<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第33回>

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いったいどこだろう。いつの時代なのだろう。
手前に広がる市街地には古そうな建物が多い。高いビルが少なく、三角屋根の家が目立っている。立派な破風屋根のついた二階家もある。商家の蔵のような建物が何棟もつづいている場所もある。
その一方で、団地のような一群やマンションらしき建物も見当たるが、三角屋根の力に圧倒されている。
驚くのは市街地のすぐ背後に山がひかえていることである。だいぶ標高がありそうだ。いやそうでもないのかもしれない。市街地が低いためにそう見えるのかもしれない。
裾野があらわになり、三角の優美な山容を際立たせている。家々の三角屋根とそれとが響き合っている。
それにしてもこの山の姿は異様だ。山も丘もない平坦な町に音もなくぬっと現れたかのよう。知らない間に背後に人が立っているとわかったときのあのぞっとする感じを思い起こさせる。
山というものは動かない(と信じられている)。形を変えることはあっても、別の場所に移動したり、距離が変わったり、大きくなったりということはないはずだ。ところが、そう感じることがある。いつもより距離が近い。走ったらのぼって行けそうである。こちらにむかってやって来るような気配もある。その生々しさにはっとなる。どこか生き物じみている。
写真のこの山もそうだ。なにか妖艶なものが漂っていて実体のない影ようだ。山の幽霊? いや、だれかが幻灯で山の影を空に映し出したのではないか。町の人々はまだ気付いていない。夜中に雨が降り、その雨が止んで霧になり、町ぜんたいを包む白いものが眠りを深くし、暖かな布団にくるまって眠っているのだ。
ゆっくりと霧が晴れて山の影が浮かび上がってくる。
見えるはずのない山の姿を見て最初に驚くのはだれだろう。破風屋根の二階の部屋に寝ている人だろうか。蔵の高窓から外を眺める人だろうか。
瞳に映ったその姿に声にならない声をあげる。だれかに伝えなければと焦る。がつぎの瞬間、言ってはならないような気がしてでかかった言葉を引っ込める。ただ黙って見つめる。その姿が瞼にしみ込んでいくのをじっと待っている。
大竹昭子(おおたけあきこ)
~~~~
●紹介作品データ:
白石ちえこ
「讃岐富士」
2013年撮影(2013年プリント)
ゼラチンシルバープリント、雑巾がけ
Image size: 15.1x22.5cm
Sheet size: 20.3x25.4cm
Ed.25
サインあり
■白石ちえこ Chieko SHIRAISHI
1968年神奈川県横須賀生まれ。
1991年~1992年、マレーシア、インドネシア、タイ、インド、ネパール、パキスタンを旅する。
旅の中で写真を撮りはじめる。
1995年船橋市主催のワークショップに参加、モノクロ写真の現像、引き伸ばしを習う。
主な個展:1998年「とおいまち」(ガレリアQ/東京)、「サボテンとしっぽ」(巷房/東京)、2004年「つるのひとこえ」(鐵の家ギャラリー/千葉)、2005年「ロバのいた町」(Roone 247photography/東京)、2006年「アマリリス通り」(ギャラリー冬青/東京)、2007年「猫目散歩」(ギャラリー街道/東京) 、2011年「海に沈んだ町」(蒼穹舎)、2012年「ペンギン島の日々」(Art Space 繭)、2014年「ホエールウォッチング」(Gallery&cafe Hasu no hana)、2015年「SHIMAKAGE 島影」(森岡書店|茅場町)
主なグループ展:2005~2009年「まちがミュージアム!」(富士吉田市西浦界隈)、2010年「足利風景ー旅の視線、地の視線」(足利市立美術館)、2011年「北西の町」(会津・漆の芸術祭/喜多方・大和川酒造)他多数。
パブリックコレクション:足利市立美術館、清里フォトアートミュージアム。
写真集に「サボテンとしっぽ」(冬青社)、共著「海に沈んだ町」(小説・三崎亜記/朝日新聞出版)がある。
●展覧会のお知らせ
西荻のgallery 分室で、白石さんの展覧会が開催されます。
白石ちえこ写真展「島影」
会期:2015年10月14日[水]~10月26日[月]
会場:gallery 分室
東京都杉並区西荻北3-18-10 2F COFFEE&EAT INN toki 内
時間:平日19:00~24:00(バータイム営業)/土・日・祝15:00~24:00
火曜定休
※併設店 tokiとの合同企画展の為、要オーダー(カフェタイム500円・バータイム1,000円より)
●写真集のご案内
上掲の作品も収録されている写真集のご紹介です。
白石ちえこ写真集『島影』
2015年 蒼穹舍 発行
72ページ A4変型
装幀:加藤勝也
写真点数:43点
限定600部
白石ちえこ2冊目で蒼穹舍では初になる写真集。作品は1920~1930年代に日本のアマチュアカメラマンの間で流行した「雑巾がけ」とよばれる写真修正技法で制作した銀塩写真。
『物心がついた頃、ペンギン島に行ったという曖昧な記憶があるのだが、 島へ行く道すがら見かけた風景はぼんやりとしかよみがえらず、 現実離れした絵の中の風景のようでもある。(中略) 記憶の中で小さなシグナルを出すペンギン島は、まぼろしの島である。 その島影は、仄暗い記憶の底にゆらゆらと漂っている。』(あとがきより抜粋)
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

