飯沢耕太郎「日本の写真家たち」第6回
西村多美子(NISHIMURA Tamiko 1948〜)

飯沢耕太郎(写真評論家)


 西村多美子は1948年に東京で生まれ、東京写真専門学院(現東京ビジュアルアーツ)で学んだ。在学中は唐十郎が主宰するアングラ劇団「状況劇場」の役者たちの写真を撮影していた。1970年の日米安保条約改定を巡って、政治・経済の体制への異議申し立てが相次ぎ、日本中が騒然としていた時期である。
 1969年に東京写真専門学院卒業後、西村は北海道から沖縄まで日本全国を旅し始めた。この時期には、個人的な動機で旅をしながら写真を撮るというスタイルが、若い写真家たちの心を捉えつつあった。カメラ雑誌に「何かへの旅」(1971年)を連載した森山大道をはじめとして、須田一政、北井一夫、土田ヒロミらが、カメラを手に東京から地方に出かけていったのだ。高度経済成長と都市化の進行によって、東京や大阪のような大都市と地方との差がなくなってきて、日本各地に残る伝統的な暮らしのあり方が失われつつあったことも、彼らを動かす大きな動機になったのではないだろうか。そんな時、母校の出版局から、写真集を出さないかという話がくる。それまで撮りためていた写真をまとめて出版することにした。
 西村の写真集『しきしま』(東京写真専門学院出版局)は1973年に刊行された。タイトルの「しきしま」は日本の古名である「大和」に掛かる枕詞であり、この写真集には1969〜72年に撮影された北海道、東北、北陸地方を中心とした旅の写真がおさめられている。それらを見ると、西村が民俗学や社会的なドキュメンタリーへの関心とはまったく無縁に、あくまでも自らの生理的な反応に促されてシャッターを切っていることがわかる。とはいえ、徹底してプライヴェートな旅の体験にこだわりながらも、そこには1960〜70年代の日本の空気感が生々しく写り込んでいる。
 西村がこの時期に撮影した写真群は、その後あまり言及されることなく、ほぼ忘れ去られていた。ところが、2010年代以降になって、ふたたび脚光を浴びるようになる。2011年には写真集『実存―状況劇場 1968-69』(グラフィカ編集室)が12年には『憧景』(同)が出版された。そして2014年には再編集版の『しきしま』(禪フォトギャラリー)が刊行され、展覧会も相次いで開催されている。単純なノスタルジアというだけではなく、西村の写真の切なく、心揺さぶる魅力が、ふたたび認められてきたということだろう。
(いいざわこうたろう)
nishimura_02
西村多美子 Tamiko NISHIMURA
出品番号2:《函館、北海道》
(憧景p.28)
1970年代初期
ヴィンテージゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:36.5×54.7cm
シートサイズ :44.6×54.7cm
サインあり

nishimura_28
西村多美子 Tamiko NISHIMURA
出品番号28:《大曲、秋田県》
(憧景p.56-57)
1970年代初期
ヴィンテージゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:15.0×23.2cm
シートサイズ :25.3×30.8cm
サインあり

*画廊亭主敬白
飯沢先生の「日本の写真家たち」は海外のコレクターに向けて、日本の写真家を紹介する目的で連載をお願いしています。まずこのブログに掲載し、次にスタッフの新澤が英訳して英文のホームページに掲載しています。前回(第5回牛腸茂雄)から少し間が開いてしまいましたが、第6回は昨日から個展が始まった西村多美子さんを取り上げていただきました。
亭主の友人・平嶋彰彦が「知る人ぞ知る」と喝破しましたが、お恥ずかしい話、知らぬは亭主ばかりなり。ホームページに出品リストを掲載するや、何人もの方からお問い合わせやご注文をいただきました。ときの忘れものの写真展で初日に複数の赤丸がついたことなど、実に久しぶりでした。
厳しい冷気(まさに西村さんの写真を体感するような)の中、初日にいらした皆さん、熱い写真談義、70年代談義を繰り広げていました。
夕方にいらした常連のОさんに「70年代を象徴してますよね」などと言ったら、「ボクは1974年生まれ」ですと言われ、しゅん! 

◆ときの忘れものは2014年2月5日[水]―2月22日[土]「西村多美子写真展―憧景」を開催しています。
出品リストはホームページに掲載しました。
DM
本展は六本木の ZEN FOTO GALLERY との共同開催です(会期が異なりますので、ご注意ください)。
ときの忘れものの会期は2月5日[水]―2月22日[土]


第1会場 ZEN FOTO GALLERY
「西村多美子写真展―しきしま」
会期:2014年2月5日[水]―3月1日[土]
日・月・祝日休廊

第2会場 ときの忘れもの
「西村多美子写真展―憧景」
会期:2014年2月5日[水]―2月22日[土]

会期中無休

●イベントのご案内
2月8日[土]18時~20時にZEN FOTO GALLERYにて西村多美子さんを囲んでレセプションパーティーを開催します。お誘いあわせのうえご来場ください。

西村多美子写真集『憧景』のご案内
西村多美子『憧景』 表紙2012年10月31日
グラフィカ 発行
27.7x22.8cm(A4変型判)
ハードカバー 142ページ
写真点数:88点
限定500部
価格:4,500円(+税) 
※送料別途250円

西村多美子の若き日(1970~83年)の旅の記録。1970年代初頭に北海道、東北で撮影されたものを中心に、東京、関東近郊、北陸、関西で撮られたもの、またその後80年代初頭にかけて撮影されたものも含む「西村多美子の血の轍ともいうべき若き日の旅の記録」です。
未だ都市に塗られていない、それぞれの土地の独自性が西村多美子の眼だけではなく身体全体にによって捉えられた渾身の写真です。