「ことの始まり」

今回より、四人がルリユールにまつわるあれこれを、2回交代で書いていきます。

病い膏肓の蔵書数を現在の文庫に残す江戸時代の大名の中には、まだ珍しかった舶来の詩箋を表紙に使うなど、自分の好みで本を仕立てさせたとみられる幾人かがいるようですが、残念ながら見聞の機会は西欧諸侯のそれに比べると格段に少ないように思います。自装本のある夏目漱石や芥川龍之介、著者自装について主張のあった谷崎潤一郎らが、蔵書をルリユールさせた話も聞いたことがなく、何語で名乗ろうとも説明を求める目で見返される、ルリユールという仕事をカンタンに説明することは出来ずにいます。

「何か」は難しくとも、「何故」にあたる原因の転嫁は簡単です。オヤカタである栃折久美子の『モロッコ革の本』が高校の現代国語の教科書に載っていたのです。
ただし、そこに登場したチェケルール先生の仕事を、その名前の響きも手伝って、遠い国のお伽噺として読み過ごしたのは、その時分に読んでいた新刊本とは、ほんの僅かさえも繋がるところがなかったからです。しかし「猛烈なおしゃべりのチェケルール先生」は約10年どこかに潜伏し続けたらしく、栃木県立美術館で開かれた「本の宇宙 ― 詩想をはこぶ容器」展に並んだ詩画集や挿絵本によって突如実在の人となり、読み過ごしたその仕事の意味をハタと気付かせました。

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・日和崎尊夫
ディラン・トマス『緑の導火線』
1982年、大陸の対話社
限定200部

・山本進
トリスタン・ツァラ/浜田明訳『夢の祝祭・魂の影』―ツァラ『近似的人間』の詩篇によせて
1981年、形象ギャラリー
限定70部

・柄澤齊
塚本邦雄『香柏割禮』
1976年、書肆季節社
限定60部


テクストに触感があることを知ったのは、それらの書物によってです。印刷された文字や版画の漆黒と、全く同質に濃密な余白や、佇まいに、あっさりすっかりと捕りこまれました。さて、物書きでもなく画家でもない自分がそういった書物の読者以外に関わることが出来るとすれば、思いついたものは製本しかありません。

諸所のタイミングも重なりその時の仕事を辞め当然のごとく、原因となったオヤカタの工房に通うわけですが、その展覧会でルリユールされていた本は僅か数冊、それしか知らずに全く勝手な思い込みでの猛進です。
「驚くほどよく使い込まれ手入れされてあって美しく」と書かれていたチェケルール先生のヘラの1本が、いま私の抽斗の中にあります。 道具は自分で作るのがどの分野でも鉄則ですし、作った者にのみ忠実と思いきや、それは驚くほど使い易く、何をすべきかはっきりと自覚している美しいヘラです。

あらためて前述の展覧会図録を見ると、制作の機会を頂いたものが幾つかあり、その時以来の幸福な桎梏を感じつつ、同時に美しい書物という澄んだ九淵を見る気がします。その深さに漂って仰ぎ見る明るさは、カナヅチの製本家には、まだ想像するのみです。

お知らせをひとつ。
展示されている本同様、フライヤーも文字通り輝いている「ヴァチカン教皇庁図書館展 II」が印刷博物館で開かれています。ルネサンス期に書物に憑りつかれた人々の手が成したページを隅々まで間近に見ることの出来る展示です。6月20日の1日のみですが、frgmの四名が揃って実演いたします。お運びの際は是非お声掛けください。

(文・羽田野麻吏)
羽田野(大)のコピー


※画像出典
栃木県立美術館「本の宇宙 ― 詩想をはこぶ容器」図録 1992

●展覧会のご案内
「ヴァチカン教皇庁図書館展 II」書物がひらくルネサンス
会期:2015年4月25日[土]~7月12日[日]
会場:印刷博物館
時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
月曜休館

【frgmの皆さんによるイベントのご案内】
上掲の展覧会で、frgmの皆さんによる実演が行われます。
日時:2015年6月20日[土]
・13:00より 綴じ
・15:00より 花ぎれ編み
・17:00より 箔押し

会場:印刷博物館プロローグ展示ゾーン奥(企画展会場前)  
事前申し込み及び参加費不要(別途、企画展入場料が必要です)。

本展で展開される「中世写本からルネサンス期にかけての書物の変遷」に合わせて、製本の要に当たる工程や工程見本を比較してご覧いただけます。かがり台を用いた綴じ、花ぎれ製作、箔押し等、各回異なる実演を行います。

●作品紹介~平まどか制作
Taira3-1


Taira3-2


Taira3-3
『オシリス、石ノ神』
吉増剛造
1984年刊/思潮社

・1999年制作
・パッセカルトン 
・カーフ両袖装
・手染め装飾紙・金箔装飾
・手染め見返し
・スリップケース
・タイトル箔押し:平まどか

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●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。

本の名称
01各部名称(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)


額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。

角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。

シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。

スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。

総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。

デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。

二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。

パーチメント
羊皮紙の英語表記。

パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。

半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。

夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。

ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。

両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。

様々な製本形態
両袖装両袖装


額縁装額縁装


角革装角革装


総革装総革装


ランゲット装ランゲット製本


◆frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。