暑さがぶりかえしたようで、昨日も猛烈な暑さで頭がくらくら。
スタッフたちと倉庫で来月のソウルのアートフェア(KIAF)の荷造りの作業をするはずが体調を崩し寝込んでしまいました。
油断するとちょっとしたきっかけで寝込む、歳のせいですね。
週末からは出張を予定しているのですが・・・・
今春3月にときの忘れもので開催した「GUTAI 具体 Gコレクションより」展は、国内での反応はさっぱりだったのですが、NYのグッゲンハイムの「具体展」の効果でしょう、海外からの問合せが今も続いています。
ネットでターゲットを探し、自らのコレクションの質と量を高める。リサーチのためには優秀なスタッフまで雇う、そういうコレクターとの出会いは刺激的です。
画商は、お客のリクエストに可能な限りお応えするのが仕事です。
いままで「具体」にはあまり縁がなかったのですが、展覧会のおかげでときの忘れものの間口も広がり、勉強しながら新しい作品にめぐり合う毎日です。
この歳になっても新たな出会いと学ぶことが次々と出てくる。
お客(この場合はほとんどが海外)がいなければこういうことにはならない、ありがたいことです。
具体の作家・向井修二の大作をご紹介いましょう。
向井修二
《げんき△(さんかく)》
1993
カンバスと合板に塗料
165.0×162.0cm
裏面に筆でサインと年記あり
■向井修二(むかい しゅうじ)
1939(昭和14)年~
神戸に生まれる。中学時代芦屋に住み、野外具体美術展(1956年)を見るが、当時はまだ具体を意識することはなかった。最初音楽の道を志すが受験に失敗、大阪美術学校に入学する。1959年西宮市美術協会で元永定正と出会い、第8回具体美術展に出品。翌年大阪美術学校卒業、具体会員となり解散まで在籍する。
1961年、無意味な記号の集積による作品で一躍注目を集める。第10回具体美術展における《記号の部屋》、「だいじょうぶ月はおちない」における《顔と記号》など、自らの身体を含むあらゆるものを記号で埋め尽くし同質化するというハプニングを行う。1965年手元にあった全作品を焼却、作品は創造行為の排泄物に過ぎないという立場を貫くが、作品の生成過程、コンセプトを重視する態度は初期具体における一連の実験を受け継ぐものであった。
作品焼却後も記号を用いた立体作品をたびたび発表しているが、以前の作品のような圧倒的なパワーは薄らいでいるようである。やがてその関心は美術からビジネスへと移行する。「ムカイアートコミュニティ」の社長として、かつて記号によってあらゆる価値体系を無効にすることを企てたのと同様、向井はビジネスにおける価値の操作、再編に挑戦するが、1993年突如として社を解散、創造活動に復帰した。 (A.Y)
『具体展 I・II・III』(1994年 芦屋市立美術博物館)図録より引用
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
●カタログのご案内
『具体 Gコレクションより』展図録
2013年 16ページ 25.6x18.1cm
執筆:石山修武 図版15点
略歴:白髪一雄、吉原治良、松谷武判、上前智祐、堀尾貞治、高﨑元尚、鷲見康夫
価格:800円(税込)
※送料別途250円
※お申し込みはコチラから。
スタッフたちと倉庫で来月のソウルのアートフェア(KIAF)の荷造りの作業をするはずが体調を崩し寝込んでしまいました。
油断するとちょっとしたきっかけで寝込む、歳のせいですね。
週末からは出張を予定しているのですが・・・・
今春3月にときの忘れもので開催した「GUTAI 具体 Gコレクションより」展は、国内での反応はさっぱりだったのですが、NYのグッゲンハイムの「具体展」の効果でしょう、海外からの問合せが今も続いています。
ネットでターゲットを探し、自らのコレクションの質と量を高める。リサーチのためには優秀なスタッフまで雇う、そういうコレクターとの出会いは刺激的です。
画商は、お客のリクエストに可能な限りお応えするのが仕事です。
いままで「具体」にはあまり縁がなかったのですが、展覧会のおかげでときの忘れものの間口も広がり、勉強しながら新しい作品にめぐり合う毎日です。
この歳になっても新たな出会いと学ぶことが次々と出てくる。
お客(この場合はほとんどが海外)がいなければこういうことにはならない、ありがたいことです。
具体の作家・向井修二の大作をご紹介いましょう。

《げんき△(さんかく)》
1993
カンバスと合板に塗料
165.0×162.0cm
裏面に筆でサインと年記あり
■向井修二(むかい しゅうじ)
1939(昭和14)年~
神戸に生まれる。中学時代芦屋に住み、野外具体美術展(1956年)を見るが、当時はまだ具体を意識することはなかった。最初音楽の道を志すが受験に失敗、大阪美術学校に入学する。1959年西宮市美術協会で元永定正と出会い、第8回具体美術展に出品。翌年大阪美術学校卒業、具体会員となり解散まで在籍する。
1961年、無意味な記号の集積による作品で一躍注目を集める。第10回具体美術展における《記号の部屋》、「だいじょうぶ月はおちない」における《顔と記号》など、自らの身体を含むあらゆるものを記号で埋め尽くし同質化するというハプニングを行う。1965年手元にあった全作品を焼却、作品は創造行為の排泄物に過ぎないという立場を貫くが、作品の生成過程、コンセプトを重視する態度は初期具体における一連の実験を受け継ぐものであった。
作品焼却後も記号を用いた立体作品をたびたび発表しているが、以前の作品のような圧倒的なパワーは薄らいでいるようである。やがてその関心は美術からビジネスへと移行する。「ムカイアートコミュニティ」の社長として、かつて記号によってあらゆる価値体系を無効にすることを企てたのと同様、向井はビジネスにおける価値の操作、再編に挑戦するが、1993年突如として社を解散、創造活動に復帰した。 (A.Y)
『具体展 I・II・III』(1994年 芦屋市立美術博物館)図録より引用
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2013年 16ページ 25.6x18.1cm
執筆:石山修武 図版15点
略歴:白髪一雄、吉原治良、松谷武判、上前智祐、堀尾貞治、高﨑元尚、鷲見康夫
価格:800円(税込)
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