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いったいどこだろう。いつの時代なのだろう。
手前に広がる市街地には古そうな建物が多い。高いビルが少なく、三角屋根の家が目立っている。立派な破風屋根のついた二階家もある。商家の蔵のような建物が何棟もつづいている場所もある。
その一方で、団地のような一群やマンションらしき建物も見当たるが、三角屋根の力に圧倒されている。
驚くのは市街地のすぐ背後に山がひかえていることである。だいぶ標高がありそうだ。いやそうでもないのかもしれない。市街地が低いためにそう見えるのかもしれない。
裾野があらわになり、三角の優美な山容を際立たせている。家々の三角屋根とそれとが響き合っている。
それにしてもこの山の姿は異様だ。山も丘もない平坦な町に音もなくぬっと現れたかのよう。知らない間に背後に人が立っているとわかったときのあのぞっとする感じを思い起こさせる。
山というものは動かない(と信じられている)。形を変えることはあっても、別の場所に移動したり、距離が変わったり、大きくなったりということはないはずだ。ところが、そう感じることがある。いつもより距離が近い。走ったらのぼって行けそうである。こちらにむかってやって来るような気配もある。その生々しさにはっとなる。どこか生き物じみている。
写真のこの山もそうだ。なにか妖艶なものが漂っていて実体のない影ようだ。山の幽霊? いや、だれかが幻灯で山の影を空に映し出したのではないか。町の人々はまだ気付いていない。夜中に雨が降り、その雨が止んで霧になり、町ぜんたいを包む白いものが眠りを深くし、暖かな布団にくるまって眠っているのだ。
ゆっくりと霧が晴れて山の影が浮かび上がってくる。
見えるはずのない山の姿を見て最初に驚くのはだれだろう。破風屋根の二階の部屋に寝ている人だろうか。蔵の高窓から外を眺める人だろうか。
瞳に映ったその姿に声にならない声をあげる。だれかに伝えなければと焦る。がつぎの瞬間、言ってはならないような気がしてでかかった言葉を引っ込める。ただ黙って見つめる。その姿が瞼にしみ込んでいくのをじっと待っている。
大竹昭子(おおたけあきこ)
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●紹介作品データ:
白石ちえこ
「讃岐富士」
2013年撮影(2013年プリント)
ゼラチンシルバープリント、雑巾がけ
Image size: 15.1x22.5cm
Sheet size: 20.3x25.4cm
Ed.25
サインあり
■白石ちえこ Chieko SHIRAISHI
1968年神奈川県横須賀生まれ。
1991年~1992年、マレーシア、インドネシア、タイ、インド、ネパール、パキスタンを旅する。
旅の中で写真を撮りはじめる。
1995年船橋市主催のワークショップに参加、モノクロ写真の現像、引き伸ばしを習う。
主な個展:1998年「とおいまち」(ガレリアQ/東京)、「サボテンとしっぽ」(巷房/東京)、2004年「つるのひとこえ」(鐵の家ギャラリー/千葉)、2005年「ロバのいた町」(Roone 247photography/東京)、2006年「アマリリス通り」(ギャラリー冬青/東京)、2007年「猫目散歩」(ギャラリー街道/東京) 、2011年「海に沈んだ町」(蒼穹舎)、2012年「ペンギン島の日々」(Art Space 繭)、2014年「ホエールウォッチング」(Gallery&cafe Hasu no hana)、2015年「SHIMAKAGE 島影」(森岡書店|茅場町)
主なグループ展:2005~2009年「まちがミュージアム!」(富士吉田市西浦界隈)、2010年「足利風景ー旅の視線、地の視線」(足利市立美術館)、2011年「北西の町」(会津・漆の芸術祭/喜多方・大和川酒造)他多数。
パブリックコレクション:足利市立美術館、清里フォトアートミュージアム。
写真集に「サボテンとしっぽ」(冬青社)、共著「海に沈んだ町」(小説・三崎亜記/朝日新聞出版)がある。
●展覧会のお知らせ
西荻のgallery 分室で、白石さんの展覧会が開催されます。
白石ちえこ写真展「島影」
会期:2015年10月14日[水]~10月26日[月]
会場:gallery 分室
東京都杉並区西荻北3-18-10 2F COFFEE&EAT INN toki 内
時間:平日19:00~24:00(バータイム営業)/土・日・祝15:00~24:00
火曜定休
※併設店 tokiとの合同企画展の為、要オーダー(カフェタイム500円・バータイム1,000円より)
●写真集のご案内
上掲の作品も収録されている写真集のご紹介です。
白石ちえこ写真集『島影』
2015年 蒼穹舍 発行
72ページ A4変型
装幀:加藤勝也
写真点数:43点
限定600部
白石ちえこ2冊目で蒼穹舍では初になる写真集。作品は1920~1930年代に日本のアマチュアカメラマンの間で流行した「雑巾がけ」とよばれる写真修正技法で制作した銀塩写真。
『物心がついた頃、ペンギン島に行ったという曖昧な記憶があるのだが、 島へ行く道すがら見かけた風景はぼんやりとしかよみがえらず、 現実離れした絵の中の風景のようでもある。(中略) 記憶の中で小さなシグナルを出すペンギン島は、まぼろしの島である。 その島影は、仄暗い記憶の底にゆらゆらと漂っている。』(あとがきより抜粋)
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
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