ILLUMINANT SCENE 1 作家のアトリエから その一
宮脇愛子×植田実(1982)


空にドローイングするというそんな自由なものが欲しい

アトリエというところは妙な場所である。単に仕事場とだけいうのなら、もっと事務所的な味気なさが感じられる筈だし、あくまで作家個人の創造のための厳粛な空間とするなら、こんなにまで第三者の心を躍らせる筈がない。実際、アトリエという空間には、この奇妙な興奮と好奇心、そして一種の緊張感と安堵感が満ちている。そこでこれから数回に亘り、そのアトリエに作家を訪ね、ものが生まれる現場からのインタビューをお届けしようと思う。インタビュアーは建築誌『GA』の編集者で建築・都市論を中心に評論、エッセーも多い植田実氏。美術という枠を超えて、作家の世界がどのように映し出されるかに注目したい。

●ヨーロッパ、アメリカ旅行から帰られたばかりの宮脇さん、最近はずっとお元気だと思っていたけれど、元気すぎてちょっと無理をしてしまったらしい。パリで体調をくずされたとかで、あまり良い状態でのインタビューではなかったようだ。軽井沢へ静養へ行かれるので出来ればあちらでという宮脇さんの希望だったが、そこを無理に時間を割いて頂いた。インタビューはしばらく病気のこと、ベニスやパリでの話などを間にはさんで進行したが、途中、腹ごしらえに寄ったソバ屋さんでもテープを回したので多少前後するところもある。少しかわった病み上りインタビューとなった。 1982年7月14日宮脇愛子氏宅
photo by 酒井猛6001982年7月14日
撮影:酒井猛

石だって重いから みんなギックリ腰になる
植田 御茶の水にいらした頃は、お住まいの一隅がちょっとした仕事場になっていましたね。遊びにうかがったついでに、材料や道具の置かれているのを見るのはなかなか楽しいものでしたけれど、今はアトリエをお住まいから完全に切り離していらっしゃるわけ?
宮脇 駒込にね。いらしたことありますか。六義園のそばだから、今日あたり行くと涼しくて良かったかもしれなかったんですが――。
植田 アトリエには規則的に通っておられるんですか。
宮脇 えゝ、まあ、そうですね。自分一人になれるでしょう、電話もないから。
植田 駒込では材料に触ってられる時間がやはり多いのかな?
宮脇 そういうことが多いですね。それからドローイングしてるときとか、ボンヤリしてるときが多いかしら。
植田 製作のときは、宮脇さん御自身が材料に触れられる?
宮脇 もちろんです。材料を自分でさわれないということはさびしいですから。手を使わないでいると、フラストになってしまいますね。
植田 このところずっとお元気だったし、一昔前よりかえってお若く見えるくらいで、宮脇さんの作品について書く人はついそんなことにも触れてしまうという感じがあったほどですが、今度のヨーロッパ旅行ではお元気すぎて無理をしてしまい、それでダウンされたんでしょう。
宮脇 本当にそうなんです。夜おそくまで楽しくやりすぎて。それで磯崎(御主人の建築家・磯崎新氏)なんかは、罰が当ったんだ、だから同情はしないって。(笑)
植田 彫刻家の方に対しては、とくに健康にされているかどうか気になりますね。ただ病気をしていない、というだけじゃすまない、もっと体力的にも積極性が感じられるような健康が必要でしょう? とくに、宮脇さんは金属を多く扱っていらっしゃるけれど、石や粘土とくらべ、金属というのはとくにきつい材料だなって気がするんだけど。
宮脇 石だって重いでしょう。みんなぎっくり腰になるわね。(笑) 鍛え方が足りないのかな。

