森本悟郎のエッセイ その後・第14回
Shoji UEDA -Photographer always new-
植田正治(1913~2000) (2) いつも新しい写真家
写真がダゲレオタイプやエリオグラフィーからコロジオン湿板に、さらにガラス乾板からフィルムに移行するとともに、化学者であり技術者であり職人でもあった営業写真家たちを圧して登場してきたのがアマチュア写真家たちだった。洋の東西を問わず、いまでは悪名高いピクトリアリズム(絵画主義)を主導したアマチュア写真家たちの活動は、しかし写真術の新しい可能性を探ろうとした実験精神溢れるものでもあった。ネガのモンタージュも、さまざまなヴァリエーションを生んだピグメント印画も、そして日本人の手によって開発されたという「ベス単フード外し」などという、単玉レンズの弱点を逆手に取って柔らかい調子を得る技法もまた同様である。写真術を芸術の域に高めるべく絵画に倣おうとしたのは些か筋違いとはいえ、ニューテクノロジーのひとつとするのに飽き足らない気持ちは十分理解できる。
植田正治さんの写真出発点である米子写友会もこの「芸術写真」脈だった。プリント時に印画紙を歪曲して画像を変形したり、印画紙に手を加えて独特の調子を得る「雑巾がけ」と呼ばれる技法を使ったり、ベス単フード外しも試みた。が、ほぼ時を同じくして人為的加工を施さず、写真本来の機能を活かした写真作法に拠ろうとする、「新興写真」の洗礼も受けている。後年「植田調」として国際的な評価を受けることになる表現上の特性を生む下地がそのあたりにあった、というのはもちろんぼく独自の見解ではない。植田作品を特徴づける完璧なまでの「演出」が生む非日常性、あるいは後年のシュルレアリスティックかつダダイスティックなテイストのファッション写真「砂丘モード」シリーズや静物写真「幻影」シリーズ(ぼくがこの作品の重要さを理解するには少し時間を要した)は、若き日、当時の西欧コンテンポラリーアートを衝撃とともに受容したであろうことを窺わせる。このように、感受性豊かな時期にはぐくまれた感性と知識を多彩に開花させていったのが植田正治の世界である、とぼくは理解している。「若き日」の記憶こそ植田作品が清新さを保ち続けている遠因だろうと。
「砂丘モード」シリーズより
「幻影」シリーズより
最晩年の「印籠カメラ」は常時携行しているコンパクトカメラで日記のように撮った作品だが、その素朴さは初めてカメラを持った少年のそれに通じるかのようだ。植田さんはファインダー越しに見た世界を、いつも新鮮な気持ちでとらえようとしていたのではないか。だからこそ、植田さんの写真はいつも新しく、これから先も新たに読み直されることになるだろう。
「印籠カメラ写真帖」より
(もりもと ごろう)
■森本悟郎 Goro MORIMOTO
1948年愛知県に生まれる。1971年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒業。1972年同専攻科修了。小学校から大学までの教職を経て、1994年から2014年3月末日まで中京大学アートギャラリーキュレーター。展評、作品解説、作家論など多数。
●今日のお勧め作品は、植田正治です。作家については、飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」第4回をご覧下さい。
植田正治
「猫」
1989年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:17.5x26.5cm
Ed.4
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
Shoji UEDA -Photographer always new-
植田正治(1913~2000) (2) いつも新しい写真家
写真がダゲレオタイプやエリオグラフィーからコロジオン湿板に、さらにガラス乾板からフィルムに移行するとともに、化学者であり技術者であり職人でもあった営業写真家たちを圧して登場してきたのがアマチュア写真家たちだった。洋の東西を問わず、いまでは悪名高いピクトリアリズム(絵画主義)を主導したアマチュア写真家たちの活動は、しかし写真術の新しい可能性を探ろうとした実験精神溢れるものでもあった。ネガのモンタージュも、さまざまなヴァリエーションを生んだピグメント印画も、そして日本人の手によって開発されたという「ベス単フード外し」などという、単玉レンズの弱点を逆手に取って柔らかい調子を得る技法もまた同様である。写真術を芸術の域に高めるべく絵画に倣おうとしたのは些か筋違いとはいえ、ニューテクノロジーのひとつとするのに飽き足らない気持ちは十分理解できる。
植田正治さんの写真出発点である米子写友会もこの「芸術写真」脈だった。プリント時に印画紙を歪曲して画像を変形したり、印画紙に手を加えて独特の調子を得る「雑巾がけ」と呼ばれる技法を使ったり、ベス単フード外しも試みた。が、ほぼ時を同じくして人為的加工を施さず、写真本来の機能を活かした写真作法に拠ろうとする、「新興写真」の洗礼も受けている。後年「植田調」として国際的な評価を受けることになる表現上の特性を生む下地がそのあたりにあった、というのはもちろんぼく独自の見解ではない。植田作品を特徴づける完璧なまでの「演出」が生む非日常性、あるいは後年のシュルレアリスティックかつダダイスティックなテイストのファッション写真「砂丘モード」シリーズや静物写真「幻影」シリーズ(ぼくがこの作品の重要さを理解するには少し時間を要した)は、若き日、当時の西欧コンテンポラリーアートを衝撃とともに受容したであろうことを窺わせる。このように、感受性豊かな時期にはぐくまれた感性と知識を多彩に開花させていったのが植田正治の世界である、とぼくは理解している。「若き日」の記憶こそ植田作品が清新さを保ち続けている遠因だろうと。


最晩年の「印籠カメラ」は常時携行しているコンパクトカメラで日記のように撮った作品だが、その素朴さは初めてカメラを持った少年のそれに通じるかのようだ。植田さんはファインダー越しに見た世界を、いつも新鮮な気持ちでとらえようとしていたのではないか。だからこそ、植田さんの写真はいつも新しく、これから先も新たに読み直されることになるだろう。

(もりもと ごろう)
■森本悟郎 Goro MORIMOTO
1948年愛知県に生まれる。1971年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒業。1972年同専攻科修了。小学校から大学までの教職を経て、1994年から2014年3月末日まで中京大学アートギャラリーキュレーター。展評、作品解説、作家論など多数。
●今日のお勧め作品は、植田正治です。作家については、飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」第4回をご覧下さい。

「猫」
1989年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:17.5x26.5cm
Ed.4
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
コメント