<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第27回
<A stray photo studio Vol.27> text: Akiko Otake, photograph: Masakazu SUGIURA


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桜の季節がやってきた。わざわざ花見をしなくても花の姿がおのずと目に入ってくるこの時期、満開の図が脳裏に浮かび記憶の像と重なり合う。シールを貼ったごとくにピタッと一致するさまは異様で、まるで時間の存在が消えている場所にまぎれ込んだかのようだ。

とここまで書いて、これは実際の桜ではなく、桜花を写したこの写真がもたらした感覚であるのに気がついた。写真のディテールを見てみよう。奥へとつづく小径の両側に花が咲き乱れている。低い位置に咲いているのは桜ではないだろう。コデマリか。その上の枝が下向きに垂れているのが桜だが、モノクロだから色が消えて「花」という生き物になっている。人種が消えて人間というまとまりになったように。

このように花が等価な存在になり、一部の隙もなく視界を埋めているシーンは、桜にしかありえない。どうころんでもほかの花を連想しようがないのだ。隙間を恐れるように咲き急ぐ桜の神経症的なありさまが、わたしたちの記憶の奥深くに根を張っている証拠だろう。

満開状態の桜は奥行きがなく、小さな花をみっしりと咲かせた密度の高さからフラットな画面になる。この写真も小径の部分を手で隠してみるとそれがわかる。どの枝が手前でどの枝が奥にあるかわからず、枝がくねっているので一層遠近が曖昧になり、カオスの様相を呈している。

それならば、ホンモノの満開の桜を見上げているときはどうだろうか。花の姿よりも、むしろ時間の推移が強く迫ってくるのではないか。息を吹きかけるだけで散ってしまいそうな花びらに、刻一刻と変化する時間が際立ち、この瞬間がつぎの瞬間へと移行するさまに気持をもっていかれる。花よりも時間を見ているような、時の移ろいを味わっているような奇妙な感覚にひたる。

これと似た体験をするのは、現実の川を見ているときだ。川面を凝視していると、川を見ているという実感は薄れていく。かたちの変化が早すぎて目で追えず、追おうとすればするほど流れが際立ち、ふだんは意識しない時間の推移にのみ込まれてしまうのだ。

花見のときもおなじである。桜の木の下に座っていると、花の姿をめでるよりも、花がもっている時間に全身を開きたくなる。すると、ふだんは気を払わない時間の動きが妙にはっきりと立ち上がってきて、愉し怖しという感覚になる。

この写真では、満開の桜の平板さが中央の小径で切り裂かれているのがミソだろう。これが遠近を生みだし、空間を出現させている。小径の先に妖しい世界が待っているようであり、コデマリがくねくねした枝を振ってどうぞ、どうぞと手招きしているのが、これまた怖い。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
杉浦正和
「櫻花行」OUKAKOU
2014年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:31.1x21.1cm
シートサイズ:50.8x40.6cm

杉浦正和 Masakazu SUGIURA(1960-)
1960年 京都に生まれる。
1983年 大阪芸術大学写真学科卒業

2004年 「ルモンタージュ」プレイスM(東京)/Early gallery(大阪)
2005年 「見返り横丁」富士フォトギャラリー(京都)
2005年 「第二のルモンタージュ」Early gallery(大阪)/プレイスM(東京)
2006年 「御島 ON-SHIMA」Early gallery(大阪)
2007年 「御島 ON-SHIMA」プレイスM(東京)
2008年 「麗春」ギャラリー蒼穹舎(東京)
2009年 「麗春」Satellite gallery(京都)
2009年 「POPOL」北浜ギャラリー(大阪)/エイエムエスギャラリー(京都)
2009年 「ルモンタージュ」ギャラリー蒼穹舎(東京)/Sfera Exhibition(京都)
2009年 写真集『ルモンタージュ』(蒼穹舎)刊行
2010年 「ルモンタージュ」アートスペース東山(京都)
2011年 「見返り横丁」ギャラリー蒼穹舎(東京)
2012年 「見返り横丁」ナダール(大阪)
2012年 「Cuba」フジフォトサロン(大阪)/エイエムエスギャラリー(京都)
2013年 「櫻狩」ギャラリー蒼穹舎(東京)
2015年 「櫻花行」ギャラリー蒼穹舎(東京)/ギャラリー722(岡山)/1839 Contemporary Gallery(台北)

2007年~ KYOTO PHOTOGRAPHY EXHIBITION GALLERY MARONIE(京都)
2012年 10×10 JAPANESE PHOTO BOOKS NY I.C.P (NY)
2013年~ PHOTO STREET SUPER SESSION (姫路)
2014年 TAIWAN PHOTO 2014(TAIPEI)
2014年 SEOUL PHOTO 2014(SEOUL)

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●展覧会のお知らせ
岡山と台北で杉浦正和写真展「櫻花行」が開催されます。

杉浦正和写真展「櫻花行」
会期:2015年4月2日[木]~4月30日[木]
会場:GALLERY 722(岡山)
   〒709-0601 岡山県東区吉井208ホワイトガーデン内
   Tel. 086-238-4533
時間:10:00~18:00
火・水休廊

杉浦正和写真展「櫻花行」
2015年4月10日[金]~5月17日[日]
会場:1839當代藝廊(台北) 1839 Contemporary Gallery
   10696 台北市大安區延吉街120號地下樓
   Tel. +886+(02)2778-8458
時間:11:00~20:00
月曜休廊

●写真集のご案内
杉浦正和写真集『櫻花行』
2015年2月26日
蒼穹舎 発行
限定700部
72ページ
A4変型
上製本
モノクロ
掲載作品:55点
編集:大田通貴
装幀:塚本明彦、赤川延美(タイプセッティング)
価格:3,800(税別)
※ご注文方法は杉浦正和さんの公式サイトをご覧ください

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。