君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」 第8回

「塑像について」


立体の美術作品のことを、技法によって「彫刻」「彫塑」と呼んでいる。しかし、一般的に定着しているのは「彫刻」の方である。「彫刻」という言葉は「彫塑」を含むが、「彫塑」には「彫刻」を含めない。

明治時代に「sculpture」の訳語として、「彫刻」と「彫塑」のどちらを用いるのか論争になったらしい。最終的に「彫刻」の方が広く使用されるようになったのは、近世まで制作されてきた仏像が木彫中心だったからではないのかと、私は予想している。

一木造りの仏像、さらに立木仏は霊木信仰などとも重なり、日本では木彫の仏像に対する独自の信仰が生まれた。そして、様々な仏像が木を彫る事によって作られたのである。奈良や鎌倉の大仏のように銅を鋳造した有名な仏像もある、けれども日本の仏像は木で作られたものが最も多い。そんな信仰を考えると、木の内側から彫り出すことによって表面化するイメージには、sculptureとは違う感覚があるのではないかとすら思える。

最近の美術批評では、「平面」に対して「立体」の語を使用する事が多いが、「彫刻」は、まだ根強く使用されている。街でよく見かけるブロンズ像は粘土で原型を作るが、皆「彫刻」と呼んでいる。そんなわけで少し影の薄い「彫塑」という言葉だが、土偶や埴輪のように粘土で作った造形の歴史は古く、粘土で作った仏像にも素晴らしい像がたくさんある。

月光_600


今回のスケッチは東大寺法華堂の月光菩薩像である。なんとなく日光菩薩像に似てしまったが、月光菩薩の方である。日光・月光菩薩は法華堂の本尊である不空羂索観音像の左右に立つ。日光・月光菩薩の呼び方は江戸以前の文献には出てこないため、制作された当初は、梵天・帝釈天像であったのではないかと考えられている。そのため、この像は「伝日光・月光菩薩像」と表記されていることが多い。

 長い間、他のお堂から移された仏像だと考えられてきたが、2009年に奥健夫氏が、日光・月光菩薩像は当初から法華堂の不空羂索観音の眷属として立っていた可能性が高いと論文で発表したことは記憶に新しい。奥氏は、須弥壇上にある八角台座下段の痕跡が日光・月光菩薩像の台座底面輪郭と一致すると述べている。さらに、東大寺戒壇院の四天王像も、共に置かれていた跡が残されているとあることから、東大寺に残されている国宝の塑像は、もともと一緒に祀られていたことになる。不空羂索観音像の周りを繊細な表情の塑像が取り囲んでいる姿を想像すると少しゾクッとした。勿論、作られた当初は極彩色であったのだが、今の姿で並べてみても美しいだろう。

現存する塑像の作例は少ない。耐久性の問題からあまり残っていないのだろう。しかし1000年以上の経年変化によって退色し、お堂の中で白く輝く像には独特の雰囲気があって私は好きである。そこに微かに残る色彩に流れた時を感じ、塑像独特の柔らかい質感に、木とは別の生命感を感じるのかもしれない。

話は変わるが、この夏、僧侶達と一緒に粘土で仏像を作るワークショップを行った。仏像彫刻とは異なり、誰でも手軽に造形を作ることができる粘土は便利である。同じ量の粘土から様々な仏像が作られた。仏像を見るばかりでなく、実際に作ってみるのも新しい発見があるかもしれないと思える経験であった。
(きみじまあやこ)

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君島彩子 Ayako KIMIJIMA(1980-)
1980年生まれ。2004年和光大学表現学部芸術学科卒業。現在、大正大学大学院文学研究科在学。
主な個展:2012年ときの忘れもの、2009年タチカワ銀座スペース ���tte、2008年羽田空港 ANAラウンジ、2007年新宿プロムナードギャラリー、2006年UPLINK GALLERY、現代Heigths/Gallery Den、2003年みずほ銀行数寄屋橋支店ストリートギャラリー、1997年Lieu-Place。主なグループ展:2007年8th SICF 招待作家、2006年7th SICF、浅井隆賞、第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展。

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