もともとは灰皿の《Golden Egg》
植田 宮脇さんが電気ドリルやハンマーを使われるのはどこか痛々しくて。関根伸夫さんの顔や身体つきで大きな石を扱うというのはぴったりくるんですけど。(笑)金属のきつさというのは、重さや硬さとは別に、もうひとつ何かあるような気がするんですけれど。鋭い切り口をもっていたり、弾性があったり、表面が錆びたり……宮脇さんは、当面は金属中心ですか。
宮脇 石もありますけど。石は……そうですね、嫌いじゃないし、1972年の《Listen to your portrait》は自分のお墓のつもりでつくったんですけど、今でも好きな作品のうちの一つです。ただ、いまは線の仕事に興味がありますから、まだまだこれを追求していきたいんです。
植田 《Golden Egg》というのは、どういうところから出てきた作品なんですか。
宮脇 あれは自分ではじめに型を粘土で作ったんです。最初は正式なディナーの時のテーブル用の灰皿として、あんまり目立つのも目障りだし、ちょっと気にならないものとして考えたんです。
植田 それは意外だ。あれはもともと灰皿なわけ?
宮脇 もともとはそうなんですが――。あんまり奇麗に磨いたんで灰皿には勿体ないということから“げいじゅつひん”になってしまったんです。それと《Golden Egg》というのは、一種みんなの夢でしょう。だからそれのパロディのつもりなんです。
植田 なるほど、じゃあ最初は半分だけだった? じゃなくてあくまでペアの状態?
宮脇 ペアだったんです。
植田 それで”黄味”は抜いてあるわけでしょう?
宮脇 そうです。このあいだアメリカに行ったら、黄味も作ってくれよと言われまして。とてもたい変だと私が言ったら、それはわかるけど、片方に黄味を作って、それでこうのせたいというわけね。(笑)いま研究中なんです。それで、その話で傑作なのは、去年のヘンリー・ムア大賞展に招待されて大きな作品を出品していたでしょう。そしたらフジテレビが、フジ・サンケイグループ広告大賞のトロフィーを作ってくれと言ってきたわけ。それでうつろひの線のトロフィーをはじめにつくったんです。そうでなければ私がつくる意味がないでしょう。そしたらそれでは品が良すぎて影が薄いというわけ。で、たまたま”たまご”が置いてあったので、じゃあこれトロフィーにしませんかと言い出した。
植田 あれをですか。トロフィーだから台の上にのっけるわけですか。
宮脇 そうなの。まるでキッチュよね。そしたら磯崎が面白がって、そこがいいとこだよってね。で、それを後から見るとお坊さんの頭みたいでしょう。それがけっこう評判でして、授賞式には私は出なかったんだけど、みんな欲しがってたらしいんです。
――立ってるわけですね、“たまご”は?
宮脇 立ってるわけ。
植田 それほどの評判だったのなら、今度の作品もすごく売れるんじゃない?(笑)
――今回のは台座はないんですか。
宮脇 もちろん台座なんか無い方がずっと素敵でしょう。ただ、売れるかどうかは知りませんよ。(笑)

●大きな丸テーブルの上にペアになった《Golden Egg》をのせて話をすすめる、初めて手にとってみた植田さん、その意外の重さに少しびっくりした様子。
宮脇愛子golden Egg
宮脇愛子「Golden Egg(A)」

(つづく)
『PRINT COMMUNICATION No.84』現代版画センター 1982年9月より再録
その一
その二
その三

*画廊亭主敬白
先日もご報告した通り、当初は来年春に予定していた新作展ですが、病み上がりにもかかわらず宮脇先生のモチベーションがきわめて高く、次々とハイレベルなドローイングが完成した。
急遽年末開催が決まった次第でカタログは無理かなあと迷っていたら、「簡単なパンフレットでもいいからつくらないと何も残らない、駄目よ。」と宮脇先生にお叱りを受けた。
どなたかにテキストを依頼するのも時間的に厳しい。そこで思い出したのが、亭主が刊行していた現代版画センターの機関誌『PRINT COMMUNICATION 版画センターニュース』に連載した植田実先生のアトリエ訪問記だった。第一回が宮脇先生で第二回は草間彌生先生だった。いずれも単行本類には未収録なのでこの機会に今回のカタログに再録することにしました。
今から30年前の若いお二人の姿がすがすがしいですね。
このブログでも今日から3回にわけて再録します。

12月7日の宮脇先生を囲んでのレセプションには私たちが驚くほどのたくさんのお客様が来廊されました。
DSC00452
2013年12月7日
上掲対談から30年後のお二人。

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2013年12月7日
宮脇愛子展レセプションにて
槙文彦さんご夫妻と山本理顕さん(右)。

宮脇愛子新作展2013」より順次出品作品をご紹介します。
出品番号4番
miyawaki_04
宮脇愛子"Work"
2013年
紙に墨と銀ペン
イメージサイズ:32.2×49.6cm
シートサイズ :33.4×49.6cm
サインと年記あり

出品番号9番
miyawaki_09
宮脇愛子"Work"
2013年
紙に墨と銀ペン
イメージサイズ:49.5×39.7cm
シートサイズ :49.5×39.7cm
サインと年記あり

出品番号10番
miyawaki_10
宮脇愛子"Work"
2013年
ミクスドメディア
イメージサイズ:52.5×46.1cm
シートサイズ :52.5×46.1cm
サインと年記あり

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◆ときの忘れものは2013年12月4日(水)ー12月14日(土)今秋84歳を迎えられた宮脇愛子先生の新作ドローイング及び立体による「宮脇愛子新作展2013」を開催しています。
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●『宮脇愛子新作展2013』カタログを制作しました
表紙『宮脇愛子新作展2013』
2013年 ときの忘れもの 発行
16ページ
25.7x18.3cm
図版:16点

※現代版画センター刊『PRINT COMMUNICATION No.84』(1982年9月)に収録された宮脇愛子と植田実の対談を再録
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