・井桁裕子さんのエッセイ「私の人形制作」は毎月20日の更新です。
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