Feels like as I am watched - Tamiko NISHIMURA

今日の夕方はときの忘れものに。現在開催中なのは西村多美子氏の写真展。僕は昨年二月の東北の風景写真展で初めて知ったアーティストで、粗くてコントラストの強い作品に強い印象を受けた。今回の展示はアングラ劇団「状況劇場」の初期の活動をテーマにしたもので、唐十郎や麿赤児、四谷シモンなどの俳優が放つオーラが写真の肌触りとマッチして強烈な印象を与える。
今日は作家によるトークショウの開催日で、予定していなかったが急遽参加することに。この作品は写真学校に通っていたときに撮影した、ごく初期の作品であること、一番強烈な印象を受けた役者は唐十郎や麿赤児、四谷シモンといった怪優たちではなく女優の藤原マキだったことなど、いろいろ興味深い話を聞けた。舞台写真はどう撮影してもそれなりに綺麗に撮れるが、撮った写真には撮りたかったものが全然写っていないと悩んだという趣旨の話、よく聞く内容かもしれないが作家さんが直接自分の言葉として語ると衝撃が伝わってくるな。
後の約束があり途中でトークショウを抜けないといけなかったのが残念。Zen Foto Galleryでも別の作品が展示されているそうなのでそちらも見に行くことにしよう。

Luv Pop TYO (Pop U NYC跡地)より)

たった二日の連休終了。今日から仕事。仕事帰りに南青山のギャラリーときの忘れものにて西村多美子さんの写真を見た。女性写真家でも、二通り居て女性らしい写真を撮る人とそうでない人がいる。西村さんは、どちらかというと粒子が粗く勢いのあるスナップショットを撮る。何度見ても見飽きない。
(takahiko shimuraさんのtwitterより)

西村多美子写真展 「実存 - 状況劇場 1968-69」@ときの忘れもの
5月9日まで。 
帰国してから初めての展覧会。 5月1日に青山の”ときの忘れもの”に西村多美子さんの写真展を見に行く。 サイン入写真集も購入。 西村さんが状況劇場を撮った当時、私はまだ中学生。 この一年後、高校時代に新宿花園神社・新宿西口広場の物理的空間を共有することになる。 
四谷シモンを撮ったプリントがいいな。ヴィンテージプリントがいい。六つ切くらいの大きさがいい感じだ。
5月8日の西尾多美子-金子隆一のギャラリートークも楽しみ。
綿貫さんにいろいろとお話しを伺い、令子さんとツーショットで写真も撮っちゃいました。

(水戸野孝宣さんのfacebookより)
20150510_1水戸野孝宣さんと社長

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西村多美子写真展 実存―状況劇場1968-69」は、昨日9日終了いたしました。
今までいらしたことのないお客様や、状況劇場に参加していた役者の皆さんなど多彩な方々にご来場いただきました。
作品をお買い上げいただいた皆様には心より御礼申し上げます。
ありがとうございました。
5月2日(土)来廊_1
ご自分が出演した写真を指差す十貫寺梅軒さん。

DSCF4685_600
奈良原恵子さん(一高夫人、左)と島根県立美術館の蔦谷典子さん


同時開催している「西村多美子写真展」の六本木会場のZEN FOTO GALLERYでは引き続き〈猫が…〉シリーズを展示していますのでぜひお運びください(5月16日(土)まで、日・月休廊)。
刊行されたばかりの写真集をご紹介します。
写真集『猫が』西村多美子写真集
『猫が…』

2015年
ZEN FOTO GALLERY 発行
64ページ
24.0x19.2cm
※サイン本
税込5,400円 ※送料別途250円

写真集『猫が』中1


写真集『猫が』中2


「見られているな」と感じて
肌寒い雨の夜、友だちが泊まり にやって来た。薄明かりの中に沈黙が漂い、頭の上からじわじわと重苦しい長い夜の予感がひろがりはじめる。なぜか真っ正面から友だちを凝視することに一種 のもどかしさ、うとましさ、いらだたしさを感じる。いつでも逃げ出せる。絶対にここではないと思い始めた時、不思議に私の内部で何かが溶解をはじめ、たと えば女の部屋に飼われた猫とか、台所に住みついた虫の視点に、ふと近づいたような気分がしてくる。

暗 闇の中で、または、まばゆい陽光の下で、突然「見られているな」と何かの視線を感じることがある。それは決して人間の視線だけとは限らない。得体のしれな い他者の視線が、私自身に、確かにまつわりついているのではないかと思い続ける。それは結局、自分で自分自身を見つめていること、私自身にこだわっている ことの逆説にほかならないのである。

私は、私が女であることを放棄 して写真を撮ったところで、それは私にとって何のリアリティも持たないと思う。それは、ことさら女を意識して写真を撮るという意味では決してなく、生まれ た時から男が男であるように、私が女であるということからしか、何も始まらないということだ。
*西村多美子/『カメラ毎日』1970年8月号より

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