<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第16回

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クルマが2台くらい入りそうな広めのスペースである。右手の敷地には樹木がたくさん植わっており、庭にしては木々の繁り具合が激しくワイルドだ。左手のブロック塀で囲まれたところはこの家の庭にちがいないが、どちらの側からも狭さに耐えられない枝が、スペースのほうに身を傾けている。

空白のエリアには、白いライン状のものが絡まり詰まっている。見事に高さがそろっているのが不思議だ。人の膝下くらいの位置を占めており、見ているうちにモヤシの発芽するさまが連想されてきた。白さのせいだろうか。いや、旺盛なエネルギーの滞留が感じられるためだろう。

空や建物の色が異様に明るく、夜間に長時間露光して撮影されたことがわかる。暗くても、レンズを長いあいだ開けておけば、わずかな光を集めて像を結ぶ。光を発しているのはペンライトのようなものだろう。それを動かしながら移動したために、光の軌跡が絡まったラインになって写ったのだ。しかし、その行為をした人はいったいどこにいたのか。

ペンライトを持った手を下にむけ、腰を屈めて移動したなら、人物の残像がうっすらと残るはずなのに、それが見えない。地面に体を伏せて匍匐前進ならぬ、匍匐後退したのか。それとも、長い棒の先にライトをつけ、戸口あたりから遠隔操作して徐々に棒をたぐり寄せて短くしていったのか。

実験したことがないのでつたない想像しか思い浮かばないが、その撮影現場が実に奇妙なものであることはまちがいない。写真に見られるような明るさは皆無で、光が届いても一瞬のこと、物の形は識別しづらい。もちろんペンライトの残像はすぐ消え、写真にあるような光の密集は目撃できないのだ。

このシーンを目にすることができるのは、撮影を終えてプリントをしたときである。そのときはじめて、こういうものが撮れたとわかる。つまりこれは写真装置の造りだした、この世には存在しない光景なのであり、撮影者はそこでは写真機の「助手」となっているのである。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
佐藤時啓
〈光-呼吸〉より
「#284 Dojunkai apartment」
1996年撮影
インクジェットプリント
103.5x130.7cm

佐藤時啓 Tokihiro SATO(1957-)
1957年山形県生まれ。1983年東京芸術大学院美術研究科彫刻専攻修了。1993年メルセデス・ベンツ・ジャパン・アートスカラシップにより渡仏。翌年文化庁在外研修員として渡英。
光をテーマとした彫刻、写真、カメラオブスクラをモチーフとしたプロジェクトなど多岐にわたる活動を展開。〈光ー呼吸〉と題された長時間露光の写真作品及び〈Gleaning Light〉と題されたピンホール写真作品を制作する。また最近では写真装置の仕組みをもちいたプロジェクトなどで知られる。〈光ー呼吸シリーズ〉は大型カメラによって風景を長時間露光撮影する。露光中にペンライトや手鏡を用い、被写体となった風景の中で自らカメラに向けて発光させた光は、自身の移動した痕跡となる。しかし長い露光の結果画面上に自身の姿は写らない。このことにより四角に切り取られた光景の中に移動やその時間という概念が取り込まれ、またその連続により画面上に現れた光と、消え去った主体(不在)によって普遍的な「存在」について言及しようとする。
国内、海外でも展覧会や個展を多数開催。

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●展覧会のお知らせ
東京都写真美術館で「佐藤時啓 光―呼吸 そこにいる、そこにいない」が開催され、上掲の作品も出品されます。

佐藤展1佐藤展2

会期:2014年5月13日[火]~7月13日[日]
会場:東京都写真美術館
時間:10:00~18:00 ※木・金は20:00まで開館(入館は閉館の30分前まで)
休館:毎週月曜(月曜が祝日の場合は開館し翌火曜日休館)

光・時間・空間・身体などをテーマに、ピンホール・カメラやカメラ・オブスクラ、長時間露光などを駆使して独創的な写真表現に取り組む佐藤時啓。代表作のひとつである《光―呼吸》シリーズでは、レンズの前に広がる風景の中を作家自身が鏡を持って歩き回り、鏡に反射する光と移動の軌跡をフィルムに定着。長時間露光によって捉えられた風景の中に点在する光が不思議な世界を創出し、この作家を比類なき存在として際立たせています。建築物や車などをカメラ装置に改造することで、時間の経過や移動によって変化する風景をパフォーマンス、インスタレーションとして発表するなど、様々な手法で自己のテーマを具現化してきました。本展ではプリント作品を中心に、《光―呼吸》シリーズや移動式カメラ・オブスクラによる最新作など、当館の新規収蔵作品も加えた約70点を展示。佐藤が初期から取り組み、培い、今もなお発展し続ける、表現のフィロソフィを追求します。(同展HPより転載)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
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◆ときの忘れものは2014年4月19日[土]―5月6日[火 祝日]「わが友ウォーホル~氏コレクションより」を開催しています(*会期中無休)。
ウォーホル展DM
日本で初めて大規模なウォーホル展が開催されたのは1974年(東京と神戸の大丸)でした。その前年の新宿マット・グロッソでの個展を含め、ウォーホル将来に尽力された大功労者がさんでした。
アンディ・ウォーホルはじめ氏が交友した多くの作家たち、ロバート・ラウシェンバーグ、フランク・ステラ、ジョン・ケージ、ナム・ジュン・パイク、萩原朔美、荒川修作、草間彌生らのコレクションを出品します。

本日のウォーホル語録

<リーヴァイ・ストラウスには嫉妬してしまう。ぼくもブルー・ジーンズみたいなものを何かつくりたい――それによってぼくのことが思い出されるような大衆的な何かを。
―アンディ・ウォーホル>


4月19日~5月6日の会期で「わが友ウォーホル」展を開催していますが、亭主が企画し1988年に全国を巡回した『ポップ・アートの神話 アンディ・ウォーホル展』図録から“ウォーホル語録”をご紹介します。