この秋は出不精の亭主も行かずばなるまいという展覧会がいくつもあり、席を暖める間もない。
特に亭主の原点である「版画」に関しては重要な展覧会が続いています。
沖縄県立博物館・美術館での内間安瑆展についてはたびたび紹介しました(今日が最終日です)。
開館したばかりの上田市立美術館「山本鼎のすべて」、長野市の池田満寿夫美術館「瀧口修造と池田満寿夫」には露天風呂愛好会の例会に合わせて行ってきました(のちほど紹介予定)。
そして町田市立国際版画美術館の「鬼才の画人 谷中安規展―1930年代の夢と現実」。

展覧会に松竹梅があるとすれば、
は、集められた作品がすばらしく、展示に学芸員の「愛」と「熱」がこめられたもの。
は、作品は諸般の事情でベストを集められなかったものの、学芸員の「愛」と「熱」によって観客を魅了したもの。
は、集められた作品がすばらしいにもかかわらず、学芸員の「愛」も「熱」も感じられないもの。

展覧会というのは一種の「編集」ですから、いくら素材がよくても学芸員の知性が煌かない展示は力がありません。
(もっとも上掲の松竹梅というのも微妙で、必ずしも上中下ではないようです。)
谷中安規展1谷中安規展2

「鬼才の画人 谷中安規展―1930年代の夢と現実」
会期:2014年10月4日(土)~11月24日(月・振替休日)
会場:町田市立国際版画美術館
〒194-0013 東京都町田市原町田4-28-1 TEL:042-726-2771
公式特設サイトhttp://taninaka.hanga-museum.jp/

町田は遠いけれど行って良かった。
断然の「松」、学芸員の「愛」と「熱」のこもった展示でした。
安規は何度見ても心が打たれる。今回は左右反転(裏表)や色違いなどの別バージョンを丁寧に展示し、親切なコメントが添えられており、安規を初めて見る若い人たちにもその魅力が伝わることでしょう。
日夏耿之介、佐藤春夫や内田百閒ら文学者に愛され、数多くの本の装丁や挿絵を手がけた安規(1897-1946))ですが、それら本の仕事を含め残された版画作品はそう多くはありません。今回出品されているのは約300点(出品リスト番号は1~247番)、全貌を捉えるには十分でしょう。
同時代のやはり木版に異才を発揮した棟方志功(1903-1975)に比べれば圧倒的に数が少ない。にもかかわらずその作品が放つオーラは強烈です。
谷中安規が栄養失調で貧窮のうちに死んだのは1946年、敗戦の翌年でした。版画では食えない時代の典型でした。
実は日本の版画家たちにとってかつてない経済的繁栄が起こったのがその直後です。
進駐軍としてやってきたアメリカ軍の将校たちが競って日本の版画を買い求め、版画界は空前の活況を呈しました。
安規がもしあと数年生き延びてくれればその恩恵にあずかることができたのに・・・・
流浪の人生、あまりに悲惨な死を思うと心が傷みますが、作品からはむしろ明るく晴朗な空気が感じられます。
生涯に残した作品は僅かなのに、下に紹介するように幾度も回顧展が開催され、そのたびに若い世代のファンが増えてくる。
会期も残り僅かですが、ぜひ町田までお運びください。
若干ですが「招待券」があります。

安規の再評価は没後20年経った1966年の南天子画廊、1972年の新宿紀伊國屋画廊での遺作展がきっかけでした。
残念ながらその二つの展覧会は亭主は見ていませんが、その後の4回の回顧展はすべて見ています。
そのたびに、研究者たちによって作品の調査、検証が進められ、不明だった点がずいぶんと解明され、また思いもかけない新しい視点での見直しが進行しています。安規もって瞑すべし。
1976『谷中安規版画展』『黒と白の詩 谷中安規版画展』図録
1976年
リッカー美術館 発行
54ページ 18.3x25.8cm
執筆:料治熊太「谷中安規の人と作品」

1996『谷中安規の版画世界』『谷中安規の版画世界 空想の玉手箱―没後五十年』展図録
1996年
日本経済新聞社 発行
214ページ 29.7x22.6cm
執筆:
島田康寛「版に刻んだ夢と愛―風船画伯・谷中安規のこと」
伊藤昭「安規と木喰上人行道」
大野隆司「安規の物語の挿図」
水沢勉「月とハモニカ 『谷中安規草稿(ノート)』について
喜多眞理子「谷中芸術の映像感覚」
※そごう美術館、奈良そごう美術館巡回

2003『谷中安規の夢』『谷中安規の夢 シネマとカフェと怪奇のまぼろし』
2003年
渋谷区立松濤美術館、須坂版画美術館、宇都宮美術館、アルティス 発行
368ページ 25.6x18.3cm
執筆:
瀬尾典昭「動坂にショーウィンドーの剥製はあったのか」
中沢弥「谷中安規と都市のゴースト」
伊藤伸子「谷中安規のロボット画について」
及川智早「谷中安規における神話的想像力」
大野隆司「谷中安規さんの技法」
山田俊幸「谷中安規と愛書趣味の時代」
※渋谷区立松濤美術館、須坂版画美術館、宇都宮美術館巡回

2014『谷中安規展』『鬼才の画人 谷中安規展ー1930年代の夢と現実』
2014年
東京新聞 発行
215ページ 21.6x15.5cm
執筆:
滝沢恭司「谷中安規の見た夢と現実」
原田光「表現することが、それ自体でうれしい」
※町田市立国際版画美術館、岩手県立美術館巡回

●今日のお勧め作品は谷中安規です。
月のロケーション谷中安規
「月のロケーション」
木版
Image size: 14.9x15.8cm
Sheet size: 23.2x15.8cm
※『書窓』1935年12月号(アオイ書房)挿入作品


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