パリ製本留学顛末記(2)…ブロシュールとアルドと…
――前回より続く――

 秋になり、曇った空の下で製本学校はいきなり始まった。ほとんど理解できないフランス語で実技を学ぶということがどういうことなのかを直ちに思い知ることになり、悲鳴をあげつつ以後は実技ももちろんだが、むしろフランス語と格闘する日々だった。最初は、本の「天・地」、「ちり」、「前小口」などの名称、道具の呼び方と、「かがり」、「接着」、「サンドペーパー掛け」などの作業工程の言い方をなんとか覚えて、基礎的な製本作業の授業についていくのがやっとだった。しばしば間違えていたので十分付いていけたとは言い難いが。ノートを取るにも綴りがわからず、いいかげんな当て字で書いていたらしく、それを見たクラスメートがクスクス笑いながら書き直してくれることもしばしばだった。また最初に、製本するための本(仮綴じ本)を何冊かを用意せよということで、本を探し求めることからルリユール学習が始まった。

zu1パリ装飾美術・製本専門学校(U.C.A.D:Union Centre des Arts décoratifs)


 ルリユールは、版元製本された本ではなく、未製本の「仮綴じ本(brochure)」製本するのが普通なのだった。それまで日本でこの形態の本に接したことはなかった。日本で少しだけ製本をしていた時に好んで用いていたのは「奢灞都館」(さばとやかた)などの本であったので、製本はすでに完璧に完成されていた。日本にはこの仮綴じという形式はほとんど存在していないのだと改めて知るのは帰国してから後のこととなるが、ともかくこうして、brochure(ブロシュール)を求めて左岸の5区、6区を中心とした古本屋をさまよう日々が続いた。
 理解できるフランス語が、1割から徐々に5割、7割程度にはなる頃には3年が経過していた。夏のバカンス_はもちろん、復活祭やその他やたらと休暇がある国での3年という時間は、ルリユールの一通りを習得するには不十分で、同時にいろいろな科目を学ぶため、2年目からはパリ郊外のサンジェルマン・アンレイの近くの製本学校にも通い始めた。そして、ここで、何人かの現役のルリユール作家である教師に出会い、決定的な影響を受け、ルリユールに対する見方が大きく変化した。また、書物修復の授業で、ルリユールの歴史を学ぶ中で、かの有名なヴェネツィアの印刷家アルド・マヌーツィオ(フランス語ではアルドゥ・マヌース)の名も知ることにもなるのだった。――続く――
 次回は中村美奈子がお届けします。

zu2アルド・マヌーツィオ500年忌を記念してイタリアで発行された切手


zu3ジョン・ライランズ・ライブラリー  Manchester
世界最大のアルド・コレクションを所蔵している。2015年1/29~6/29には大規模なアルド展(Merchants of Print: From Venice to Manchester )が開催された。
http://www.library.manchester.ac.uk/rylands/


(文:市田文子)
市田(大)のコピー


●作品紹介~羽田野麻吏制作
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『地獄の季節』 
アルチュル・ランボオ/小林秀雄訳
装幀 佐野繁次郎 
白水社 1930年
初版 王子製紙特漉本文紙

・2013年制作
・総パーチメント二重装 パッセカルトン
・パーチメントに駝鳥革・牛革・染め紙のモザイク
・牛革・染め紙の見返し
・天パラジウム
・夫婦箱 
・タイトル箔押し:中村美奈子
・201×153×26mm

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●現在開催中の展覧会のお知らせです
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学術出版の祖アルド・マヌーツィオ500年忌
図書館企画展「アルドの遺伝子」展

会期:2015年10月05日(月)~2015年11月19日(木)
会場:早稲田大学総合学術情報センター2階展示室

2015年はアルド・マヌーツィオ500年忌に当たり、ヴェネツィアを初めとして、ニューヨーク、マンチェスターなど各地で展覧会が開催されていますが、日本でも早稲田大学図書館で展覧会が行われています。
『アルド・マヌーツィオとルネサンス文芸復興』をテキストとしたルリユール作品の展示も同時開催されます。

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フラグム表面フラグム裏
「レ・フラグマン・ドゥ・エム展
書物の偏愛―読み手とともに創る本の世界―」

会 期:2015年8月19日~12月27日
会場:東洋文庫ミュージアム

特別イベント:10月28日~11月3日
東洋文庫で開催中の「幕末展」並びに同時開催「記録された記憶 ー東洋文庫の書物ー」の会期中、「レ・フラグマン・ドゥ・エム展 書物の偏愛ー読み手とともに創る本の世界ー」が同時開催されます。パネル展示を中心に、ルリユールのイロハをみなさまに知っていただこうと、素材として使用する革やマーブル紙等を説明しています。
また、特別イベントとして10月28日から11月3日の間、フラグムメンバーが在館し、実演や東洋文庫の学芸員の方との本をめぐるトークを企画しております。みなさま是非足をお運びくださいませ。

●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。

本の名称
01各部名称(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)


額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。

角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。

シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。

スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。

総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。

デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。

二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。

パーチメント
羊皮紙の英語表記。

パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。

半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。

夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。

ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。

両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。

様々な製本形態
両袖装両袖装


額縁装額縁装


角革装角革装


総革装総革装


ランゲット装ランゲット製本


●今日のお勧め作品は、ピエト・モンドリアンです。
20151103_mondrian_01_05ピエト・モンドリアン
「composition avec plans de couleurs claires et lignes grises」
1957年
シルクスクリーン
Image size: 41.8x41.8cm
Sheet size: 65.1x50.3cm
Ed.300
版上サインあり


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◆frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。