私製草子のための口上

瀧口修造
(再録)

 「扉に島影」は一九七三年九月、マルセル・デュシャンの死後はじめての記念回顧展がフィラデルフィア美術館で催されたとき、九月十九日夜のオプニングへの招待(ブラック・タイでのディナー)には型通りの欠礼の返事を打電したあと、ふと普段着のままでふらりとその時刻に姿を現わしてみようかという突飛な考えが浮かんで、曲りなりにも実行することになった、これはその奇妙な出来事の名残である。しかし偶然に出会うことになった東野芳明氏がその現地報告をおもしろく書いてしまったが、私自身は初志の通りその報告めいたものをまだ発表していない。ここに複製されたゼロックスの手作りの小冊子は、かつての「デュシャン語録」でお世話になった友人や、この訪問で想い出深い関係のあった極めて少数の人たちにプライヴェイトな記念として贈ったもので、正確な部数は覚えていない。二〇部を越えないであろう。ポケットのメモ帖や有り合せの紙片に書きとめた断想めいたコトバを切り貼りしたもの、最後の紙片だけは帰ってからの補足。タイプした舌足らずの英訳文は、贈り先きの外国人への配慮から。 ――何も秘密にする理由はなかったが、われながら発想の唐突さから、こんな訪れのかたちが自然にあってもよいと思っただけのことである。皮肉にも、この旅は私の生涯でも珍しく、おとぎばなしにも似た出会いや私的な想い出にみちているのだが。いま本誌のために書下ろしが出来ないからといって、こんな私製草子を厚かましくも公表するからには、隠すことに意味があったわけではない。反応の忙しすぎるこの世界に厭気がさしたというのも誇張にすぎよう。あの「デュシャン環境」のなかへ異質の田舎者がふと姿を現わしたといった光景をおもしろく想像したのも事実であるが、どっちみちそうなるに決まっていたことだ。
 つい先頃、岡崎和郎氏と協力して作った「検眼図」と名づけたマルティプルについて、「検眼図傍白」と題して、同じような手製草子のために折りにふれてノートしているが、つぎつぎに問題が出てきて、いっかな終止符が打てそうにない。それよりもフィラデルフィアで奈良原一高氏に特写して貰った素晴らしい「大ガラス」のカラー・フィルムの連作で、一種の「絵本」のようなものをつくる計画もいまだに宙吊りのまま、奈良原氏にも申しわけがなく、このままおさらばするわけにはゆかない。――たしかに私の旅はまだ終っていないらしいのである。

*『ユリイカ』(昭和52年8月1日発行)《詩と批評》《特集=シュルレアリスムの彼方へ デュシャンとルッセル》より、
(ご遺族のお許しを得て再録させていただきました)
扉に鳥影_600
出品番号:15
瀧口修造
扉に鳥影
東京ローズ・セラヴィ
1973年
手作り本(小冊子)
20.5x14.0cm

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

瀧口修造「扉に鳥影」について
瀧口修造が制作した手作り本のひとつ。1973年、ニューヨーク近代美術館・フィラデルフィア美術館「マルセル・デュシャン回顧展」の開会式に招待されて渡米した記念に、関係者に贈られた小冊子で、部数は20部を超えないとされている。
表紙のラベルに記された「扉に鳥影/A Souvenir or not/of/Philadelphia/S.T.’73」はインクによる自筆。見返しに貼られた写真は瀧口自身の撮影とされ、自宅庭に100号の油彩画を設置した光景である。この油彩画は上野紀子が瀧口の誕生日のお祝いのために描いて贈った作品で、描かれているのは、フィラデルフィア美術館でデュシャン回顧展の図録を抱え、デュシャンの「遺作」を覗いている瀧口の後ろ姿である。余談ながら、油彩画と全く同じ装いの瀧口が、正面を向いて油彩画の(向かって)左側に立つ姿の、別の写真も残されており、こちらは綾子夫人の撮影とされている。
本文頁は、二つ折にされた紫の色紙に、瀧口のメモのゼロックス・コピー(モノクロ)が貼り付けられたもの。後年、この小冊子の複製版(カラー印刷)が雑誌「ユリイカ」(1977年8月号)に発表された際に「私製草子のための口上」が付され、「ポケットのメモ帖や有り合せの紙片に書きとめた断想めいたコトバを切り貼りしたもの、最後の紙片だけは帰ってからの補足」と記されている。「最後の紙片」は奥付に相当し、タイプライターで次のように記されたラベルのコピー(モノクロ)が、裏表紙の見返し下部に貼られている。なお、文中の”December 7”は、瀧口の誕生日に当たる。
Fragments from Philadelphia Memorandum. Private Handmade Edition. Limitted but Unnumbered. Rrose Sélavy, Tokyo, December 7, 1973. Shuzo Takiguchi, by himself.
(執筆:土渕信彦)

*画廊亭主敬白
昨日は「瀧口修造展 III 瀧口修造とマルセル・デュシャン」の初日でした。奈良原一高先生の奥様・恵子さんはじめ、池田龍雄先生、「瀧口修造展Ⅱ」のテキストを執筆してくださった東京国立近代美術館の大谷省吾先生、昨年小樽はじめ全国4会場を巡回した「詩人と美術 瀧口修造とシュルレアリスム展」を担当された足利市立美術館の篠原誠司先生などが次々に来廊され、オープニングの予定ではなかったのですが、慌ててワインを買いに走り、にぎやかな夕べとなりました。
20141105奈良原さん来廊
左から亭主、奈良原恵子さん、尾立

DSCF4196
左から亭主、秋葉、池田龍雄先生、大谷省吾先生

会期中、このブログでは瀧口修造、マルセル・デュシャン、奈良原一高、岡崎和郎らの出品作品を順次ご紹介します。本日は上掲の通り、『扉に鳥影』について瀧口修造自身によるエッセイをご遺族の了解を得て再録させていただきました。

◆ときの忘れものは2014年11月5日[水]―11月22日[土]「瀧口修造展 III 瀧口修造とマルセル・デュシャン」を開催しています(*会期中無休)。
DM_m
1月3月に続く3回展です。
瀧口修造のデカルコマニー、ドローイング、《シガー・ボックス》、《シガー・ボックス TEN-TEN》、《扉に鳥影》、マルセル・デュシャンの《グリーン・ボックス》、オリジナル銅版画『大ガラス』、奈良原一高の写真《デュシャン 大ガラス》連作、瀧口修造・岡崎和郎《檢眼圖》をご覧いただき、瀧口とデュシャンとの交流の実相と精神的な絆の一端を明らかにします。

11月15日(土)17時より土渕信彦さん(瀧口修造研究)によるギャラリー・トークを開催します。
*要予約(会費1,000円)

※必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申込ください。
E-mail. info@tokinowasuremono.com

●デカルコマニー47点を収録したカタログ『瀧口修造展Ⅱ』(テキスト:大谷省吾)を刊行しました(2,160円+送料250円)。
表紙2014年 ときの忘れもの 発行
64ページ 21.5x15.2cm
執筆:大谷省吾「瀧口修造のデカルコマニーをめぐって」
再録:瀧口修造「百の眼の物語」(『美術手帖』216号、1963年2月、美術出版社)
ハードカバー
英文併記


『瀧口修造展Ⅰ』と合わせご購読ください。