瑛九のフォート・デッサン 

滝口修造


 写真は光線の言葉だといわれます。私たちは毎日のようにグラフや映画に接して、この光線の世界語を読むのに慣れています。ところで、このすばらしい光の話し言葉で私たちの夢や詩を表現できないわけはないし、できれば実にすばらしいことなのです。
 レンズのない写真はすでにモホリ・ナギーやマン・レイなどによつてフォート・グラムやレオグラフイとして開拓されていますが、瑛九氏はフォート・デッサンとしてこの方法をさらに自由に駆使して独自の世界を展開しています。彼は油絵画家でもあり、その点すぐれた色彩家でもありますがこれらの作品を見ると色彩のないことがすこしも悔まれないのです。光は抽象され、結晶したり、漾つたり、屈折したり、溢れたり、あるいは深いねむりに落ちたり、時には微笑んだり、悲しんだりしています。
 このような光画を見ると、腐蝕銅版画を近代化した、光りによる新しい創作版画と云つてよいように思われます。普通写真とならんで、この表現の世界はもつと探求されねばならないし、利用されねばなりません。
 瑛九氏は画家として、わが国では早くからこの方向をほとんど本能的に摑んでいる稀少な芸術家だと思いますが、この展覧会で彼の仕事が充分に評価されると同時に、このような造形言語があらたに再検討されるように期待したいものです。

「瑛九 フォート・デッサン展」目録より、日本橋・高島屋 1955年1月
*初出には「滝口修造」と記載されているので、そのまま転載しました。
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ただいま開催中の「第24回瑛九展 瑛九と瀧口修造」では、瑛九のよき理解者であった瀧口修造にスポットをあてています。
瀧口が執筆した7つのテキストを、ご遺族のご許可をいただいて順次再録します。
土渕信彦のエッセイ~瀧口修造の箱舟」とあわせ、お読みください。

●「瑛九へ」『ノートから、1951』/』『コレクション 瀧口修造 4』所収

●「瑛九のエッチング」『美術手帖』No.74 1953年10月号 美術出版社

●「瑛九のフォート・デッサン」『瑛九 フォート・デッサン展』図録 1955年1月 日本橋・高島屋 

●「ひとつの軌跡 瑛九をいたむ」『美術手帖』1960年5月号

●「通りすぎるもの……」1966年4月 瑛九の会機関誌『眠りの理由』創刊号

●「『瑛九』を待ちながら」山田光春著『瑛九』内容見本 1976年6月 青龍洞

●「瑛九の訪れ」『現代美術の父 瑛九展』図録 1979年6月 小田急グランドギャラリー(瑛九展開催委員会主催)

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ときの忘れものの企画展は会期中無休ですが、いつもは月曜日(つまり昨日)が一番閑散としています。
一日数人、一人なんてこともあります。
という統計的ヒマ度に基づき昨日は珍しく亭主がひとり留守番を引き受けました(社長は家事洗濯で忙しいし、スタッフはULTRAにかかりっきり)。
溜まった郵便物の整理でもしながらのんびりと過ごそうと思いきや、とんでもない。千客万来、特に夕方暗くなってから次から次へと来客が相次ぎました。
のんびりどころではなく、亭主は階段を登ったり下ったり、お茶も何杯いれたことでしょう。
瑛九だけじゃこんなには来ない。恐らく瀧口修造効果に違いない。
今回、瀧口修造の詩による版画集『スフィンクス』を展示していますが、挿画を描いた6作家のうち、ただお一人ご健在の加藤正先生(87歳!)も来廊されました。

展覧会はあと5日、短い会期ですがぜひお出かけください。
今回出品のフォトデッサンから2点をご紹介します。
瑛九「散歩」
瑛九
散歩
フォトデッサン
54.0×42.8cm
裏面に都夫人のサインあり
*『瑛九作品集』(日本経済新聞社、1997年)151頁所収

大判の文字通り代表作です。

次にご紹介するのは、前回の第23回瑛九展にも以下の画像で出品した作品です。
qei_85_sakuhin
瑛九(題名不詳)
フォトデッサン(変更前)

瑛九のフォトデッサンの多くがサインがありません、年記もタイトルもない場合が多い。
つまりは生前いかに売れていなかったかの証拠みたいなものですが(売れれば必ずサインするでしょうから)、困るのは作品の天地左右です。
これは瑛九を扱う学芸員、研究者、われわれ画商にとっても悩ましい問題でして、作品に何も書かれていなかった場合、その天地左右を決めることが非常に難しい。
具象的なイメージがある場合なら、まあ判断はできるのですが、上掲のような作品は天地の決め手がない。
私たちが上掲のように展示したのは、この作品の額の裏に貼ってある某老舗画廊のシールが根拠でした。
ただし、何となく違和感がありました。
ところが先般、埼玉県立近代美術館が所蔵する<フォトデッサン型紙>の中から、上掲作品とぴたり一致するものが見つかりました。
ご教示いただいた学芸員の方に、心より感謝する次第です。
20130819
A図)
瑛九 型紙(埼玉県立近代美術館所蔵)

瑛九型紙
B図)
瑛九 型紙(埼玉県立近代美術館所蔵)

A図とB図は同じ型紙ですが、こうしてみると明らかにA図が正しい天地だとわかります。
B図は上下逆ですね。
というわけで、天地を埼玉県立近代美術館所蔵型紙に合わせて変更しました。
ホームページやブログの画像はまだそのままですが、早急に修正します。
瑛九フォトデッサン天地変更後
瑛九
作品
フォトデッサン
29.5×23.3cm

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◆ときの忘れものは2013年10月26日[土]―11月2日[土]「第24回瑛九展 瑛九と瀧口修造」を開催しています(※会期中無休)。
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瑛九のよき理解者であった瀧口修造との関係にスポットをあてます。瑛九の油彩、水彩、フォトデッサン、版画とともに、瀧口修造のデカルコマニーや瀧口の詩による版画集『スフィンクス』を展示します。

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